第22話 壊れそうな後輩ちゃん
ゴールデンウィークが終わったらすぐに体育祭がある。
今日は体育祭前日。体育祭の準備も終わり、今は最後の団の”明日は頑張りましょう会”が行われている。
これは適当に俺がつけた名前で、生徒たちは前夜祭って言っている。
今はお祭り騒ぎ。いつも真面目な応援団たちが盛り上がって一発芸などをしている。
俺がボーっと応援団の様子を見ていると、隣に疲れた様子の後輩ちゃんが座ってきた。
「後輩ちゃんお疲れ」
「先輩お疲れ様です」
後輩ちゃんの声が弱々しい。それに、少し顔が強張っている気がする。
何かあったのか? 準備はそれほど疲れない掃除だったぞ。
「何か疲れてるな」
「はい…体育祭の勢いで告白してくる男子が多くて多くて。断るのが大変でした」
「ああ~そういう事か」
いるよな、そういうやつ。
最近少し減ったから喜んでいたのに、今日また告白が増えたか。玉砕覚悟の特攻か。
今日は後輩ちゃんの好きなものを作ろうかな。
後輩ちゃんがなぜか睨むようにジト目を向けてくる。
「誰かさんも告白してくれたらいいんですけどね。いつまで待たせるんでしょうか?」
「うぐっ」
おっとマズい。俺に流れ弾が被弾した。
俺も告白したいと思ってはいるんですよ。思ってはいるけど、時と場所と雰囲気が大切だから。それに勇気も必要だし。
俺は話題を逸らすことにする。
「後輩ちゃん知ってるか? ウチの高校では体育祭前日に応援団が公開告白をするのが伝統になっているんだ」
「話を逸らしましたね?」
後輩ちゃんのジト目が強くなる。
「うぐっ」
「はぁ…まぁいいです。我慢できなくなったら襲いますので。それで? 公開告白ですか?」
なんで後輩ちゃんは告白じゃなくて襲うって言うんだろうか? 後輩ちゃん初心なのに。ちょっと限界が来たら気絶しちゃうのに。
「全校生徒と先生たちの前で告白するんだ。成功率は八割を超えるらしい」
「二割は失敗するんですね。大変ですねぇ。先輩は告白しないんですか? 百パーセント成功しますよ」
「それは…時と場所と雰囲気が大切だから」
後輩ちゃんがため息をついた。でも、少し嬉しそうだ。
「乙女ですねぇ」
「なんだよ乙女って! まあいいや。後輩ちゃん、覚悟しておいたほうがいいかもよ。告白されるかもしれないから」
俺が言うと後輩ちゃんからどんよりとした疲労感が漂い始めた。
あれ? 後輩ちゃんの顔がちょっとおかしい気がする。
何かに気づいた後輩ちゃんが俺の腕をとり、肩に頭を乗せてくる。
周りの男子から嫉妬と殺意の視線が突き刺さる。
「こ、後輩ちゃん!?」
「ふふふ…先輩を巻き添えにしてやりますよ」
「俺の胃に穴があきそうなんだけど」
「それは大変! 私がベッドで看病してあげますね!」
うわぁ。後輩ちゃんの顔が輝いている。俺を揶揄ってストレス発散をしているらしい。
思わずナース服の後輩ちゃんからいろいろと看病されているところを想像してしまった。うむ。悪くない。
「先輩顔が赤いですよ。何を想像しているんですか?」
「う、うるさい」
「あーもしかして、私のナース服を想像してしまいましたか? 先輩のえっち!」
「うぐっ」
「私のナース服はスカートでしたか?」
はい。スカート姿でした。ミニスカートでした。とてもお似合いでしたよ。
「最近の看護師さんの服はズボンなんですよね。スカートではありませんよ。残念でした」
ふむ。ズボンのナース服を着た後輩ちゃん。これはこれで似合ってるな。悪くない。
「うわー。先輩想像しましたね? ちょっと引きます」
と言いながら後輩ちゃんは嬉しそうに俺にくっついてくる。
家ではいいけど、こういう人目があるところでくっつかないで欲しい。嬉しいけど、俺が殺されそうだから。
俺たちがしゃべっていると、応援団の男子たちが集まり始めた。
俺たちが座っている団席の前で立ち止まる。そして、一人の男子が前に出た。明らかに後輩ちゃんのほうを見ている。
後輩ちゃんは俺を見て団員を無視しているけど。
「俺には好きな人がいます!」
公開告白が始まった。きゃー、という女子の歓声がすごい。
女子は色恋沙汰が大好きだなぁ。チラチラと後輩ちゃんのほうを見ている。
後輩ちゃんは俺しか見ていない。
こらこら! 俺の腕に顔をこすりつけるな!
「一年生の山田葉月さん! 一目見た時に貴女に惚れました! 俺と付き合ってください!」
応援団の一人が大きな声で告白した。
女子が歓声を上げる。男子もヒューヒューと囃し立てている。全校生徒が大盛り上がり。先生たちも興味津々で見ている気がする。
告白された後輩ちゃんは……団員を無視して俺に話しかけてきた。
「先輩。今日の晩御飯は何ですか?」
「……かつ丼だけど。後輩ちゃん? あれを無視していいの?」
「先輩は何のことを言っているのでしょうか?」
明らかにわかっている後輩ちゃんが可愛らしく首をかしげて俺の腕にすりすりしてくる。子猫みたいだ。周りの生徒たちは気づいているけど、応援団の男子たちは気づいていない。
ん? いつもよりスキンシップが過剰だ。普通なら人前ではこんなことしないのに。どうしたんだ?
「ちょーっと待ったぁあああああ!」
集まっていた他の男子の応援団が割り込んでくる。生徒たちが更に盛り上がる。
何人かの男子が告白した男子の横に並んだ。そして、順番に大声で告白し始める。
「俺は山田葉月ちゃんが大好きです! 俺と付き合ってください!」
「山田葉月さんを世界で一番愛しています! 俺と付き合ってください!」
「はづきーーーーー! だいすきだぁーーーーー! つきあってくれーーーーーー!」
全部で四人の応援団の男子たちが告白した。生徒たちは大盛り上がり。みんなハラハラドキドキして後輩ちゃんの返事を待っている。
俺もこの後の展開を予想してハラハラドキドキして待つ。そして、胃が痛い。
後輩ちゃんは俺の腕に抱きついて、肩に頭を乗せている。
シーンと全生徒と先生たちが後輩ちゃんの返事を待っている。
しかし、後輩ちゃんは何も反応しない。
「山田葉月さん? 返事を聞かせてくれませんか?」
しびれを切らした一人が後輩ちゃんに声をかける。そして、後輩ちゃんが俺の腕に抱きついていることに気づいた。他の男子たちも気づき、口をポカーンと開けている。
全生徒と先生たちから注目を集める後輩ちゃんと俺。
滅茶苦茶胃が痛い。あぁ…明日体育祭だけど休もうかなぁ。
「あー私ですか? すみません。私は彼(の料理)に夢中なのでお断りします」
後輩ちゃんがバッサリと冷たい声で告白を断った。顔が能面のようにのっぺりとしている。
かっこの中の言葉は俺にだけ聞こえる小声で言った。周りは誰にも聞こえていない。
全生徒から、あぁ、と落胆のため息が出た。先生たちがオーバーな反応をして残念がっている。
告白した男子たちはその場に崩れ落ちた。
明日体育祭本番だけど大丈夫か? 滅茶苦茶落ち込んでるけど。
「後輩ちゃん…なんてことを言ったんだ」
俺は胃が痛くなりながら腕を抱きしめている後輩ちゃんに言った。後輩ちゃんは悪びれもせず、あっけらかんと答えた。
「私はちゃんと先輩の料理に夢中って言いましたよ。ちょっと緊張で声が小さくなりましたけど、ちゃんと言いました。聞こえていましたよね? 聞こえなかった人が悪いです」
後輩ちゃんが顔に張り付けた笑顔で言った。緊張なんて嘘だろ。絶対わざとだ。
「聞こえたけどさ。他にも言い方があったよな?」
「まあ、そうですね。それに先輩だからぶっちゃけますが、外堀を完全に埋めてしまおうかと」
あの~後輩ちゃん? もう既に外堀は埋まっていますからね? お互いの両親も納得済みですからね? その上全校生徒にもいう必要なかったと思うんだけど。外堀が埋まるどころか、盛りすぎて山になったんだけど。
「これでもう全校生徒が知りましたよね? 告白されることはないはずです。ひとまず安心です!」
後輩ちゃんが笑顔で言った。しかし、俺はわかる。後輩ちゃんの顔が強張っている。
告白するほうも辛いけど、告白を断るほうも辛いのだ。後輩ちゃんは絶対に周りに見せないけど、罪悪感が心の中を渦巻いているだろう。
俺ならわかる。なぜなら、数年前に後輩ちゃんが泣きながら相談してきたからだ。
後輩ちゃんは明るくて肉食系で小悪魔に見えるけど、本当は初心で恥ずかしがり屋で優しくて人一倍傷つきやすい女の子だ。
「………………先輩……流石に今日はちょっときついです」
後輩ちゃんが笑顔のままボソリと呟いた。今にも壊れそうなほど脆く弱々しい。
俺の腕をギュッと握りしめてくる。後輩ちゃんの手は少し震えていた。
俺は後輩ちゃんの頭を優しく撫でる。
「後輩ちゃん? 今日は俺の家に泊まるか?」
「………………はい」
「甘いもの食べるか?」
「………………はい」
後輩ちゃんが虚ろな笑顔のまま機械のように返事をしてくる。後輩ちゃんには俺以外の声が聞こえていない。
後輩ちゃんが危ない。今までに何回か似たようなことがあった。昨年一年間は起きなかったみたいだから安心していたけど、今になって心が限界を迎えたらしい。
俺は後輩ちゃんの頭を撫で続ける。周りにどう思われてもいい。後輩ちゃんを癒さなければ心が危ない。
俺はこの後ずっと後輩ちゃんを癒していた。後輩ちゃんは俺を片時も離さなかった。
家に帰ったら即座に抱きついてきて、ご飯を作るのも大変だった。シュークリームを半分こして食べたら少し落ち着いたけど、お風呂に突撃してきたのは流石に焦った。
必死でドアを押さえて何とか見られずに済んだけど、後輩ちゃんは号泣していた。一人で寂しかったらしい。
何とか宥めてベッドに入ったら後輩ちゃんがぎゅっと抱きしめてきて、俺が頭を撫でていたらすぐに寝てしまった。後輩ちゃんの寝顔は子供のように幼かった。
次の日、後輩ちゃんは復活していて、顔を赤らめながら悶えていた。
俺は、悶えている後輩ちゃんを見て安心していた。
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