第43話 誕生日ケーキと後輩ちゃん

 

 長方形の形に作ったレアチーズケーキ。俺の手作りだ。


 後輩ちゃんのリクエストで作ったケーキで、いくつかの種類のベリーの果肉を混ぜ込んである。そして、上部にベリーソースをかけている。


 チーズの白とベリーの赤みが美しい。後輩ちゃんのために作ったケーキだ。


 後輩ちゃんは目を輝かせている。


 お皿などを運んで楓と裕也に自慢げにケーキを見せる。二人とも、おぉ!と驚いてくれた。


 ふふふ…どうだ!



「お兄ちゃんって葉月ちゃんのためにしか本気を出さないんだねぇ…。家でもこんなケーキを作ってくれればいいのに」



 何故か楓が呆れている。


 別にいいだろ。男って生き物は好きな女性に褒められたいんだ。



「誰かの誕生日とかクリスマスとか作ってたぞ」


「明らかに力の込め方が違いすぎるよ。絶対お店で出したら高い値段が付くよ!」


「まあまあ、いいじゃないか。それを俺たちがタダで食べられるんだから」



 ふむ。裕也が珍しく良いことを言った。裕也からお金を取ろうかな。


 後輩ちゃんからは取るわけないし、楓は妹、裕也は赤の他人。


 よし、いくらにしよう?



「あの颯さん? 絶対何か悪いこと考えてるよな?」


「ん? 悪いことなんか考えてないぞ。お前にはいくら払ってもらうかと」


「金取るのか!?」


「先輩?」



 おっと、後輩ちゃんに止められてしまった。今のは冗談だから。


 裕也がホッと安堵している。


 主役が待ちきれなさそうだ。俺はケーキをカットしようとする。さっきキッチンでカットしようとしたら後輩ちゃんに止められたのだ。


 しかし、包丁を握ってカットしようとしたら再び止められる。



「ケーキをカットしたらダメなのか?」


「違います! もう!」



 包丁を握った俺の手を後輩ちゃんが優しく握ってきた。


 ニヤッと笑った楓がコホンと咳払いして話し出す。



「それでは新郎新婦の初めての共同作業です。ウェディングケーキに入刀!」



 嬉しそうに後輩ちゃんが手を動かしてケーキを切ろうとするが、俺は猛烈に悪寒がして包丁の動きを俺主動にする。


 絶対に後輩ちゃんにリードされてはいけないと直感した。切っただけでポイズンクッキングを始める後輩ちゃんだ。後輩ちゃんに切らせてはいけない。


 俺は背中に冷や汗を流しながらケーキを切り分ける。


 後輩ちゃんは嬉しそうに俺の手を握っているだけ。


 ケーキを切り分け終わったとき、色が変わっていないことを確認して、ふぅ、と大きく息を吐いた。楓の言葉にツッコミを入れる余裕もなかった。


 楓と裕也がパチパチと大きく拍手してくれる。いつの間にか楓のスマホが起動している。さては録画していたな?


 切り分けたケーキをお皿に移し、後輩ちゃんたちがパシャパシャと写真を撮っている間に俺は包丁を片付ける。テーブルに置いておくと危険だから。


 テーブルに戻った時、まだ誰もケーキを食べていなかった。主役の後輩ちゃんが食べていなかったので、楓と裕也も食べなかったようだ。



「先輩先輩!」



 後輩ちゃんが顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら俺の服の袖を引っ張ってくる。


 俺は一瞬で後輩ちゃんが言いたいことを理解した。恥ずかしいけど後輩ちゃんのおねだりだ。この際、楓と裕也は無視しよう。


 俺は後輩ちゃんのケーキのお皿を手繰り寄せると、一口だけ掬って後輩ちゃんの口元に運ぶ。所謂あ~んというやつだ。


 後輩ちゃんが嬉しそうにケーキを食べた。



「ん~~~~~~~~~~~~~♡」



 美味しそうに顔を緩ませて幸せそうな後輩ちゃんに思わず見惚れてしまった。


 頬に手を当てて、表情が蕩けている。


 この後輩ちゃんの顔を見ただけで作った甲斐があった。俺は満足だ。


 後輩ちゃんの表情を見て、待ちきれなくなった楓と裕也も食べ始める。一口食べると驚きで目を見開き、美味しそうに笑っている。



「はい、先輩も」



 いつの間にか後輩ちゃんがあ~んしようとしている。


 楓と裕也の前で恥ずかしかったけれど、後輩ちゃんの甘い誘惑に抗えなかった。後輩ちゃんにあ~んしてもらう。


 味見した時よりも美味しく感じるのは後輩ちゃんのおかげだろう。



「「ぐふふ……」」



 何か欲にまみれた汚い笑い声が聞こえた。バカップルが思いっきりニヤニヤして、いつの間にかスマホを構えていた。


 もうこのバカップルのことは無視する。俺は後輩ちゃんにあ~んする。


 俺が反応しなかったのが面白くなかったのか、不貞腐れた表情でブーブーと非難してくる。当然それも無視する。


 無視されたバカップルもイチャイチャし始めた。二人は慣れた感じであ~んを始める。



「お兄ちゃん、このケーキに良い材料使ったんじゃないの?」


「ん? 良いものを選んだけど、普通に売ってる市販のやつだよ」


「……お兄ちゃんはお兄ちゃんで錬金術を使えるんだね」


「おい妹よ。錬金術とはなんだ? 錬金術を使えるのは後輩ちゃんだけだぞ」


「ちょっと先輩!?」



 おっと、思わず口が滑ってしまった。


 後輩ちゃんの頭を撫でることで誤魔化す。後輩ちゃんは嬉しそう。



「楓ちゃんが錬金術って言うのもわかるぜ。市販の材料でこれだけのケーキを作れる奴いないって!」



 ここにいるんだけど。今、後輩ちゃんの頭を撫でたり、あ~んをしている人が作れますけど。



「甘いものを食べて太ったりしないかな? ちょっと心配なんだけど」



 幼児体形…ではなく、スレンダーな楓が必要のない心配をしている。


 女子ってそんなに細いのがいいのか?



「それは心配しなくていいぞ。ちゃんとそういうのも考えて作ってるから。白砂糖やバターをドバーッと入れるとかしてないし。実は豆腐を入れてヘルシーに作ってあります」



 俺の言葉に他の三人が驚いてケーキを凝視する。そして、一口食べて味を確認するが、豆腐の味は全く感じられなかったようだ。


 そりゃ、味にも気をつけて作ったからわからないだろうけど。



「「「………錬金術」」」



 だからなんで三人とも仲良く同時に呟くの?



「じゃあ安心して食べれるね」



 三人はゆっくり味わいながら食べている。もちろん後輩ちゃんは俺が食べさせている。



「そういえば後輩ちゃんは体形とか気にしないのか?」



 俺は後輩ちゃんに問いかけた。俺の料理は残さず食べるし、家ではゴロゴロしている。体形を気にしている素振りを見たことがなかった。



「普通に気にしますけど。先輩がいないところで筋トレしてますし、私って体質的に太りにくいんですよね」


「いいなぁ……私はすぐにお腹につくから」



 楓が細くてくびれたお腹を気にしている。



「いや、太るは太るんだけど、胸、お尻、太もも、最後にお腹の順で大きくなっていくんだよね」


「葉月ちゃんは私の敵だよ! でも、それってなろうと思えばボンキュッボンになれるってこと?」


「なろうと思えば…」



 ほう。そうなのか……って後輩ちゃん、今は俺を見ないでくれるかな。


 後輩ちゃんは今のままで十分可愛いから。そのままでお願いします。


 後輩ちゃんは俺の無言のお願いをわかってくれたようだ。


 あっ、想像してしまった裕也が楓に制裁を受けている。馬鹿だな。楓の拳が綺麗に腹部に突き刺さった。捻りも効いててナイスパンチ!



「それにしても美味しいですね。流石先輩です! そして流石私! 誕生日プレゼントに先輩の手作りケーキを思いついてよかったです!」



 後輩ちゃんが、口から泡を吹いて嬉しそうに悶えている裕也のことを視線に入れないようにしながら、話を逸らした。


 後輩ちゃんナイス判断!


 一仕事終えた楓がキョトンとしている。



「んっ? お兄ちゃんのプレゼントがこれだけな訳ないでしょ?」


「ほえっ?」



 後輩ちゃんが可愛い声を出して俺を見つめてくる。


 ケーキはまだ半分残っているけど、そろそろ誕生日プレゼントを渡しますか。


 後輩ちゃんが喜んでくれるといいなぁ。

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