第42話 恐怖のスキルと後輩ちゃん

 

 後輩ちゃんの誕生日パーティが始まった。


 始まったと言っても、ただみんなで喋っているだけ。特に妹の楓と後輩ちゃんが喋っている。


 連絡は取り合っているだろうけど、直接話すことは少なくなったから、この機会に喋りまくるらしい。



「えー!? お兄ちゃん風邪ひいたの!?」



 どうやら俺が風邪をひいた話になったらしい。


 裕也に密着している楓が目を丸くしている。


 俺の腕の中にいる後輩ちゃんが頷いた。


 あの時は後輩ちゃんに助けてもらったなぁ。



「うん。二、三日寝込んでた。ねえ聞いて! 先輩ったら病み上がりで掃除をして、また熱が上がったんだよ! 馬鹿でしょ!?」



 はいはい。俺は馬鹿ですよ。



「馬鹿だねぇ。って私、何も聞いてないんだけど!?」


「言わなかったから。私が先輩のお世話を頑張りました!」



 エッヘン、と胸を張っている後輩ちゃんに悪戯したくなったけど、裕也と楓の前なので止めておく。後輩ちゃんのお腹をフニフニするだけで我慢する。



「そういえば、義姉さんが妊娠してるって話が出回ったなぁ。二人でご両親に謝りに行ってるから休んでるって噂になってた」



 裕也が遠くを見て記憶を呼び起こした。その話は二年生にも出回っていたのか。なぜそんな噂を信じるのだろうか。


 それを聞いた楓がケラケラと面白そうに笑いだす。



「何それ! ありえな~い! 絶対あり得ないでしょ! 親に謝る? ないない! 親から催促されてるのに謝るなんてありえないよ! あははっ! おっかしい~! んで、お二人さん? ご予定は?」



 楓がニヤニヤ笑って俺と後輩ちゃんに聞いてくる。後輩ちゃんが恥ずかしそうに身じろぎするのを感じた。


 俺は仏頂面で楓に聞き返す。



「一体何の予定だ?」


「もう決まってるじゃん! 二人の愛の結晶だよ! 家族計画を今のうちに話し合っておかないと! とっても大事なことだよ。あぁ…私が叔母さんになるのはいつかなぁ?」


「知らん! 俺たちはまだ高校生だ!」


「ほうほう! 今はまだ愛を深め合う時期ということですな? ベッドの上で」



 楓が暴走している。ニヤニヤ顔の楓がイラッとするくらい揶揄ってくる。


 俺は裕也に、何とかしろ!、と視線で命じた。裕也がイケメンスマイルでウィンクしてきた。



「楓ちゃん楓ちゃん。二人はベッドの上だけじゃ足りないよ。お風呂とかこのリビングとかキッチンとか!」



 おいコラ裕也! 何言ってんだ! 楓の話を止めろ!


  ほら後輩ちゃんが首まで真っ赤にしながら、「ベッド…お風呂…リビングで…キッチンでも…裸エプロン…」ってブツブツ呟いているじゃないか!


 ふむ、裸エプロンか…俺はワイシャツのほうが好みだ。って何を考えてるんだ俺!



「いい加減この話題を止めろ! 俺が風邪をひいた話だっただろうが!」


「おぉ! そうでしたそうでした。お兄ちゃん大丈夫だったの?」


「あぁ、うん。後輩ちゃんがお粥作ってくれたし」



 俺の言葉を聞いた楓が何故か顔を真っ青にする。


 怯えた表情でガクガクと震え始める。びっくりするほどの感情の変化だ。



「お兄ちゃん? もしかして死んでる? 幽霊じゃないよね?」


「俺を殺すな!」


「だって葉月ちゃんの料理を食べたんでしょ?」


「むぅ! 失礼な! 私だって成長しているのです!」



 後輩ちゃんが拗ねている。


 後輩ちゃんのアレは成長したって言えるのか? ただレンジでチンしただけだぞ。


 楓も全く信じていないし。


 唯一後輩ちゃんの料理の腕前を知らない裕也が興味津々だ。



「えっ? なに? 義姉さんの料理がどうかしたのか?」



 楓が遠い目で天井を仰ぎ見る。



「あれは中学一年生の二月のことでした」



 急に回想シーンに入った楓を止めようとする後輩ちゃんを俺が止める。


 俺も知らない話だ。暴れる後輩ちゃんの弱点をこっそり触って大人しくさせる。



「バレンタイン直前、真っ赤になってモジモジしながら、お兄ちゃんに手作りチョコをあげたい、という葉月ちゃんのとてもとても可愛いお願い聞いた私は…」


「ちょっと! っ!? あぅあぅ…」



 俺は声を上げた後輩ちゃんの柔らかくてプルプルの唇に人差し指で触れる。静かに、というサインだ。


 ついでに後輩ちゃんの身体を横向きにして、お姫様抱っこのような体勢のまま後輩ちゃんの綺麗な瞳と目を合わせる。


 ちょっと黙ってて、と視線で合図すると後輩ちゃんが顔を真っ赤にして俺の肩で顔を隠した。


 楓が一瞬ニヤニヤしたけど、顔を真っ青にしたまま話を続ける。



「板チョコを買って刻んで湯煎を始めたのです。湯煎ってわかる?」



 楓が皆の顔を見渡して聞いてくる。俺と裕也は頷いた。


 湯煎とは、簡単に言うとお湯で間接的に温めることだ。チョコを溶かすときはボウルにお湯を入れ、その中にチョコの入ったボウルを入れて溶かすのだ。チョコの場合はお湯の温度が50℃くらいがいいらしい。


 後輩ちゃんは俺の身体で顔を隠したまま反応しない。相当恥ずかしいみたい。


 楓がガクガクと震えながら話を続ける。



「葉月ちゃんが刻んだチョコは普通のチョコだったはずでした。しかし、何故か真っ白のホワイトチョコレートになっていたのは疑問に思っていたけど、葉月ちゃんがホワイトチョコをこっそり買ったのかなと私はスルーしてしまったのです」



 おぉ…後輩ちゃんのポイズンクッキング…恐ろしい。


 どうやったら普通のチョコが刻んだだけで真っ白になるのだろう? うん、知らなくていいや。


 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。



「湯煎を始めた途端、私は恐ろしいのを見てしまったのです。葉月ちゃんがゴムベラで一掻きするたびに、ピンク、オレンジ、紫、黄色、緑、水色などなど様々な蛍光色に変わっていくチョコレートを!」



 おぉ…それは…恐怖映像だ。


 楓が思い出してしまったのか、恐怖で歯がカチカチと鳴っている。裕也の顔も真っ青になっている。



「溶けたチョコレートは最終的に様々な色に輝くプルンプルンした謎の物体になっていたのです! 何か自分で動いていたねぇ。私が刻んだチョコも葉月ちゃんに湯煎をお願いしたら、今度はダークマターみたいになったよ。真っ黒の靄を纏って、漆黒なのに輝いてた」



 様々な色に輝く謎の物体を見た後に、もう一度後輩ちゃんにポイズンクッキングをお願いしたのか。


 楓ってバカなのか? 俺は一回で諦めたぞ。あの時のことは思い出したくない。思い出そうとしたら身体が拒否反応を始める。


 今度家庭科で調理実習があるんだけど、どうしよう?


 俺と楓と裕也が後輩ちゃんを見つめる。


 その視線に気づいた後輩ちゃんが顔を真っ赤にしながら俺の身体をポカポカ叩いてくる。



「はい! 私のお話しは終わりです! 終わりと言ったら終わりなんです! もう料理するつもりはありませんから! というわけでケーキのお時間です! お二人もいいですね? 今からケーキのお時間なんです!」



 今日の主役の言うことは絶対だ。時間もちょうどいいしケーキの時間にしよう。


 俺は可愛い後輩ちゃんから離れたくなかったので、お姫様抱っこでキッチンまで連れて行く。



「きゃあっ!?」



 突然抱き上げられたから後輩ちゃんが可愛い悲鳴を上げた。


 でも、俺は問答無用でお姫様抱っこを続ける。


 楓と裕也から、はいはい存分にいちゃついてくださいな、という視線を向けられたが、それも無視する。


 今日は後輩ちゃんを放しません!


 と決意したのはいいけれど、冷蔵庫からケーキを取り出すときに、後輩ちゃんにはお姫様抱っこから降りてもらった。


 楓と裕也が帰ったら後輩ちゃんを可愛がろう!

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