第39話 出かける俺

 

 今日は後輩ちゃんの誕生日の一週間前。


 俺は裕也と約束してお出かけをする。残念ながら後輩ちゃんとではない。


 俺は朝から後輩ちゃんのお昼ご飯を作って冷蔵庫に入れておいた。



「後輩ちゃん、お昼は冷蔵庫に入れておいたから、レンジでチンしてね」


「はーい! たまには男同士で楽しんできてくださいね!」



 流石後輩ちゃん。いい子過ぎる。


 そういえば後輩ちゃんは友達とお出かけしないな。


 今度そのことについて聞いてみるか。

 

 俺は靴を履いて後輩ちゃんのほうを振り向く。そして、玄関まで来てくれた後輩ちゃんを優しく抱きしめた。


 突然のことに後輩ちゃんが固まっている。



「いってきます」



 後輩ちゃんの耳元で囁くと赤く染まった頬にキスをした。


 数日前に行ってきますのキスとお帰りのキスを義務付けられたのだ。


 キスをされた後輩ちゃんが今にも恥ずかしさで気絶しそう。でも、その恥ずかしさを押し殺し、俺の頬にキスしてくれた。


 これは予想外。後輩ちゃんはキスされると、いつも限界になっており、今までキスはしてくれなかったのだ。



「い、いってらっしゃい…」



 何この可愛い生き物!


 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに、でも嬉しさと寂しさを感じさせる後輩ちゃんは滅茶苦茶可愛い。


 思わず抱きしめて押し倒してくなったけれど、鍛えられた理性で我慢する。


 帰ったらたくさん可愛がろう。


 俺はとてもとても名残惜しかったけど、約束の時間もあるから泣く泣く出かけた。


 待ち合わせ場所にはもう既に裕也がいた。イケメンの裕也は俺にかっこよく片手を上げる。


 周りにいた女性たちが目をハートにしている。



「よう!」


「お待たせ。さっさと行くか」


「了解」



 俺たちは目的地の商業施設に行く。


 今回の目的は後輩ちゃんの誕生日プレゼントを買うことだ。ぬいぐるみにしようと思っている。


 後輩ちゃんはアクセサリーには興味ないから。あっ、髪留めもいいかも。


 いろいろ見て回るか。



義姉ねえさんは何が欲しいって? 聞いてみたんだろ?」


「まあな」



 後輩ちゃんに聞いたとき、俺が欲しいって言ったことはコイツには秘密だ。


 いや、誰にも言わない。絶対に秘密だ。



「俺の手作りケーキがいいんだと」


「へぇー、愛されてますなぁ。あっ、俺と楓ちゃんも当日お祝いに行くからな。俺たちの分もよろしく!」


「へいへい。頑張って作りますよ。言っておくが、後輩ちゃんの好みの味にするからな」


「大丈夫大丈夫! お前の料理は何でも美味いから!」



 裕也がイケメンスマイルを輝かせながら俺の背中をバシバシ叩いてくる。


 痛い。もう少し力加減を考えてくれ。



「で? 結局今日はどうするんだ? ケーキの材料でも買うのか?」


「そんな訳ないだろ? 他にもプレゼントを用意しようかなって。ぬいぐるみとか、今考えたんだけど髪留めとか…」


「お前って本当に義姉さんのことが好きだなぁ。さっさと告れ! このヘタレ野郎! いつまで義姉さんを待たせるつもりだ!?」


「それはその…雰囲気とか準備とかいろいろあるから……」


「………………ヘタレ」



 裕也に呆れられた。そうですよ、俺はヘタレですよ。


 丁度良く目的地に着いた。可愛いぬいぐるみが置いてある店だ。


 男一人では来にくかったから裕也を誘ったのだ。


 まあ、一人で行こうと思えば行けるけど。



「さてさてヘタレ君? 俺は楓ちゃんのために選ぶから、お前は嫁さんのプレゼントを決めてくださいな」


「へいへい……って俺に嫁はいない!」



 そうかそうか、と裕也が店内にあっさりと入っていく。


 俺も裕也を追いかけるようにして入店した。


 店内にはぬいぐるみばかり。客は全員女性だ。


 気まずいけど、後輩ちゃんのためだ。頑張って選ぼう。


 裕也はもう姿が見えない。どこかで楓のためにぬいぐるみを選んでいるのだろう。


 ネコ、イヌ、クマ、アニメのキャラクターなどたくさんのぬいぐるみがある。大きさも様々だ。


 大きさはそれほど大きくないやつ。後輩ちゃんが抱き締められるくらいの大きさがいいかな。


 俺が狙っているのはネコのぬいぐるみ。何故かと言うと、後輩ちゃんがネコみたいだから。よく丸くなってるし、かまってちゃんの後輩ちゃんがネコみたいにすり寄ってくるからネコがいいかなと思っている。


 個人的にネコのぬいぐるみを抱いている後輩ちゃんの姿を見たい。想像したら……うん、可愛い。


 おっ? あれはどうだろう? 俺は目についたぬいぐるみを手に取る。


 デフォルメされた三毛猫のぬいぐるみ。少しふてぶてしい顔に、全体的にボテッとぽっちゃりしている。



「ぶさいく……というより、ぶちゃいくだな」



 ぶちゃいくなのに可愛さを感じる。こういう三毛猫が出てくるアニメがあったな。



「あぁ! にゃんこの先生か! でも、このぬいぐるみはメス。アニメのとは違うか」



 タグもアニメとは書いていない。


 後輩ちゃんも気に入りそうなデザイン。大きさもちょうどいい。触り心地も抜群。


 よし! これにしよう!


 俺は店内に入って五分もしないうちにぬいぐるみを決めた。お会計を済ませて裕也を探す。


 店内の奥で、隣に住んでる某アニメのぬいぐるみを眺めていた裕也を発見する。



「んっ? どうした?」


「買った」


「はやっ!? まだ十分も経っていないぞ! どれだ?」



 俺は買ったネコのぬいぐるみを裕也に見せる。


 裕也に見せた途端、顔が引きつったのは気のせいか?



「お、おう。好みは人それぞれだよな。大丈夫だよな?」


「大丈夫」



 裕也が引きつったイケメンスマイルで頷いている。


 可哀想な人を見る目で俺を見てくる。なぜだ!?



「ん~。俺はもうちょっと見てみるよ」


「わかった」



 俺は店内を回ることにした。やっぱり俺が買ったのが一番良さそう。


 裕也は三十分悩んで、お会計を済ませたようだ。小さなカエルのぬいぐるみを買ったようだ。


 何故カエルなんだろう? 俺は聞かないことにした。聞いたら惚気話を聞かされるから。


 適当に服を見たり、少し早めの昼食を取って俺たちは雑貨屋に行く。女性もののお店だ。


 女性客しかいないお店にイケメンの裕也を盾にしながら入っていく。


 こういう時、イケメンは役に立つ。人の視線を集めてくれるから。


 俺たちは髪留めが置いてある場所についた。たくさん種類がある。


 予想以上に雑に置かれていた。ごちゃごちゃに見えるのは俺だけだろうか?



「髪留めとか髪ゴムか。俺も楓ちゃんに買おうかな」


「いいんじゃないか? ただ、気をつけないと緩かったりきつかったりするらしいぞ」


「えっ? マジ?」


「楓や後輩ちゃんが愚痴ってたから。まあ、俺は二人が使ってるのは大体わかってるから、わからなかったら聞いてくれ」


「………………なんで知ってるんだ?」



 裕也が戦慄したように俺を見てくる。別に驚くようなものでもないと思うが。



「昔から楓の髪は俺が結んだりしてたし、最近は後輩ちゃんの髪をしてるし。やってたら自然とわかるようになるぞ」


「………………それでここ一年くらい楓ちゃんがあんまり髪を結んでないのか」



 裕也が何やらボソボソと呟いているが俺には聞こえなかった。


 まだ呟いている裕也を無視して、俺は後輩ちゃんのために髪留めやシュシュを選んでいく。



「これと……これは違う。これは……デザインはいいけどゴムの長さがなぁ。これはいいかも! キープっと。あっ、楓にこれなんかどうだ?」


「ふむ。流石義兄にいさん。いいですなぁ。これはどうだ?」


「えーっと、楓にはちょっとゴムが緩いかな」


「そっか。似合いそうなんだけどなぁ。残念」



 こうしながら俺たちは後輩ちゃんと楓のために選んでいった。


 とても楽しくて、二時間くらい裕也と選んでいました。


 我ながら頑張ったと思う。おかげでいいものを選ぶことが出来ました。後輩ちゃんが喜ぶといいなぁ。


 買い物が終わった俺は裕也と別れて真っ直ぐ帰宅する。


 買ったプレゼントは裕也に渡して当日持って来てもらうことにした。


 俺の家に置いておくと、絶対に後輩ちゃんが開けてしまうから。


 後輩ちゃんって意外と我慢ができないときがあるんだよねぇ。


 俺は中学の時、誕生日に渡す前に発見されたことがある。


 あの時は喜んでくれて嬉しかったけど、誕生日に渡せなくて微妙な気持ちだったなぁ。


 家に帰ると家の中が静かだった。


 いつもは出迎えてくれるんだけど、今日は出迎えてくれない。少し寂しさを感じながら寝室を開けると、寂しさなんか吹っ飛んだ。


 後輩ちゃんが俺のベッドで幸せそうにお昼寝をしていたからだ。


 服やベッドが盛大に乱れているのは気になるが、後輩ちゃんがスヤスヤと気持ちよさそうだ。俺は後輩ちゃんのお腹にシーツをかける。


 一度寝室から出て手洗いうがいを済ませた後、再び寝室に行って後輩ちゃんを起こさないようにベッドに座る。


 俺は後輩ちゃんの頭を優しく撫でた。サラサラの髪が気持ちいい。


 あれ? 暑かったのかな? 汗を掻いた跡がある。ベッドも湿ってるし。



「………んぅ~…」



 撫でていたら後輩ちゃんが可愛く声を出して起きてしまった。


 寝ぼけた後輩ちゃんと目が合う。



「ふぇ~? しぇんぱい?」


「葉月ただいま」



 俺は寝ぼけている後輩ちゃんのおでこにキスをした。ただいまのキスだ。


 ん? 後輩ちゃんの香りがいつもより強い気がする。汗を掻いたからか。



「おかえりなしゃい」



 寝ぼけている後輩ちゃんが嬉しそうに俺に抱きついてくる。そして、スリスリと顔をこすりつける。


 やっぱり猫みたいだ。俺は寝ぼけた後輩ちゃんに湿ったベッドの中に連れ込まれた。そして、後輩ちゃんがはっきりと目が覚めるまで抱き枕になっていた。


 目を覚ました後輩ちゃんは気絶しそうなくらい恥ずかしがって、それがとても可愛かったです。











<おまけ>


「後輩ちゃん後輩ちゃん。服が盛大に乱れてるけど」


「っ!? み、見ちゃダメです! 先輩出てけぇ~!」



 恥ずかしがっている後輩ちゃんに指摘したら、枕を投げつけられて寝室から追い出された。


 何故だっ!?

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