第28話 温かい後輩ちゃん

 

 後輩ちゃんは俺が熱を出している間、看病だけで家事は一切しなかったらしい。というか、できなかったらしい。思ったよりも家が汚れていなかった。


 食事は買ってきたもので済ませたらしい。


 一番酷かったのは俺の寝室。それもすぐに片付く程度だった。



「ふぅ~終わったぁ」



 俺は汗を拭って、いつも通り綺麗になった部屋を眺める。


 寝室も、荒らされたタンスも片付け、洗濯物(主に俺の汗を掻いたパジャマと使ったタオル)も洗濯して干した。うん、綺麗だ。



「お疲れ様です先輩。はいこれ」



 後輩ちゃんが何かを俺に差し出してきた。これは………体温計か?



「先輩は病み上がりなんですから、念のためです。今日掃除しなくても良かったんですよ」



 後輩ちゃんが心配そうに見つめてくる。


 俺は申し訳なくなって思わず顔を逸らせてしまった。


 後輩ちゃんが、はぁ、とため息をついた。



 ピピピピッ!



 体温計の音が鳴る。


 最近の体温計はあっという間に測ることができるなぁ。実家にあるのは十年以上前のやつだから結構時間がかかるんだよね。ほとんど使わないからまだ動く。


 えーっと、体温は………………。



「………36.7度でしたよ?」


「せ~んぱいっ? ちょ~っと体温計を見せてくれますか?」



 後輩ちゃんの笑顔が怖い。輝くような可愛い笑顔だけど目が笑っていない。背後からゴゴゴッと空間が震える効果音が聞こえる気がする。


 やばい。バレてる。俺死ぬかも。


 俺は震えながら体温計を後輩ちゃんに手渡す。



「………………37.4度」


「お、俺、体温高いからなぁ~。これくらい普通だけど~?」


「……先輩? 本当は?」



 やばい。後輩ちゃんが滅茶苦茶怖い。目から光が消えてる。



「………………平熱は36.6度です」



 後輩ちゃんがニコッと笑った。とても可愛い。とても可愛いのに恐怖が襲ってくる。俺の身体がカタカタと震え冷や汗が止まらない。


 後輩ちゃんが静かに寝室を指さした。そして、俺の体温が一瞬で低くなるくらい冷たくてドスの利いた声で言った。



「……寝ろ」


「イ、イエスマム!」



 俺は声を裏返らせながら敬礼した。


 こんな怖い後輩ちゃんは初めて見た。俺は寝室のベッドに直行して即座に横になる。


 後輩ちゃんが俺のベッドに座る。髪に隠れて後輩ちゃんの綺麗で可愛い顔が見えない。表情がわからないため俺は不安になる。怒らせたかな?


 後輩ちゃんがスッと手を伸ばして、優しく俺の頭を撫でてきた。



「………………せんぱいのばか」



 小さく呟かれた後輩ちゃんの声には怒りはなかった。純粋に俺を心配している。


 後輩ちゃんが髪を耳にかけたことでやっと顔が見えた。怒ってはいない。心配そうで、なんか聖女のように慈愛に満ちた表情をしている。



「は、葉月さん?」


「なんですか先輩? 不思議そうに私を見てますけど、どうしたんですか?」


「あ~いや。その………怒ってないんですか?」


「怒ってませんよ。怒りよりも呆れてます。こういう時くらいゆっくりしてくださいよ。私に甘えてください! まあ、先輩が掃除をしたのは私が散らかしたせいですが……」



 後輩ちゃんが申し訳なさそうだ。


 いやいや、後輩ちゃんがそんな顔しないでくれ。俺のために頑張ってくれたんだろ?



「どうすれば先輩が大人しく寝ていますかね? う~ん……私が一緒に寝たら大人しく寝ます?」


「寝ます!」


「そ、即答ですか……やっぱり熱がありますね。いつもなら即答なんかしないのに。いいでしょう! 私が一肌脱いで先輩と一緒に寝てあげましょう! ………………………………本当に脱いだほうがいですか?」



 後輩ちゃんが最後に真面目な口調で聞いてきた。


 ふむ。とても魅力的な提案だな。俺はしばらく熟考して答えた。



「………………残念ながら次の機会にお願いします。後輩ちゃんが風邪をひきそうだから」


「そ、そんなに悔しそうにしないでくださいよ! いつでも脱ぎますから! もしかして先輩、また熱が上がりました?」



 後輩ちゃんがもう一回体温を測るよう促してきた。俺は渋々もう一回測る。


 結果は38.1度。ジト目を向ける後輩ちゃんから目を逸らした。



「はぁ…先輩、おねんねしますよ」



 後輩ちゃんも俺のベッドに入って母親のように俺の頭を撫でてくる。


 いや待て。俺の母親は後輩ちゃんよりも幼く見えるぞ。見た目小学生だからなあの人。幼女母だ。後輩ちゃんは母親よりも幼妻? 妻………もう考えるの止めよう。恥ずかしくなるから。


 後輩ちゃんがもぞもぞと動いて俺を抱きしめてきた。いつもとは違う。俺の顔が後輩ちゃんの胸に抱きかかえられている。


 俺の顔に後輩ちゃんの胸の柔らかさが伝わってくるんだけど! 温かいし、いい香りだし、柔らかいし、なにこれ? 幸せな気分になる。



「こここここここ後輩ちゃん!? 熱が! 俺の熱がもっと上がるんですけどっ!?」


「大人しく私に甘えてください! それに赤ちゃんはお母さんの心臓の音を聞くと安心するらしいですよ」


「俺、赤ちゃんじゃないんですけど。それに後輩ちゃんの心臓の音が物凄く速いんだけど」


「う、うるさいです! 先輩は黙って私のおっぱいの感触でも味わってください!」



 恥ずかしいならしなければいいのに。まあ、後輩ちゃんがいいなら堪能しますか。


 俺は後輩ちゃんに甘える。


 俺は後輩ちゃんの温もりと香りと柔らかさに包まれて、すぐに安心してきた。気が緩んだら熱のだるさが全身を襲ってくる。



「後輩ちゃん後輩ちゃん」


「なんですか、先輩?」


「ポジション逆にしていい? 後輩ちゃんが俺の心臓の音を聞いてみて? 今のままだと興奮して寝られない」


「そ、そうですか」



 ん? 後輩ちゃんが俺の顔じゃなくて脚のほうを見ている。正確には俺の股間のところ。顔が真っ赤になってるし、少し挙動不審。一体何で!?



「では失礼して」



 後輩ちゃんがもぞもぞと動き、俺の胸に頭を置いた。


 俺は優しく後輩ちゃんの頭を撫でる。セミロングの髪はサラサラで気持ちいい。


 すぐに後輩ちゃんの瞼が重くなっていく。そして、三分も経たないうちに寝てしまった。スゥスゥと可愛らしい寝息をたてながら気持ちよさそうに寝ている。



「まったく…後輩ちゃんが昨夜寝てないのはバレバレなんだよ」



 後輩ちゃんは俺の看病のために一晩中起きていたに違いない。寝たとしても頻繁に起きていたはずだ。


 寝不足なのを必死で隠していたようだが、俺の目は誤魔化せない。


 これで後輩ちゃんまで体調崩したらどうするんだ? 風邪の俺とずっと一緒に居たみたいだし。


 俺は怠い身体を動かし、後輩ちゃんの頭を撫で続ける。でも、そろそろ限界だ。



「……葉月………大好きだぞ」



 後輩ちゃんが完全に寝ている今だから言える言葉。そして熱で頭がおかしくなっている今だから言える言葉。


 あぁ…俺って熱があろうがなかろうがヘタレだなぁ。後輩ちゃんが聞いていないときにしか言えないなんて…。


 そして思う。本当に告白するときは今以上に体温が上がっているだろうなぁ。


 俺は気持ちよさそうに寝ている後輩ちゃんの頭を最後にひと撫ですると、熱のだるさと後輩ちゃんの温もりに身をゆだねた。

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