第24話 元気が出てきた後輩ちゃん
体育祭が終わった。俺たちの団は優勝したらしい。
俺はずっと後輩ちゃんに付き添っていたので閉会式も出なかった。
保健室のおばちゃん先生も話が分かる人で、後輩ちゃんに付き添ってあげてと言ってくれた。
何故か、意味ありげにサムズアップしてたけど。
放課後のクラスにも戻らず、俺たちは裕也を待っていた。裕也の家の車で俺たちを送ってくれるらしい。
すると保健室に優雅な女性が入ってきた。モデルとか女優みたいにとても美人な女性だ。
保健室の先生と少し話した後、俺たちのほうへ笑顔で近づいてきた。
「颯くん、葉月さん、お久しぶり。大丈夫?」
「
「お久しぶりです。まだ少しボーっとしますけど大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました」
俺たちは頭を下げる。
この美人の女性は鈴木田葵。裕也の母親だ。二十代に見えるくらい若々しい女性だ。すらっと身長が高く大人っぽい。
何故か俺と後輩ちゃんと裕也の三家族は家族ぐるみで仲が良い。
俺と後輩ちゃん、裕也と楓はもう既に外堀が埋まっている。というか、親たちは俺たちが結婚する前提みたいだ。
まあ、俺たちもそのつもりだけど。
「裕也から聞いたと思うけど二人を送っていくわ。弥生さんたちがいないのは心配だけど、颯くんがいるなら大丈夫かな? 数日は安静にね? 何かあったら救急車呼んだり私に連絡しなさい。わかった?」
「「はい」」
「いい返事ね。ウチの裕也にも見習わせたいわ。ウチは”へーい”とか”は~い”とか、やる気なさそうに言うのよ。今度楓さんにお願いしとこうかな」
葵さんが本気で悩んでいる。
楓に言ったら物理的に調教するだろうなぁ。裕也は楓に調教されるのが好きみたいだし。あいつはイケメンなのに楓の前だと変態なんだよなぁ。
俺と後輩ちゃんは苦笑いする。
「颯くん、葉月さんは私が見てるから、荷物を持って来てちょうだい。お願いね」
「後輩ちゃん、俺がいなくても大丈夫か?」
「す、少しだけなら。すぐに戻ってきてください」
「わかった。すぐ戻る」
俺は後輩ちゃんの頭を撫でると葵さんに後輩ちゃんをお願いする。
葵さんも保健室のおばちゃん先生も俺たちのことを微笑ましそうに見ていて、とても恥ずかしかった。
俺は逃げるように保健室を飛び出した。
ホームルームが終わったらしい。ガヤガヤと騒ぐ声がする。
俺は真っ直ぐ教室に向かう。教室に入った途端、一斉に視線が集まった。そして、クラスメイト達が押し寄せて一斉に喋り始める。
「ちょっとみんな! 一斉に話されてもわからないから! 後輩ちゃんは大丈夫だから! 女性諸君! このまま後輩ちゃんは帰るから、後輩ちゃんの荷物とか制服とかお願いしてもいいか?」
女子たちが息の合った連携で、瞬く間に後輩ちゃんの荷物をまとめてくれる。
俺も自分の帰る準備をしながらできるだけ質問に答えた。
俺は後輩ちゃんの荷物を受け取り保健室へ向かう。
クラスメイト達も一緒に行くそうだ。見送りがしたいらしい。
俺は大勢を引き連れながら歩いていく。
「宅島!」
目の前に見知らぬ男子生徒たちがいる。他クラスの一年生のようだ。見覚えがあるような無いような。
それに宅島って誰だ? ………………あっ! 俺か!
「なんだ?」
「山田さんは大丈夫か?」
「大丈夫だけど」
「そうか。よかった。山田さんの荷物は俺たちが持つよ。ついでに山田さんを家まで送っていく」
「いや、必要ないけど」
「いいから俺に渡せ!」
俺は腕を掴まれる。俺は既視感を覚える。少し前に同じことがあった気がする。
そうか。こいつらは後輩ちゃんと喋っていた連中か。
こいつらも後輩ちゃんに惚れたんだろうなぁ。
流石後輩ちゃん。男を惑わす魔性の女。
これを言ったら後輩ちゃんに怒られそうだな。黙っておこう。
「さあ早く!」
「えっ? 嫌だけど」
俺は無視して一刻も早く後輩ちゃんのところに行こうとするが、男子が腕を離してくれない。
俺が断ったことに苛立ちを覚えているらしい。周りの取り巻きも俺から後輩ちゃんの荷物を取ろうとする。
うわぁ。こいつら後輩ちゃんが一番嫌いなタイプだな。あの時ボーっとしてなければ冷たい対応をしてフラれていただろうに。こいつらは女子からも嫌われるな。
現在進行形で俺のクラスの女子たちが睨みつけているし。
「貸せ! お前を山田さんに近づけるわけにはいかない! 山田さんは騙されているんだ! 弱みに付け込んで山田さんに無理やり言うことを聞かせているんだろ! 俺が救い出してやる!」
うわぁ。こいつ危ないかも。本当にこういう考え方する奴いるんだ。
俺は無理やり押し通るか考えていた時、クラスの女子たちが騒ぎ出した。俺たちの間に割り込んでくる。
「ちょっとあんたら邪魔!」
「早くどいて!」
「マジキモイ」
女子たちが手伝ってくれて俺の腕が解放される。そして、俺に迫ってきた男子たちを包囲して睨みつけている。
女子たちの迫力に気圧されたかのように一歩下がった。こういう時の女子たちは強い。
クラスの男子たちは……うん、何もできないよね。うん、わかるよその気持ち。
「そこの役に立たない男子たち。こいつらを葉月ちゃんに近づかせないようにして」
「あたしたちは保健室に行って葉月の様子を見て見送ってくるから」
「こいつら近づかせたらただじゃおかないよ~」
女子たちがクラスメイトの男子たちに怖い顔で命令する。
役に立たないクラスの男子たちはガクガクと頷くだけ。
でも、女子たちは納得しなかったようだ。女子の一人が低い声を出す。
「男ども…返事は?」
「「「「「Yes,ma'am!」」」」」
男子たちが一斉に女子に向かって敬礼する。
俺も思わず返事をしてしまった。それくらい迫力があった。
「な、なんだよ! なんであいつの味方をする!?」
自分勝手な妄想男子が声を上げる。女子たちが、何を今さら、という表情になる。
「だって誰から見てもラブラブだし」
「だよね~。所かまわずイチャイチャしやがって! 羨ましい!」
「私、二人を見てるだけで口の中が甘くなって、おやつ減ったわ。体重減ってマジラッキー!」
「それあたしも! もう恋人通り越して夫婦じゃね? 結婚してても違和感ないわ」
「「「「わかる~!」」」」
わかる~じゃねえよ。俺たちは付き合ってないし。イチャイチャしてないし。まだ結婚できないし。
だからその微笑ましいものを見る視線を止めろ!
その時、ざわめきが起こった。人だかりがモーセのように二手に分かれる。
女子たちが騎士のように整列してできた道を歩いてきたのは後輩ちゃん。目に涙を浮かべている。
しまった。時間をかけすぎた。
寂しさで泣きそうな後輩ちゃんが俺に飛びついてくる。
女子から歓声が上がる。
「せんぱぁぁい! 遅すぎですぅぅぅうううううううう!」
「ごめんごめん」
俺は抱きついてきた後輩ちゃんの頭を撫でる。少し幼児退行しているようだ。
男子からの視線が痛い。俺を突き刺してくる。女子たちは目をキラッキラさせている。中には涎を垂らしている女子もいる。
せめて涎は拭こうよ。
「先輩! 罰として一週間は私と一緒に寝てもらいます!」
女子の歓声と男子たちが膝から崩れ落ちる音がする。
後輩ちゃん…別にいいけど、ここでそんな話をしてほしくなかったなぁ。
休み明けがまた面倒くさそうだ。俺、不登校になるかも。
「山田さん! そいつから離れろ!」
クラスの男子が引き止めていたはずの他のクラスの男子が後輩ちゃんに近づいてきた。
クラスの女子たちが役立たずの男子たちを睨みつけている。クラスの男子は顔を真っ青にする。
「はい? どちら様で?」
後輩ちゃんが不機嫌そうに首をかしげる。
「俺は
後輩ちゃんは俺から離れようとしない。誰かわかっていないようだ。俺に問いかけてくる。
「先輩、誰ですか?」
「後輩ちゃんが体調悪いときに喋っていた人だって」
「全く記憶にないですね」
後輩ちゃんの言葉に鎌瀬犬の顔が凍り付く。
「山田さん、俺が送っていきます。一緒に帰りましょう」
「嫌」
うわぁ。後輩ちゃんが物凄く嫌がっている。こんなに嫌がるそぶりを見せるのは珍しい。
俺の後ろに隠れようとしてる。生理的に受け付けないらしい。
「そうか。山田さんはそいつに脅されているんですね。だから言いたいことが言えないんですね」
鎌瀬犬は自分の世界に入っている。
こいつはやばそうだ。何を言っても聞かないらしい。
「先輩先輩…あの人危ないですね。私、無理なんですけど! 無理なんですけど!」
後輩ちゃんが鳥肌が立った腕をさすっている。
「先輩、さっさと帰りましょう」
後輩ちゃんが俺を引っ張る。俺も後輩ちゃんの意見に賛成だ。
俺たちが帰ろうとすると、鎌瀬犬が大声を上げながら俺たちに突進してきた。
おいおい。アニメかよ。俺を排除すればいいと思ったのか? バカだな。
俺はスルッと荷物を下ろすと、掴みかかってきた手を捌き、相手の勢いを利用してクルッと一回転させて投げ飛ばし、廊下に叩きつける。
もちろん、後輩ちゃんは近くにいた女子に預け済み。
俺は咳き込んでいる鎌瀬犬の胸倉を掴む。
あ~あ。後輩ちゃんの前では見せなくなかったんだけどな。
俺はいつもは抑えている存在感を全開にし、怒気や殺意殺気を纏って、目に力を込める。
「葉月に近寄るな」
鎌瀬犬は顔を真っ青にしてブルブル震え、口から泡を吹きながら気絶してしまった。
周りにも被害が出て、腰を抜かしているクラスメイト達が多い。気絶している男子もいるな。みんな俺のことを恐怖に満ちた目で見てくる。
俺が怒ると怖いらしいから必死で我慢してたのに。うん、こいつが悪い。全部気絶しているこいつのせいだ。俺は悪くない。
俺は気絶した鎌瀬犬を放り出す。ガンッと後頭部をぶつける音がしたが気にしない。
俺は後輩ちゃんを恐る恐る見ると、顔を赤くして何やらブツブツと呟いていた。
「ヤバい…先輩がかっこいい……くっ! 私の体調が良かったら先輩のことを襲ったのに……こういう時に限って私を刺激してくるんだから…もう! どうやって発散したらいいの!?」
「後輩ちゃん?」
俺がブツブツ呟いている後輩ちゃんに問いかけると、キッと睨みつけられた。
「先輩…一緒に寝るのを一カ月間にします」
「なんで!?」
「私がそうしたいからです! さあ! 帰りますよ!」
少し元気が出た後輩ちゃんが俺を掴んでい引っ張っていく。俺は後輩ちゃんに強引に引っ張られて、死屍累々のこの場から引き離された。
俺は少しだけ安心した。これ以上恐怖に満ちた目で見られたくなかったからだ。
俺は後輩ちゃんに感謝しながらこの場を後にした。
帰ったら後輩ちゃんをたくさん甘やかそうかな。
俺は引っ張られながら、何をして甘やかそうかなと考えていた。
<おまけ>
颯と葉月がいなくなった廊下。立っていた人は力が抜けるように崩れ落ちた。ほとんど全員が座り込んでいる。気絶している人もいる。
男子たちは颯の怒りに気圧されてまだ震えている。
女子たちは震えているが、目に恐怖はない。颯の存在感や覇気に当てられ、目を潤ませて身体を火照らせている。
女子の一人が呟いた。
「……やばい……宅島ってマジでやばい……」
他の女子たちもその声と聞いて頷き始める。
「……めっちゃかっこいい……なにあれ? 覇気? 覇王色?」
「ギャップってやつ? でも、なにあのイケメン。はぁ…かっこよかった……私、惚れちゃったかも」
「私は濡れた。私の中の女がビンビンに刺激されてる。こんなの初めて」
「ビンビンってなんだよ! でも、その気持ちわかるわぁ」
女子たちが、うんうん、と頷いている。頷くその顔は恍惚としている。
全員恋する乙女の表情だ。
「葉月が惚れるのもわかるわぁ。他の男も宅島君くらい男らしかったらいいのに」
女子たちが周りの男子を見渡して一斉にため息をつく。
気絶したり恐怖で腰を抜かしている男子たち。
女子たちが惚れる要素は一つもない。
女子たちはゆっくりと立ち上がる。
「ほらほら情けない男子ども! さっさと立って気絶したやつを保健室に運ぶぞ! 少しは男を見せろ!」
女子たちが上手くまとめ、男子たちをこき使うことで、あっという間に死屍累々のこの場を解決していった。
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