第16話 訪問者と後輩ちゃん

 

 俺は休みを満喫している。やっと週末が来た。今週はとても長く感じた。


 精神的に疲れることがたくさんあった。特に、後輩ちゃんとか後輩ちゃんとか後輩ちゃんのせいで。クラスの男子たちに危うく殺されるところだった。


 俺は座って漫画を読んでいる。最新刊が発売されたばかりで早速買ってきたのだ。そして、何故か俺の脚の間には後輩ちゃんが座っている。俺の胸を背もたれにして一緒に漫画を読んでいる。


 どうしてこうなったのだろうか?



「ん? 先輩どうしました?」


「いや、なんで俺たちこんな体勢で一緒に漫画読んでいるんだろうなって」


「それは私がしたかったからです! 他に理由はありません!」



 後輩ちゃんがドヤ顔をしている。後輩ちゃんはどんな顔をしても可愛らしい。


 そうか。後輩ちゃんがしたかっただけか。まあ、俺もこの体勢は恥ずかしいけどやってみたかったから文句はない。後輩ちゃんを抱きしめられるし。後輩ちゃんの身体は柔らかくていい香りがする。


 漫画は後輩ちゃんが持っているため、俺は後輩ちゃんのお腹に手をまわした。



「おぉう……ヘタレの、あのヘタレの先輩がナチュラルに私を抱きしめてきました」


「嫌だったか?」


「いえいえ。とても嬉しいです。いつもこれくらいだといいんですけどね」



 後輩ちゃんが振り返って俺にジト目を向けてくる。俺は視線を逸らした。


 この状態で振り返らないで欲しい。後輩ちゃんの顔が近すぎる。熱い息がかかるし、ちょっと顔をずらせばキスしてしまいそうだ。


 後輩ちゃんが少し期待している雰囲気がある。ヘタレの俺は何もできなかった。


 後輩ちゃんが、はぁ、とため息をついて漫画を読み始めた。


 俺は後輩ちゃんのお腹を撫でたり、ふにふにしたりして一緒に漫画を読んでいると家のチャイムが鳴った。


 ピンポーン! ドンドンドン!


 ドアをたたく音もする。



「宅配便ですかね? それとも郵便?」


「それなら”宅配便でーす! 郵便でーす!”って言うはずだよな? 言わないから違うだろ」


「そうですね。居留守しましょう」



 俺たちは無視して漫画読み始める。


 後輩ちゃんを後ろから抱きしめて一緒に漫画を読んでいる至福の時間を邪魔されたくない。俺たちは居留守を決め込んだ。


 しかし、チャイムの音が鳴りやまない。


 ピンポーン! ピンポンピンポンピンポーン!



「おーい! はやてー! いるんだろー? 開けてくれー!」



 訪問者が何やら叫んでいる。男の声だ。聞き覚えがある気がする。



「はやて? 一体誰のことだ?」


「先輩の名前でしょうが! 宅島颯先輩! 自分の名前を忘れるとか大丈夫ですか?」


「おお! 俺は颯だったな! 後輩ちゃんに”先輩”しか言われてなかったから忘れてた」



 後輩ちゃんが呆れたようにため息をついている。


 いやー、自分の名前を忘れることなんかよくあるよね。特に夏休みとか長い休みのあとは自分の名前を書けなくなる時もあるから。こんな字だったっけ?って思うよね。



「私の名前も忘れてないですよね、先輩? まあ、いいです。本当に出なくていいんですか? 鈴木田先輩の声でしたよ。というか、うるさいのでいい加減どうにかしてください」



 確かにチャイムの音を連打されているのでとてもうるさい。チャイムを押しながらドアを叩いている。とても迷惑だ。


 俺は嫌々ながら玄関に行くことを決めた。


 俺は後輩ちゃんの頬に素早くキスをする。



「すぐに戻るよ葉月」


「なぁっ!?」



 後輩ちゃんが爆発的に真っ赤になった。これで日ごろの仕返しができたかな? 


 顔が熱い俺は素早く立ち上がって玄関に向かった。俺は不満げなオーラを放ちながら扉を開ける。



「よう颯! 開けるの遅かったじゃないか!」



 ドアを開けるとイケメンの裕也が立っていた。俺にイケメンスマイルを浮かべながら片手を上げている。



「どうしたんだ? 顔が赤いぞ?」


「何でもない! んで? 何しに来た?」


「ちょっと相談事があって……」


「断る! 帰れ!」



 俺がドアを閉めようとしたら、閉める前に裕也の足で阻まれた。


 チッ! こういう時だけはカンが良いやつだ。俺が閉めるのを予想しやがったな。



「そんなこと言わずに、な? 俺たち親友だろ~?」



 ドアの向こうで裕也が全力でドアを開けようと引っ張っている。俺はひたすら抵抗する。


 挟んでいる足は痛くないのだろうか?



「頼むよ義兄にいさ~ん!」


「誰が義兄さんだ!? 近所迷惑だ! 帰れ!」


「そういうこと言わずに! お前がドアを閉めたら俺はここで泣き叫ぶからな! 本気だぞ! 本気だからな!」



 涙を浮かべているイケメンの裕也。マジでキモイ。これが後輩ちゃんだったらいいのに。折角後輩ちゃんと二人でのんびりしてたのになぁ。


 はぁ。さっさと相談内容を聞いて追い返すか。それが一番早いと思う。


 まったく面倒くさいやつが来たもんだ。



「わかったよ」


「そうか! んじゃ、お邪魔するぞ」


「あっ! 待て!」



 俺が諦めて力を緩めたら、裕也が素早く俺の横を通りすぎて、部屋の中に入っていった。


 気づいたときにはもう遅い。リビングの扉を開けている。


 中には後輩ちゃんがいるんだぞ!


 俺は慌てて裕也を追いかけた。

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