第17話 連休の予定と後輩ちゃん

 

 裕也を追いかけたが手遅れだった。


 リビングに座る後輩ちゃんがバレてしまった。面倒くさいことになる……。


 俺が絶望していたら、裕也は何事もなく座ってくつろぎ始めた。



「よう義姉ねえさん! お邪魔します」


「こんにちは」



 あ、あれ? 何で裕也は平然としているのだろうか? 後輩ちゃんも全く気にしていないし。


 とりあえず、俺はお茶の準備を始めた。丁度喉が渇いたから三人分のお茶を用意する。



「あれ? 義姉さんの顔も赤いな………………………………あっもしかして、俺やっちゃった? 二人がイチャイチャうふふしてる時にお邪魔しちゃった? うわっ! マジすまん!」


「わかったなら帰れ!」



 申し訳なさそうにしているが全く帰ろうとしない裕也と顔を真っ赤にしている後輩ちゃんにお茶を差し出す。


 裕也のニヤニヤがうざい。イケメンなのがムカつく。



「わぁお! ヘタレで乙女な颯が珍しく認めたぞ! ねえねえ? 二人はどこまでした? キス? それとも大人の階段上っちゃった? ねえねえ! 義姉さん教えて!」



 俺は後輩ちゃんに詰め寄っていた馬鹿の頭にゲンコツを落とした。


 馬鹿が痛そうに頭を押さえている。


 後輩ちゃんに聞くとかセクハラで訴えるぞ! 聞くなら俺に聞きやがれ! それに俺たちはまだ何もしてない!



「さっさと本題に入るか今すぐ俺たちの家から出て行くかのどっちかだ!」


「おぉ……さりげなく俺たちの家って言ったぞ。義姉さんの顔が真っ赤になってる。ヒューヒュー!」


「さっさと出て行けこの野郎!」


「あぁ! すまんすまん! 謝るから引っ張らないで!」



 俺は裕也の首根っこを掴んで玄関から追い出そうとしたが、重すぎたことと激しく抵抗されたことで失敗に終わった。


 俺は舌打ちをしてから裕也が話し始めるのを待つ。


 こいつ! お茶をゆっくりと飲みやがって! 俺と後輩ちゃんの様子を楽しんでやがる。



「ふぅ。義姉さんもいたからよかったよ。義姉さんにも話を聞いてほしかったんだ。100%の確率でいるとは思ってたけど」


「私にもですか?」



 少し冷たい声で後輩ちゃんが言った。可愛らしく首をかしげている。


 というか、なんで100%俺の家にいると思ったんだ? いない確率もあるだろ?


 俺が心の中で裕也の不満をブツブツと言っていると、裕也が真面目な顔をした話し始めた。



「真面目な相談なんだが…ゴールデンウィークに楓ちゃんとデートに行く予定なんだけど、どこに行けばいいかな?」



 あっはい、惚気ですかー。リア充アピールですかー。そうですかー。リア充爆発しろ!



「玄関はあちらです。お帰りください」



 俺が玄関のほうを指さす。しかし、裕也は泣きそうになりながら俺に縋りついてくる。イケメンが台無しだ。


 というか離れろ! 裕也に抱きつかれても嬉しくない。抱きつかれるなら後輩ちゃんがいい。



「お願いだ! 助けてくれ~! 助けてくれよ義兄さ~ん!」


「うっせぇ!」



 俺はしがみついている裕也を振りほどく。


 お前は俺よりも頭が良くてお金持ちだろうが! それに何年も楓と付き合っているだろうが! デートなんか慣れてるだろう!



「颯も義姉さんとデートに行くんだろう? 参考にさせてくれよ~」


「は? 俺たちはそんな予定ないが」


「そうですね。全く決めていませんね」


「えっ? そうなのか? てっきりもう決めてると思ったんだが」


「なんでそうなる。というか俺は連休ずっと実家に帰るぞ」


「はぁっ!?」



 うわっびっくりした。後輩ちゃんがいきなり大声を出した。


 一体どうしたんだ!?


 後輩ちゃんがちょっと怒ってテーブルをバンっと叩いた。



「先輩! 私そんなの聞いていませんよ!」


「あれ? そうだっけ? でも、後輩ちゃんも帰るだろ?」


「私は帰りませんよ! この間両親に先輩と一緒に過ごすからって言っちゃいました。もう! そんなことはちゃんと教えてくださいよ~!」


「ごめんごめん!」


「もう! ちょっと電話してきますね」



 後輩ちゃんがなぜか俺の寝室に入っていった。


 ベランダとかじゃなくてなんで俺の寝室で電話をするんだろう? まあいっか。


 そして、ニヤニヤしている裕也の顔ががウザイ。



「仲いいな」


「うっさい! で? 何か考えていないのか?」


「動物園、水族館、映画館。後はのんびりお散歩とか、お家デートとか?」


「そこまで考えたんなら妹に聞け妹に! 楓と相談しやがれ!」


「だって今回は俺が決めることになってるんだもん」


「何が”なってるんだもん”だ! 気持ち悪い!」


「うわー。颯の機嫌がめちゃくちゃ悪い。本当に義姉さんとのイチャイチャを邪魔されたみたいだな。ごめんね、てへぺろ♪」



 ムカッ! 俺は我慢ができなくなって裕也をボコろうとしたら、丁度後輩ちゃんがリビングに戻ってきた。


 チッ! 命拾いしたな。



「電話終わりましたよ。私も帰ることになりました。あと、楓ちゃんからも連絡があって、観たい映画があるそうですよ」


「流石義姉さん! ありがとう! じゃあ映画に決定だな」



 裕也が嬉しそうにスマホを確認し始める。楓と連絡を取り始めたのだろう。


 デートの予定が決まって良かったですね。爆発しろ!


 後輩ちゃんが俺の横に戻ってきて座った。俺に輝く笑顔を向ける。



「先輩! 私も観たい映画があるんですけど!」



 俺の直感に反応があった。俺に危機が迫っている気がする。


 後輩ちゃんの笑顔がやけに眩しい。



「どんな映画だ?」


「”見えない彼”っていうタイトルなんですけど、盲目の彼氏との恋愛映画です」



 後輩ちゃんが真っ直ぐに俺の瞳を見つめてくる。全く目を逸らさず、真っ直ぐに見つめてくる。


 ほうほう。”見えない彼”ですか。そうですかそうですか。検索してみよう。


 俺はスマホで素早く検索する。


 後輩ちゃんがなぜか慌ててスマホを取り上げようとするがもう遅い。俺は見てしまった。


 俺は押し倒してきた後輩ちゃんに問いかける。



「後輩ちゃん? 何が恋愛映画だって? これってホラー映画ですよね?」



 俺の上に乗っている後輩ちゃんが汗をダラダラと流しながら視線を逸らした。



「そ、そうですか? 恋愛要素もありますよ?」


「へぇー。却下!」


「えぇー! 行きましょうよ! 行きましょうよ映画!」


「ホラー映画じゃなかったらいいぞ!」


「本当にダメですか?」



 後輩ちゃんが瞳をウルウルさせて上目遣いで見つめてくる。


 くっ! 物凄く可愛いじゃないか。でも、後輩ちゃんがどんなに可愛くてもホラー映画だけは嫌だ。



「ダメです!」


「私が何でもしてあげると言っても? エロいことでも何でもですよ? 私の身体も好きにしていいですから!」


「くっ!」



 小悪魔の誘惑が魅力的過ぎる。後輩ちゃんの身体を好きにできるだと…それなら行ってもいいからな? でも怖いの嫌だからな。でもでも後輩ちゃんが何でもしてくれる………………。



「………………………………………………行かない」



 俺はやっぱり怖いのは嫌だ。怖いやつ見た後しばらく夜が怖くなるからやっぱり嫌だ。



「チッ!」



 後輩ちゃんが悪い顔をして舌打ちしたぞ。珍しい後輩ちゃんだ。後輩ちゃんは小悪魔だなぁ。



「じゃあもういいです。その代わり、お家デートで映画鑑賞しましょう。DVDを借りてきて見ませんか?」


「ホラーじゃないよな?」


「そんなに疑うなら一緒に選びに行きましょう。それで文句ありませんよね?」



 俺も一緒に選ぶんだったらホラーを防ぐことができるか。それならいいかもしれない。よし、それにしよう。



「それならいいです」


「では決定ですね!」



 後輩ちゃんがとても嬉しそうだ。


 あれ? なんかいつの間にか後輩ちゃんとお家デートすることになってる。なぜだ?


 でもまあいっか。ゴールデンウィークも後輩ちゃんと会えるから。


 そこまで考えて、俺はハッと裕也の存在を思い出した。


 今の状態はまずい。後輩ちゃんが俺の上に乗っているからだ。


 後輩ちゃんも裕也の存在を忘れているようだ。


 俺は勢いよく首を動かし裕也が座っている場所を見ると、スマホを片手にニンマリと笑っている裕也がいた。


 俺と裕也の視線が合った。



「どうぞどうぞ続けてくださいな」


「裕也! お前録画してるだろ!」



 俺は腹筋に力を入れて起き上がる。


 俺の上に乗っていた後輩ちゃんが、うわっ、と声を上げてバランスを崩し、後ろに倒れそうになる。


 俺は後輩ちゃんの背中に手をまわして倒れないように抱きとめた。


 俺と後輩ちゃんは鼻と鼻が数センチの超至近距離のところで見つめ合う。お互いの息がぶつかり合い、俺は後輩ちゃんの綺麗な黒い瞳に囚われた。


 お互いの顔が次第に近づいていく。



「ぐふふ……」



 漏れ出た笑い声に俺たちは固まり、同時にその笑い声がしたほうを向いた。


 このほんの数秒で裕也の存在をすっかり忘れていた。


 裕也は、やべっしまった、みたいな顔をしていた。そして、すくっと立ち上がる。



「じゃあ、俺は帰るんで! お二人さんお幸せに!」



 裕也は逃げるようにリビングを出て行き玄関のドアが閉まる音がした。


 俺たちは何も動けなかった。


 超至近距離で見つめ合う。


 気まずい。めっちゃ気まずい。さっきまでのいい雰囲気を裕也がぶち壊しやがった。あいつ許さん! 妹の楓にあることないこと言っておこう。


 取り敢えず、この気まずい雰囲気をどうしようか。



「後輩ちゃん」


「は、はい。なんでしょう?」



 俺と同じように気まずそうな後輩ちゃんが返事をした。



「漫画の続きでも読むか?」


「そ、そうですね」



 俺たちは体勢を入れ換え、先ほどと同じように俺が後ろから後輩ちゃんを抱きしめるような体勢で再び漫画を読み始めた。


 俺は後輩ちゃんを意識してしまって全く内容が頭に入ってきませんでした。


 そして、気づいたら俺のスマホに一つの動画が送られてきていた。俺たちがあと少しでキスしようとしている動画だ。


 あいつさえいなければしていたかもしれないな。


 俺はあることないこと妹にメールしておきました。


 後日、裕也は楓に処刑されたそうです。


 ざまあみろ!

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