第35話 プールの授業と後輩ちゃん
六月になるとプールの授業が始まった。
この学校では一年生はプールの授業が必修だ。
留年した俺は二度目だけど。二年生からは選択授業になるらしい。
俺はプールの塩素と汗のにおいが染みついた男子更衣室で着替えている。
男子更衣室は狭い。男子がギュウギュウ詰めで着替えており暑苦しい。
他のクラスが前の授業で使ったらしい。床が濡れている。
制服が濡れないように気をつけて脱いでいく。
「プールか…女子の水着……」
「スクール水着だけど、それがマニアックでそそる……」
「野郎ども! しっかりと目と記憶に焼き付けるんだ! そして、必死で欲望を我慢するんだ! 俺たちが着ているのは水着。興奮したら丸わかりだ! 今は記憶に録画だけをするんだ。家に帰って一人になったら再生しろ! いいな?」
おう!と男子たちが盛り上がっているが俺は気にしない。馬鹿たちのことは放っておく。
多分後輩ちゃんの水着を狙っているのだろうが、残念だったな。今日は後輩ちゃんは見学だ。女の子の日らしい。今日の後輩ちゃんはケロッとしてたけど。
あんまり時間もないから俺はさっさと水着に着替えていく。
水着は男女同じもの。ピタッとしたTシャツのような上半身の水着とスパッツのような下半身の水着。
俺たちの学校では男子でも上半身裸は禁止されている。最近は性的問題がいろいろあるらしい。
「宅島、先に言っておくぞ! 俺たちは山田ちゃん目当てだ! じっくりと観察させてもらう!」
男子たちが鼻息荒く俺に言ってきた。
授業だから仕方ないけど、あんまりいい気分はしないな。ちょっと、いや結構ムカッとする。
ただの嫉妬と独占欲だというのはわかってる。わかってるんだけど、イライラしてしまう。
落ち着け、落ち着け俺。よし、家に帰ったら後輩ちゃんを可愛がろう。
「授業だから仕方ないけどさ、後輩ちゃんって結構視線に敏感だぞ。俺にしょっちゅう愚痴を言ってくるし、その……お前たちの好感度はマイナスになりそうらしい。俺は忠告したからな」
男子のほとんどが顔を真っ青にする。
やはり後輩ちゃんに嫌われたくないのだろう。ガクブルと震えている。
今の言葉は半分だけ本当である。
俺が後輩ちゃんに聞いた話では、後輩ちゃんだけでなく、クラスの女子たち全員らしい。
一体何をしたんだろう? 男子諸君、頑張り給え。
「くっ! 余裕そうな顔しやがって! このリア充野郎! お前なんかこうしてやる!」
男子の一人が子供っぽいことを言って、俺の腰に巻き付けていたタオルを下におろした。言葉も行動も子供だな。
着替え中だったため、俺の下半身が露出してしまうが、周りは男子だけ。
少し恥ずかしいが気にするほどではない。
それに四月の集団宿泊のときに一緒に風呂も入ったからな。今更か。
俺はなぜか固まっている男子たちを無視して平然と着替え終わった。
「お前らもさっさと着替えろよ。授業はあと少しで始まるぞ」
未だに固まっている男子たちに声をかけると一番に更衣室を出て行った。
▼▼▼
颯が出て行った男子更衣室では固まっていた男子たちが一斉に自分の下半身に目を向けた。
「………………負けた」
「くそっ! 何だあれは!」
「あれで山田さんを堕としたのかっ!? 大きければいいのかっ!? やはり大きさかっ!?」
男子たちは敗北感に打ちのめされ、濡れた床に崩れ落ちた。
▼▼▼
プールサイドに行くと、もう既に女子全員がそろっていた。
珍しい。去年の女子たちは男子たちの視線を避けるためにギリギリになって登場していたのに。このクラスの女子はもう既に集まっていた。
まだ授業は始まっていないので、みんなお喋りしている。
一人の体育服を着た女子が俺に笑みを受けべながら近寄ってきた。
もちろん後輩ちゃんである。
「せ~んぱいっ! 先輩の水着姿、ナイスです! ………グヘヘ」
「……後輩ちゃん、涎垂れそうだから、その欲にまみれた顔をどうにかしなさい。一体何を想像しているんだか」
俺が呆れたように言うと、後輩ちゃんはスッと演技をやめて普通の可愛らしい笑みを浮かべる。
「おっと失礼しました。先輩似合ってますよ! 改めて見ると先輩ってマッチョですね」
「そうか?」
俺は自分の身体を見る。筋肉はあるほうだけど、普通だと思う。絶対運動部のほうが筋肉ついてるから。
ジロジロと俺の身体を見ていた後輩ちゃんがニコッと笑って俺にお願いしてくる。
「先輩先輩! ”ん!”って腕に力入れてください!」
後輩ちゃんが”ん!”って言ったのが可愛かったのは内緒だ。
俺は後輩ちゃんの要望通り、腕を曲げて上腕二頭筋に力を入れる。
後輩ちゃんの目が輝き、俺の腕をペタペタと触り始める。
「おぉぉぉおおおお! すごいです! カッチカチですね! すごーい!」
後輩ちゃんが周りの目を気にせず俺の腕を触り続ける。
女子たちが俺たちを見てるし、今プールサイドに来た男子たちが俺を殺しそうな目で睨んでるから止めてくれないかな。家でしてあげるから。
俺は後輩ちゃんに呼びかけるが、全く反応がない。
別の世界にトリップしたまま俺の筋肉を触り続ける。
少し頬を赤くして呆れ顔の女子たちが俺たちの周りに集まり始める。
「はぁ…あんたら最近イチャイチャが激しくなってない?」
「それは後輩ちゃんに言ってくれ! 後輩ちゃん? 後輩ちゃん聞いてる? ちょっと誰か止めてくれ!」
「はぁ…葉月? そんなのいつも家でやってるでしょうが! あたしらに見せつけんな!」
女子が後輩ちゃんの頭を容赦なくぶっ叩く。
叩かれた後輩ちゃんはハッと現実世界に戻ってきた。
涙目で俺に頭を差し出した。
はいはい。頭を撫でろってことね。了解ですよ。なでなでなでなで。
そして、頭を撫でられながら後輩ちゃんは叩いた女子生徒に猛抗議する。
「ちょっと痛いじゃん! 何するの!? 折角先輩の筋肉を堪能してたのに! 滅多にない機会なんだよ!」
「いやいや! あんたらはベッドの上で裸で絡み合ってるでしょうが! 今じゃなくて家に帰って夜やれ! 羨ましいじゃん!」
「そ、そそそそそんなことしてないから! してないからぁ~! ね? 先輩してませんよね?」
後輩ちゃん慌ててるなぁ。そんなに慌てたら肯定してるようなものだから。
本当に何もしてないけど。いや、最近はお互いを抱き枕にしてるか。
ほら、誤解した女子たちが顔を赤くして温かい目で俺たちを見ている。
男子たちは……血の涙を流しながら膝をつき、地面を叩いてるな。無視するか。
「後輩ちゃんの言う通り、俺たちは何もしてないぞ。付き合ってないしな」
「そうです!
「
「うっ……!」
自分の失言を指摘された後輩ちゃんは顔を真っ赤にして、話を逸らすために行動に移る。
何故か俺の前でしゃがみ、一気に俺の上半身の水着を捲り上げた。
俺のお腹が女子の前に露わになる。
「えいっ! 今の機会を逃すわけにはいかないのです! ふぉぉぉおおおおおおおおおおお! やっぱり先輩のお腹もすごいです! 腹筋バッキバキです! 綺麗に割れてます! それに何ですか先輩の脚は! 脚もすごいです! 先輩先輩! 力を入れてくださいよ! さあさあ!」
俺は仕方なくお腹や脚に力を入れる。
後輩ちゃんにお願いされたら弱いんだよね。
後輩ちゃんが目を輝かせて、鼻息を荒くしながら俺の身体をペタペタと触る。
「ふぉぉぉおおおおおおおおおおお!」
後輩ちゃんが壊れた。
俺は呼びかけるが全く聞こえていないらしい。俺の身体を楽しそうに触っている。
俺は周りの女子たちに助けを求めた。
しかし、彼女たちも目を潤ませ、顔を赤くしながら俺の身体を見つめている気がする。
誰かがゴクリと喉を鳴らす音がした。
「葉月ごめん……ちょっと我慢できない」
「ん~~~? 今回は許す!」
「えっ? えっ? 後輩ちゃん何を許したの!? ちょっと! みんなの目が怖いんだけど! 何で俺に近づいてくるんだ!?」
後輩ちゃんから何かの許可が出た途端、女子の目の色が明らかに変わった。肉食獣の目だ。捕食者の目だ。
涎を垂らしそうにしながら、手をワキワキと動かし俺ににじり寄ってくる。
俺は恐怖を感じ逃げようとするが、後輩ちゃんに掴まれて逃げられない。
「ふふふふふ…………お許しも出たことだし…いただきます」
「えっ? えっ? いやぁああああああああああああああああ!」
女子が俺に飛び掛かってきた。そして全身を撫でまわされる。
恐る恐る触る人もいれば、堂々と積極的に触る人もいる。身体だけではない。何故か頭を撫でてくる女子もいる。
「うわっ! なにこれ! めっちゃ固ーい! 颯くんってムキムキだね!」
「力が入ってなかったらフニフニだよ!」
「颯ってメチャクチャ筋肉あるじゃん! すげー! 葉月の独り占めとかずるいな」
「私だってこんなに触るの初めてだよ!」
「ふふふ………よしよし…颯君はお姉さんたちが癒してあげますからね」
「ちょっと! 先輩は先輩だよ! 私たちが年下!」
後輩ちゃんの言葉に女子たちが一瞬考えて、一斉に述べた。
「「「「お兄ちゃん?」」」」
「誰がお兄ちゃんだ! いい加減に止めろ!」
俺が言っても女子たちは全く言うことを聞かない。というか、いつの間にか女子たちに名前で呼ばれている。まあ、いいけどさ。
女子たちの目が欲望で血走っている。少々、いや結構怖い。
血走った女子たちが俺の身体を弄ってくる。ホラー映画みたいで怖くなってきた。
男子たちに助けを求めようとしたら、彼らの目も真っ赤に充血していた。
男子たちは欲望ではなく、瞬きもせず俺のことを睨みつけているので真っ赤になっているのだ。
「………………あいつ後でプールの底に沈めようぜ」
「「「「「賛成」」」」」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
やばい。俺、後で死にそう。
「ちょっと! 俺以外にも男はいるだろ! あいつらの身体も触れ!」
女子たちが手を止めて他の男子たちを見る。男子たちは一斉に興奮して自分の身体をアピールし始める。
「フッ!」
「あんな貧相な身体には興味ない」
「ぽっちゃりしてるし」
「私は先輩しか興味ありません!」
「「「「そーだ! そーだ!」」」」
女子たちが再び俺の身体を触り始める。
女子に鼻で笑われ、バッサリと拒否された男子たちはプールサイドに崩れ落ちた。ビクンビクンとショック死しそうな男子もいる。
一部、恍惚としている男子もいる気がするが、俺は見なかったことにする。
「うわっ! デカっ!」
「え? 本当に? うわぁお! 凄く大きいね!」
「先輩のって大きいですよねぇ」
「ちょっ! どこ触ってる!」
「わかってるでしょ? もっと大きくならないかな?」
「みんなみんな! お尻もカッチカチだよ! あっ! 柔らかくなった!」
どれどれ!と女子たちがセクハラを始める。
俺は手でガードするが数多くの手で阻まれる。
ちょっと! そこは触るな敏感だから! そこもダメだって! 俺の手を握ってるのは誰だ! 水着の中に手を入れようとするな!
「ちょっと桜先生! 助けてください! 女子にセクハラされてます!」
俺は女子の担当の女性教師に助けを求める。
桜美緒。見た目は二十代前半、年齢は三十歳の美人で大人のお姉さんで、男女ともに人気の先生だ。
俺は助けを求めたが、予想以上に近くから先生の返答があった。
「んっ? どうしたの? 今は保健体育の授業でしょ?」
「って何で先生も俺の身体を触っているんですか!? 止めてくださいよ!」
「大丈夫大丈夫! 保健体育の実技の時間だから! 男の裸みんなで触れば怖くない、よ! 淑女の皆! 今のうちに触りまくるわよ!」
おぉー!と女子たちが盛り上がり、より一層激しく俺の身体を触り始める。
ちょっと! だから先生まで触るな!
「あいつ! 俺たちの美緒ちゃん先生まで虜にしやがって! 殺す!」
「宅島の水着をズリ下げて、露出魔にしてやろうぜ!」
「「「「おう!」」」」
ちょっと今、男子たちの幼稚だけど危ない考えが聞こえてきたんだけど! 今されたら俺は社会的に死ぬ!
男子たちが雄たけびを上げて俺に向かって突進してきたけど、ことごとく女子たちに放り投げられプールへと落とされていく。次から次に盛大な水柱があがる。
ウチのクラスの男子弱っ!
先生いいのかあれ? 男子たちがプールに投げられてるけど。プカプカと男子の死体が浮かんでるけど。
って聞いてないし。
「ふむ。男子もいいこと言うな。みんなやっちゃう?」
女子たちが顔を真っ赤にしながらみんな頷いている。桜先生も顔を真っ赤にして期待顔だ。
「えっ? 女子の皆さん何をするつもりですか?」
「先輩は黙っててください。女の子にはやらなければならないことがあるんです!」
俺は後輩ちゃんに抱きつかれ、身動きが取れなくなる。他の女子たちも俺の腕や脚や水着を掴む。
俺は猛烈に嫌な予感がする。
「えっ? 葉月さん? 女子の皆さん? 先生? 一体なにを?」
「先輩」
「颯くん」
「颯」
「颯お兄ちゃん」
「ちょっと誰だお兄ちゃんって言った奴は!」
「「「「覚悟!」」」」
「うわぁぁあああああああああああ!」
俺の悲鳴がプールに響き渡る。
俺はこの後のプールの授業の記憶がない。気づいたら授業が終わっていた。
思い出そうとするだけで激しい頭痛がする。
女子からは顔を真っ赤にしながらチラチラと見つめられ、男子からはなぜか優しく慰められた。
一体何があったのだろう?
後輩ちゃん? そんなに俺の股を見つめないでくれないかな!?
本当に何があったんだ!?
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