第23話 運ばれる後輩ちゃん
暑い。いや、熱い。雲一つない青空。ギラギラと照り付ける太陽。日差しが痛い。
今日は体育祭当日。もう既にお昼を過ぎて後半戦に入っている。
俺は汗をぬぐいながら団席のほうへ戻る。
今俺が出場した台風の目が終わったところだ。俺たちの団は何とか一位を勝ち取ることができた。
でも、そんなことはどうでもいい。一刻も早く日陰に移動したい。
俺は人が少ない離れた陰に入って涼んでいると、裕也がイケメンスマイルを浮かべて近づいてきた。
イケメンは汗も似合う。格好良く片手を上げてきた。
周りの女子がキャーと黄色い歓声を上げる。
「よう! 今一番男子から恨まれている颯くん!」
「うっせぇ! 好きで恨まれているんじゃない!」
「わかるよ~わかってるよ~! 好きな女のためだもんな! んで? 葉月ちゃんには告ったのか?
コイツの仕業か。あの後楓から物凄くたくさんメールが来た。
”葉月ちゃんが告ったって?”
”おめでとう!”
”お兄ちゃんも告白した? もしかして一足飛びにプロポーズとか?”
”今日は初夜だね! 頑張って!”
などなど。これはほんの一部。うざかったからほとんど無視した。
俺は元凶を睨みつける。
「なんで睨みつけてんだ? 俺何か悪いことしたか?」
「別に。昨日はそれどころじゃなかったんだよ」
「………………まさかっ! 告白をしなくてもいいくらいイチャイチャしてたのか! 良かったな!」
「違う! 後輩ちゃんが危なかったんだよ! 精神的に!」
「あぁ~それでか。それで全校生徒の前であんな感じだったのか。大丈夫だったか?」
裕也が心配そうに聞いてくる。
「まあ、何とかな」
後輩ちゃんは昨日、心が限界に近かった。
中学の時、たまに後輩ちゃんは心が疲れ果てることがあった。それも心が壊れそうなくらい。
そのことを知っている人はほんの少し。裕也もそのうちの一人だ。
こういう時、男が苦手な後輩ちゃんの近くにはできるだけ寄らないようにしてくれている。
「今日起きたら恥ずかしさで悶えていたよ」
俺は少し遠くにいる後輩ちゃんを見ながら今朝のことを思い出す。
昨日、俺と後輩ちゃんは一緒のベッドで寝た。変なことは何もしていない。ただ後輩ちゃんの傍に寄り添っていただけだ。
目覚めた後輩ちゃんが俺と一緒に寝ていることに気づき、顔を真っ赤にしながら恥ずかしがっていた。とても可愛かったけど、それよりもいつもの後輩ちゃんに戻っていたから安心した。
今も後輩ちゃんは生徒たちに囲まれて、余所行きの表情で喋っている。
ん? あれ? 後輩ちゃんまさか………………!
「ちっ! あのバカ!」
俺は悪態をついて後輩ちゃんめがけて走り出した。
裕也のことはどうでもいい。今はあのバカのことで精一杯だ。
俺は生徒たちを避けながら後輩ちゃんに向かって走る。
俺は生徒たちを掻き分けながら後輩ちゃんに近づいた。
急に現れた俺に、後輩ちゃんと周囲の生徒たちが驚いている。
「後輩ちゃん行くぞ!」
「あれ~? 先輩どうしたんですか~?」
「後輩ちゃんついてこい!」
俺は後輩ちゃんの腕を掴んで立たせた。立った後輩ちゃんはよろめく。
俺がそのまま後輩ちゃんを連れ出そうとしたら、誰かに俺の腕を掴まれた。
「いきなり何をしているんですか? 山田さんを離してください。彼女は俺たちと喋っています。山田さんも嫌そうなので手を離してください」
後輩ちゃんと喋っていた男子生徒だ。俺は無視して手を振りほどこうとするが、痛いくらいに掴んできた。
急いでいるときに邪魔をするな!
「今すぐ山田さんを掴んでいるその手を離してください!」
「黙れ! 後輩ちゃんの様子がおかしいだろ! どうして周りは気づかない!? 座っているのに体がフラフラ、目は虚ろで焦点があっていない。ボーっとしている。汗もあまり出ていない。明らかに体調がおかしいだろ!」
周りがハッと後輩ちゃんを見るが、全員首をかしげた。
こいつらアホか! 今も俺が支えていないと後輩ちゃんは立っていられないんだぞ!
「私は体調悪くないですよ~」
「葉月!」
「っ!?」
嘘をついた後輩ちゃんが俺の怒鳴り声にシュンと項垂れる。親に叱られた子供のようだ。
俺には嘘は通用しない。なぜこの状態で嘘をつこうとする! 自分でもおかしいことに気づいているだろう!
俺は問答無用で後輩ちゃんをお姫様抱っこして保健室に向かう。
周りが何を言おうがどうでもいい。今は後輩ちゃんを一刻も早く保健室に連れて行かないと。
俺が急いでいると後輩ちゃんが弱々しく呟いた。
「………………どうしてわかったんですか?」
「俺が気づかないと思ったのか? このバカ! どうして周りを頼らない? どうして俺を頼らなかった?」
「………………ごめんなさい」
後輩ちゃんがシュンと項垂れている。後輩ちゃんは力が弱々しくとても怠そうだ。
後輩ちゃんだけのせいではない。これは俺のせいでもある。
俺のミスだ。今日後輩ちゃんがいつも通りに戻っていたから安心していて油断した。
精神は落ち着いても身体が追い付いていなかったようだ。それにこの暑さ。
おそらく熱中症だろう。
「すまん。言いすぎた。ごめんな、すぐに気づいてあげられなくて。今思えばお昼のお弁当も食べるスピードが遅かったな。食欲なかったか?」
「………………はい」
「今度から何かあったらすぐに俺に言え。いいな?」
「………………はい」
「よし。っと保健室についたな」
俺は後輩ちゃんを抱き上げたまま保健室に運んだ。
後輩ちゃんはすぐにベッドに寝かされて、身体のあちこちを氷で冷やしたり、スポーツドリンクを飲まされたりしていた。
俺の予想通り熱中症。
幸い救急車を呼ぶくらいではなかったらしい。でも、少し遅かったら即座に呼んでいたそうだ。
後輩ちゃんが俺を離してくれなかった。俺も後輩ちゃんから離れるつもりはなかった。
俺は後輩ちゃんが寝ているベッドの横で団扇を扇いでいた。
「先輩、いなくならないでください」
「ずっとここにいるから安心しろ」
俺は片手で後輩ちゃんの手を握る。後輩ちゃんは俺が逃げないようにギュッと握りしめてきた。
体調が悪くなったことで、少し精神的に疲れたらしい。後輩ちゃんは少し目を瞑る。俺は後輩ちゃんの傍で団扇を扇ぎ続けた。
体温が下がった後輩ちゃんは少しずつ落ち着いてきた。
「まったく心配したぞ、このおバカちゃん」
「むぅ! バカって言ったほうがバカなんですよ! 先輩のバカ! ヘタレ! アホ! 変態! 意気地なし! ヘタレ!」
「葉月さん? 俺の心にブスブスと突き刺さるんですけど!? それに何でヘタレって二回言った!?」
「……自覚はあるようですね」
「うぐっ!」
こ、後輩ちゃんは何を言っているのかなぁ。俺には全く分からないなぁ。
すみません。滅茶苦茶自覚あります。俺はバカでアホでヘタレで変態で意気地なしです………………あれ? 俺って変態だっけ? まあいいや。
後輩ちゃんがいつもの調子を取り戻し始めている。俺を揶揄って楽しそうだ。
「先輩先輩! 今日の晩御飯は冷やし中華がいいです!」
「体調悪いのにご飯の話かよ! まあいいや。消化に良いあっさりとしたやつにするぞ」
「はーい! アイスも食べたいです」
「わかったわかった。その代わり、今はゆっくりと休め。いいな?」
「Yes,sir!」
まったく返事だけはいいんだから。これから数日は特に気をつけるか。
室内でも熱中症になるから。水分と塩分を取るようにきつく後輩ちゃんに言っておこう。食事も少し考えよう。
俺が考えているとカーテンが少し開く音がした。後輩ちゃんが少し頭を上げる。
「あっ」
カーテンから顔を出していたのは俺が置いていったイケメンだった。裕也は近くに寄らず、顔だけ出している。とても心配そうだ。
「義姉さん大丈夫か?」
「軽い熱中症だと」
「大丈夫ですよ。落ち着いてきました」
「よかったぁ。颯が急に走っていくし、鬼気迫る顔で義姉さんをお姫様抱っこして保健室に駆け込むし、何事かと思ったぞ!」
「すまんすまん。このおバカちゃんがな」
「むぅ!」
後輩ちゃんが俺を拗ねた表情で睨んでくる。でも、それ以上何も言わない。
自分でもバカだったと思っているのだろう。後輩ちゃんがギュッと俺の手を握った。
俺は指で後輩ちゃんの手を優しく撫でる。片手は休めることなく団扇で扇ぎ続ける。
「颯か義姉さんの親は来てるか?」
「どっちも来てないな」
俺と後輩ちゃんは首を横に振る。今日はどっちの親も都合がつかなかったのだ。
「んじゃ、帰りは俺んちの車で送っていくよ。アイスとかゼリーとかも買うようにお願いしとくな」
「…助かる」
頭を下げる俺に裕也が、気にすんな、とにこやかに笑いかけてくる。
「義姉さんのためだ。将来の義弟として当然だ。義姉さん、こういう時に颯に甘えるんだぞ。一緒にお風呂に入ったりするとか、一緒のベッドで寝るとか」
「お、お風呂……」
「後輩ちゃん、こいつの言うことは聞かなくていいから。一緒にお風呂に入ったら、逆に後輩ちゃんはぶっ倒れるだろう?」
「そ、そうですね。一緒に寝るだけにしておきます。いや待てよ……………お風呂で倒れたふりをすれば…」
「後輩ちゃん聞こえているからな!」
俺は呆れる。例え後輩ちゃんがお風呂で倒れたふりをしても、駆け付けた俺を見た瞬間に気絶すると思うぞ。俺は後輩ちゃんの裸を見ることができるけど。
少し想像してしまったのは仕方がないと思う。俺も年頃の男だ。仕方がない仕方がない。裸の姿を想像してしまった俺は後輩ちゃんの顔を見ることができない。
裕也がニヤニヤと笑っている。ニヤニヤしていてもイケメンなのがムカつく。
「そこは義姉さんに任せるよ。じゃあ、帰りは連絡してくれ。お大事にな」
裕也の顔が引っ込んだ。俺たちの間に沈黙が訪れる。
心の声が駄々洩れだった後輩ちゃんは恥ずかしそうに俺から目を逸らしている。
今、顔が赤いのは恥ずかしさによるものだろう。氷を顔に当てて冷やし始める。
後輩ちゃんが体に置いていた氷の袋を一つ俺のほうに差し出してきた。俺も黙って受け取って、熱い顔に当てる。
氷は冷たかったけど、後輩ちゃんの体温でほんの少し温かい気がした。後輩ちゃんのあまい香りがして、氷を当てているにもかかわらず、俺の熱は上昇した。
しばらく俺たちは熱が下がらなかった。
”読者の皆様も熱中症にはお気を付けください! 作品の中では救急車を呼んでませんが、実際には呼ぶと思います。簡単にしか書いていませんが、実際はもっとキツイです。
作者も学生の頃、何度も立ち眩みと過呼吸になりました。友達は死にかけました。水分と塩分をしっかりと取ってくださいね!”
作者より
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