第38話 雨の日のドッジボールと俺

 

 今は梅雨の時期であり、今日も雨が降っている。


 体育は水泳の予定だったが、水温が低すぎるため中止になった。


 現在体育館に整列している。体育館で球技をするらしい。



「はーい注目! 今日は体育館で出来る球技をします! 体育館の前半分が男子、後ろ半分が女子。したいことは男女それぞれで考えてね」



 桜先生が代表して話を進める。


 女子はすぐに話し合いになっているけど、男子たちは桜先生に見惚れてボーっとしている。


 ボンキュッボンの大人のお姉さんがいたらガン見するよね。気持ちはわかるけど、俺はしない。女性は視線に鋭いってことを知ってるから。



「女子はバスケね。班を決めて準備が整ったら始めていいよ。男子はどうする?」



 そうこうしているうちに女子は決まったようだ。もう既に動き出している。体育館にネットを引いて半分にしている。


 見惚れてボーっとしていた男子の体育委員が、桜先生に話しかけられて盛大に慌てている。



「えっと、あの、その、ド、ドッジボール?」


「ドッジボール? 男子はそれでいいの?」



 桜先生に見つめられた男子たちが顔を赤らめながらボーっと頷く。俺は何でもいいから適当に頷いておいた。


 反対意見がないのを確認すると桜先生がニコッと美しく微笑んだ。男子の何人かが股を押さえる。



「じゃあ決定ね! 私ボールを取ってくるからチームを決めてね」



 桜先生が小走りに倉庫にボールを取りに行った。大きな胸がポヨンポヨンと弾んでいる。男子のほとんどが股を押さえる。


 男子たちよ、もう少し隠そうか。女子にバレて冷たい瞳で睨まれているから。


 俺はいつも鍛えられているから微動だにしない。



「よ、よし野郎ども! チーム分けをしたいところだけど、出席番号順じゃ面白くないよな?」



 体育委員が立ち上がれず座ったまま、俺たち男子に問いかけた。



「じゃあ、どうするんだ?」


「ふっふっふ。ここは平等なんか捨てようじゃないか! まず最初のチーム分けは、ショートかロングか、これはどうだ?」


「ショート? ロング?」


「好みの女性の髪がショートかロングか。好きな人でもいいし、女優やアイドル、アニメのキャラクターでもいい。好みの女性の髪形で決めようじゃないか!」



 おぉ!と男子たちにどよめきが走り拍手を始めた。誰も反対しない。もちろん俺も反対はしない。だって面倒くさいから。


 そこに桜先生がボールを持ってきた。バレーボールを手に持っている。



「チームは決まった?」


「も、もうちょっとです」


「そっか。じゃあ、ボールを渡しておくから準備ができたら始めていいよ」



 はーい、と男子が行儀よく返事したのを聞いてニコッと笑う桜先生。何人かが胸を撃ち抜かれたらしい。


 残念ながら桜先生はそのまま女子のほうへ行ってしまった。



「や、野郎ども…立てるようになったらチームに分かれて始めるぞ。俺はまだ無理」



 他の男子が何人かコクコクと頷いて同意した。


 ドッジボールが始まったのは数分後のことだった。


 やっとドッジボールが始まった。チームは意外と半分半分くらい。少しロング派が多いかなというくらい。


 ちなみに俺もロング派である。俺が思い浮かべた少女の髪がセミロングだったからロング派だ。


 実際は俺はどっちでもいい。彼女はどんな髪型でも似合うから。


 ドッジボールが始まったのはいいけど、運動部がロング派に固まりすぎて、あっという間に試合が終わってしまった。試合時間は五分くらい。


 運動部の剛速球を止められるものなど同じ運動部しかいないだろう。


 高校生のドッジボールって怖いよね。スピードが速すぎる。



「あっという間だったな。次はどうする?」


「背が高いか低いか、とか?」


「それいいな。自分を基準にしてもいいし、女子の平均身長を基準にしてもいい。そこは各自に任せる。じゃあわかれるぞ」



 今回は低いチームが圧倒的に多い。やっぱり低い女性のほうがいいのだろうか?


 俺も低いチームである。思い浮かべた少女が俺よりも身長が低かったから。


 さっきよりも早く試合が終わってしまった。うん、数の暴力には逆らえないよね。


 そして、この二試合何もしてない俺。暇だなぁ。



「次は?」


「紳士諸君。ここは巨乳か貧乳か、というのはどうだろうか?」


「意義あり! 乳が貧しいなんて女性に失礼だ。おっぱいとちっぱいに名称変更するように要求する。そして私は中間のぱい派だ!」


「なるほど…おっぱい、ぱい、ちっぱい。すまなかった紳士諸君。これからは名称をおっぱい、ぱい、ちっぱいと変更しよう。そして、ぱい派の諸君。今回は非常に申し訳ないがおっぱい派かちっぱい派に分かれてくれないだろうか? 本当に申し訳ない」



 体育委員が頭を下げる。ぱい派と思われる男子たちが、仕方がない、というように渋々頷いた。



「ぱい派諸君ありがとう。今度それぞれの派閥で熱い議論を交わそうじゃないか! さあ、おっぱい派かちっぱい派で分かれてくれ!」



 なんだこれは。


 俺は無関係ですよ。無関係だからね!


 男子諸君、出番が来てない女子が冷たい視線を向けているからね。気づいたほうがいいよ。俺は知らないから。


 俺は巨乳派、ではなくおっぱい派に入る。


 実際は、どちらかと言うと俺はぱい派だ。俺が思い浮かべている少女は平均よりは大きいがぱいの分類に入るだろう。手で包み込める大きさ。理想の大きさだ。


 柔らかかったなぁ……おっと、これ以上はまずい。考えるのを止めよう。


 チームは完全に半分になった。運動部も半分に分かれている。これはいい勝負になりそうだ。


 戦いが始まった。運動部が中心に試合が進んでいる。


 何故か男子全員がキレッキレの動きでボールを投げたり躱したりしている。そんなにやる気が出る原因は……………あった。


 桜先生がステージに座って男子のドッジボールを応援している。


 そりゃ動きが良くなるわけだ。俺は目立たないように気配を消す。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


「おりゃああああああああああああああああ!」



 男子たちが雄たけびを上げながら白熱した戦いを繰り広げている。



「おらあああああああああああああ!」



 相手チームの外野が横からボールを投げる。


 横から投げてもいいというルールに決まったのだ。剛速球が飛んでくる。


 でもこの軌道は………。



「チッ!」



 舌打ちをしながら俺は本気を出し、ボールに向かって走る。必死で左手を伸ばす。


 届け!


 パシィィィンンッ!


 体育館中に響くほどの高い音がした。


 俺の左手に猛烈に熱い痛みが走ってボールが明後日の方向に勢いよく飛んでいく。


 俺は手をヒラヒラと手を振って痛みを誤魔化しながら、ボールの先にいた人物に声をかける。



「桜先生大丈夫ですか?」


 俺が弾かなかったら当たっていただろう桜先生が、防御のために顔を覆っていた手を恐る恐る外した。



「宅島君?」


「ボールは当たってませんよね?」


「う、うん」


「それならよかったです。男子のボールは早いので気を付けてくださいね」



 俺は相手チームのボールに当たってしまったので、外野に移動しようとしたところで桜先生に呼び止められた。



「ちょっと待って! 手は大丈夫?」



 桜先生が走り寄ってきて俺の手を確認し始める。先生の柔らかな手が左手を包み込む。


 俺の左手は真っ赤になってヒリヒリしているけど問題はない。そのうち治る。



「大丈夫ですよ。これくらい何でもないです」


「でも真っ赤に腫れてる!」



 周りの視線が物凄いことになっているから俺は先生の手を振りほどく。


 男子からの視線だけで殺されそうだ。あぁ…胃が痛い。



「そろそろ試合が再開するんでここにいたら危ないですよ」



 俺は再び移動しようとしたらポフンと頭に手を乗せられた。そして二、三度頭を撫でられる。


 俺は突然のことで固まってしまった。桜先生がニコッと微笑む。



「助けてくれたお礼。腫れが引かなかったら言ってね。氷準備するから。宅島君、私を助けてくれてありがとね」



 最後にもう一回俺の頭を撫でると再び体育館のステージに座った。


 俺の周囲には桜先生の残り香が漂っている。


 俺は突き刺さる冷たい視線の中に温かい視線を感じた。その視線をたどると、休憩している後輩ちゃんがクイックイッと手招きしている。


 男子の視線を躱しながら後輩ちゃんの下へ向かった。



「先輩先輩! 大丈夫でしたか!? すごい音でしたけど!」


「大丈夫だよ」



 俺は真っ赤な左手を見せる。見せた後に思ったけど、真っ赤な時点で大丈夫じゃない気がする。



「うわぁ…真っ赤ですねぇ。フーフーしてあげますね。フーフー」



 後輩ちゃんがネット越しに息を吹きかけてくれる。


 後輩ちゃんの息がかかると痛みが引く気がした。



「ナチュラルにいちゃついてる…」



 後輩ちゃんの隣にいた女子が呆れ果てている。


 そして、現在大勢の男子に守られている桜先生をチラリと見て、後輩ちゃんに恐る恐る問いかけた。



「葉月いいの? 桜先生に旦那が取られそうだったよ。手を握られてたし頭も撫でられてたし」


「ん~? あれくらいなら問題ないよ。私は一瞬だけど本気を出した超かっこいい先輩を見れて興奮したし、先輩が桜先生を助けるのもわかってたし。先輩って女の子に優しいからね」


「……そういえば私も黒板消すのを手伝ってもらったなぁ」


「あたしはゴミ出しを手伝ってくれたし、転んだ時、保健室に連れて行ってくれた。他の男子は見て見ぬふりしやがったけど」


「掃除の時とか、ゴミを集めてチリトリで取ろうとしたら、宅島君がサッと集めてくれたりしたんだよなぁ。細かいところでさりげなく助けてくれるよねぇ」



 あの~? 本人の俺がいるところでそんな恥ずかしい話をするの止めてくれないかな? 俺にとっては普通のことなんだけど。



「先輩は優しいんです! そして、私にはもっと優しくてたくさん可愛がってくれるのです! どやぁ!」



 胸を張ってドヤ顔する後輩ちゃん。


 羨望と嫉妬を入り混じった顔をしている女子たちは後輩ちゃんに飛びついた。


 そして、俺の目の前で後輩ちゃんの胸を揉んだり、服の中に手を入れたりしている。


 うん、エロい。あっ後輩ちゃんの可愛いおへそが見えた。



「あぁ~だめぇ~! ちょっとどこ触ってるの! そこはダメだから!」


「よいではないか~よいではないか~!」


「あ~れ~ってならないから!」


「あんたいつも旦那に触られてんでしょうが! あたしらが触ってもいいでしょ!」


「触られてないから!」


「むむっ! 意外と胸が大きいですな。けしからん! 実にけしからん!」



 後輩ちゃんの身体を触り、揉みしだいて満足した女子たちは床に崩れ落ちた後輩ちゃんに手を合わせる。



「「「ごちそうさまでした!」」」



 俺も心の中で手を合わせた。


 女子の皆さんありがとう。後輩ちゃんごちそうさま。



「お、お粗末様です」



 後輩ちゃんが乱れた服を直し始める。


 幸い、男子たちは一切見ていない。桜先生にアピールすので後輩ちゃんのほうを全く見ていなかった。


 よかった。もし見てたら、呼び出してお話しするところだった。



「後輩ちゃんは試合まだなのか?」


「う~ん。まだみたいですね~。私、運動は苦手なほうなのでこのまま休憩しててもいいんですけど」



 後輩ちゃんが時間や今行われているバスケの試合を一瞥して言った。



「あらやだ奥様聞いたかしら? 彼女、運動は苦手ですってよ? 夜の運動は大の得意だと言うのに」


「聞きました聞きました。旦那様と毎晩ベッドの上で激しく絡み合ってるのでしょう?」


「夜の運動会。どっちが優勝するのかしら?」



 女子たちのキャラが変わる。


 なぜに近所のおばさま風? 女子って下ネタも好きなんだなぁ。俺のクラスの女子だけかもしれないけど。


 すかさず後輩ちゃんがおばさまの女子たちに反論する。



「ちょっと! 夜の運動会って何!? 私たちは何もしてないよ!」



 後輩ちゃん後輩ちゃん。前に自分でも夜の運動会って言ってたよね? 俺はバッチリ覚えてるぞ。(第25話を参照)


 俺は突然背後に気配を感じ、振り返る。


 俺めがけて猛スピードでボールが飛んできていた。俺は何とかキャッチする。



「おぉ! 先輩かっこいいです!」


「「「すご~い!」」」



 女子たちが俺を褒めてくれる。男子から嫉妬と殺意の視線が突き刺さる。



「宅島テメェ、なに女子と楽しげに喋ってるんだ?」



 わざと狙いやがったな? 同じチームだろうが!


  俺は軽く相手チームに投げる。軽く投げたのに相手に当たってしまった。いや、相手から当たりに行った。



「さあさあ颯君? 内野へいらっしゃ~い!」



 これが狙いか! 俺は渋々後輩ちゃんと女子たちから離れて内野へ入る。



「先輩ファイトでーす!」


「「「がんばって~!」」」



 後輩ちゃんや女子の応援に男子から殺意が漏れだす。


 同じチームの男子も俺を殺しそうだ。



「死ね!」


「おっと!」


「殺す!」


「危ない危ない」



 敵味方関係なく俺に剛速球を投げてくる。


 これはさっさと当たったほうがいいのかな?



「先輩すごーい!」


「宅島君がんばれー!」



 後輩ちゃんと桜先生の応援が聞こえた。二人が手を振っている。


 男子たちから血の涙が流れ始める。唇を噛み締めて悔しがっている。


 はあ…ちょっと本気を出しますか。


 男という生き物は女性に格好つけたい生き物なのだ。俺も例外ではない。


 ちょっと本気を出した俺はドッジボールで無双した。


 試合が終わってから気づいたんだけど、女子全員がバスケを止めて男子のドッジボールを観戦していた。そして、熱狂的に盛り上がっていた。


 次の試合で、俺対男子全員なのに勝ってしまったのはちょっと不味かったかな?


 やりすぎたと反省しています。


 でも、後輩ちゃんにかっこいいと鼻息荒く褒められたのは嬉しかった。

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