第29話 妊娠した後輩ちゃん!?

 

 風邪が治った俺は学校に向かって歩いていた。。隣にはもちろん後輩ちゃんが歩いている。俺と後輩ちゃんは四月から毎日毎日一緒に登校しているのだ。最初は嫉妬と殺意の視線がブスブスと突き刺さっていたが、最近は刺される回数が少なくなった。無くなったわけではない。少なくなっただけである。

 俺はチクチクと刺されながら、心配そうに俺のことをチラチラと何度も見てくる後輩ちゃんに話しかけた。


「そんなに心配しなくても大丈夫だから」


「信用できません! 病み上がりに掃除して、熱が上がった人のことを信じられると思いますか?」


「うぐっ! 申し訳ありませんでした」


 後輩ちゃんのじっとりとした目で見つめられた俺は謝ることしかできない。あの時の後輩ちゃんは怖かったなぁ。俺は目が笑っていない後輩ちゃんの笑顔を思い出して身体が震える。やめろ! 思い出しちゃいけない! 忘れるんだ!


「先輩? 顔が真っ青ですよ? はっ! まさか風邪が治っていなかったんですか!?」


 後輩ちゃんが俺の腕を掴んで、おでことおでこをくっつけてきた。周りからキャーっという女子の歓声が上がる。


「ふむ。熱は無いようですね」


 後輩ちゃんが心配そうにおでこを離した。俺の顔を両手で挟み、顔色を確認し、俺の瞳を覗き込んでくる。


「後輩ちゃん?」


 俺は至近距離にある後輩ちゃんの綺麗な瞳と視線を合わせる。


「気分でも悪いんですか?」


「いや、胃が痛いです」


「っ!? や、やはり病院に行きましょう!」


 焦る後輩ちゃん。あたふたと慌てている。俺は慌てふためく可愛い後輩ちゃんから視線を逸らし、空を見上げた。あぁ…青空が綺麗だなぁ。


「……後輩ちゃん周りを見て……ここ、公共の場」


 後輩ちゃんが周りを見渡し、俺たちを見ている学生たちに気づいた。

 ここはもう既に学校の近く。同じ高校の生徒がたくさん歩いている。そこで俺たちは堂々とおでこをくっつけたり至近距離で見つめ合ったりした。興味津々でキラキラとした瞳の女子と血の涙を流しながら人を殺しそうな目をしている男子。俺たちに注目が集まっている。

 後輩ちゃんの顔が真っ赤になり、地面を見た。

 やっと理解したか。あぁ…白い雲が綺麗だなぁ。


「さっさと行くか?」


「そ、そうですね」


 俺たちは空と地面を見ながら歩いていった。周りの視線なんか無視。俺たちは歩くことに専念する。

 教室に着くと一斉に静かになった。全員が俺と後輩ちゃんを見てくる。席に着いた途端、俺たちはクラスメイト達に囲まれた。内側に女子、外側は男子が囲んでいる。

 一体何事!?


「葉月ちゃん、体調大丈夫?」


 女子の一人が後輩ちゃんに話しかけた。何故か俺が睨みつけられているのは気のせいか?


「はい? 私は大丈夫だけど?」


 後輩ちゃんがキョトンと首をかしげる。


「どうしてそんなこと聞くの?」


 女子たちが顔を合わせて頷き合い、勇気を出して静かに後輩ちゃんに言った。


「だって……妊娠したんでしょ?」


「「はぁ?」」


 俺と後輩ちゃんが同時に素っ頓狂な声を出した。俺たちは思わず顔を見合わせる。

 後輩ちゃんが妊娠? いやいや、男嫌いで恥ずかしがり屋で、初心すぎて気絶するような後輩ちゃんが妊娠? ないない。俺は全く覚えがないぞ。


「私…そんな予定今のところないけど…」


 おいこら後輩ちゃん。顔を赤らめて俺を見るな! まあ、今はないけど、いつかな。でもここで言わなくていいから! 普通に否定すればいいから!


「えっ? 違うの? 葉月ちゃんが妊娠して、二人でご両親に挨拶に行ってるから休んでるのかなぁってみんな言ってたから」


 俺が視線を向けるとスッと視線を逸らすクラスメイト達。どうやったらそんな考えになるんだ!


「何故それを信じた!?」


「だって……二人ならあり得そうだなぁって」


 クラスメイト全員が頷いている。だからなんで納得するんだ!?


「二人が同時に休んで、体調が悪いらしい。えっ、もしかして葉月が悪阻? 妊娠したの? 妊娠だと!? マジで? んで、二人が数日来ない。これはご両親に謝りに行ったなって話になってた」


 別の女子生徒が詳しく説明した。

 いやいや、ないから! 後輩ちゃんの両親に謝りに行くなんてないから! 報告はしても謝ることは絶対にない。むしろ早く子供を作ってくれって言われてるくらいだから。まだ作らないけど…。


「なるほど!」


「……後輩ちゃん納得しなくていいから。体調が悪かったのは俺だから。風邪ひいたのは俺。後輩ちゃんは俺を看病してくれたの」


 俺が説明したら何故か歓声が上がる。だから一体何で!? クラスメイト達のテンションがわからん!


「なんで宅島君の看病を葉月ちゃんがしたの?」


「だって後輩ちゃん、隣に住んでるし……あっ!」


 俺は思わず口を滑らせた。クラスメイト達には俺と後輩ちゃんが隣同士ということは秘密にしてたのに。

 クラスの女子たちがニヤリと口を吊り上げて笑う。男子たちから嫉妬と殺意と怒りの視線が突き刺さる。


「ほうほう! 二人はお隣に住んでいると? そういえば、二人は一緒にご飯を食べるって言ったおりましたなぁ? 実に興味深い………」


 一瞬だけクラスに沈黙が訪れる。そして、獲物を狙う肉食動物のように女子たちが一斉に色めき立った。


「詳しく教えろ!」


「二人はいつも何してるの? 看病の時は何したの? 何したの?」


「ほらほら! お姉さんたちに教えなさーい!」


「キスした? もうヤッちゃった? 本当に妊娠した? 具体的に生々しく述べなさい!」


 俺が聞き取れたのはこれだけ。女子たちがマシンガンのように一斉に喋っているため、教室が物凄くうるさい。後輩ちゃんは適当に嘘を混ぜながら答えている。


「宅島君のアレはどうだった?」


 一人の女子の質問が俺の耳に聞こえた。後輩ちゃんがあっさりと答える。


「すごかったよ」


 後輩ちゃんが、しまった、という表情になった。俺のアレとはアレのことだよな? 質問するほうもどうかと思うが、なぜ後輩ちゃんがあっさりと答える? 今までに後輩ちゃんに裸を見られたことはないんだけどなぁ。これは問い詰めないといけないなぁ。


「こ~は~いちゃ~ん? 今のはどういう意味なのかなぁ?」


 今の俺は引き吊った笑みを浮かべているに違いない。


「べ、別に意味はありませんよ。先輩の裸なんて見たことないですから。見たことないですから!」


 後輩ちゃんはこういう時、何故か嘘が下手になる。言葉は動揺し、俺をまっすぐに見つめてくる。俺の目から視線を逸らさないのは、嘘をついたり誤魔化したりするときの後輩ちゃんの癖だ。


「後輩ちゃん…家で詳しく聞くから」


 いつの間に俺の裸を見たんだか。絶対に俺が熱を出しているときだな。あの時一体何があったんだ!? 後でじっくりと聞き出してやろう。

 家で二人はイチャイチャして……キャー、と盛り上がっている女子たちのことを俺は無視する。後輩ちゃんも答えなくていいから。女子は恋バナが好きだとは思っていたが、案外下ネタもいけるらしい。

 この日の昼休みには男子に連れ去られて尋問された。女子と似たようなことを聞いてきた。まあ、嘘ついたりしたけど。

 思ったんだが、ウチのクラスの男子たちは女子には敵わないらしい。朝は女子しか発言していなかったからな。男子諸君、頑張れ。

 結局俺は精神的に疲れ果てて、後輩ちゃんから聞き出すことは出来なかった。

 俺が寝込んでいる間に何があったんだ! 誰か教えてくれ!

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