第15話 お掃除と後輩ちゃん
俺は家の掃除をしている。定期的に掃除機をかけないとすぐに埃が溜まってしまうからだ。
よし。これで俺の寝室は終わった。後はリビングとキッチンと廊下と玄関。
まだまだするところは沢山あるな。
俺はリビングの掃除を始めた。
「せんぱーい! 掃除機の音がうるさいでーす!」
「あっ? なんだって?」
リビングで寝そべってダラダラしていた後輩ちゃんが俺に抗議してくる。だけど俺は掃除機の音で聞こえないふりをする。
「うるさいです!」
「あぁっ?」
「だ~か~ら! うるさ~い!」
「なんだって? もう一回言って!?」
「くっ! 聞こえないふりですか。良い度胸ですね」
後輩ちゃんが怖い。キッと睨みつけてくる。
すみません。ちゃんと聞こえております。ごめんなさい。
俺は一旦掃除機のスイッチを切った。
「ふぅ。静かになりました」
「今から掃除するけど」
「えぇー!」
後輩ちゃんが抗議してくる。
不満そうな顔をしないでくれ。汚いところに寝そべりたくないだろう?
「私が寝てられないじゃないですか!」
「すぐに終わるから。寝たいなら自分の部屋で寝れば?」
後輩ちゃんの身体がビクンと跳ねた。後輩ちゃんが俺と視線を合わせないようにしている。
まさか……まさかとは思うが、もう汚したとか言わないよね? 大掃除をしたのは数日前だよ?
俺は猛烈に嫌な予感がしてきた。
「こ~は~いちゃ~ん? ちょ~っと俺を見てくれるかな?」
「な、なんでしょうか?」
後輩ちゃんの目が泳ぎまくっている。
あぁ……これは急いで自分の家の掃除を終わらせないといけないやつだな。
俺は掃除機のスイッチを入れた。後輩ちゃんの抗議を無視して掃除を始める。
「ほらほら! どかないと吸い込んでやるぞ! ほらほら! 吸い込んでやる~!」
「い~や~! や~め~て~!」
俺は後輩ちゃんを吸い込もうと掃除機を近づける。まあ、吸いこむフリだけど。後輩ちゃんも楽しそうに、吸いこまれないよう転げまわる。
「くるくる~くるくる~♪」
「あぁ! 後輩ちゃん! そっちまだ掃除してない! 転がるなら反対方向!」
「はーい! ころころ~ころころ~♪」
後輩ちゃんが転がって避けてくれた。そのおかげでスムーズに掃除を終わらせることができた。
キッチンも廊下も玄関も終わり。残りは後輩ちゃんの部屋だ。
お隣の後輩ちゃんの家に行く前に、後輩ちゃんに聞いておかないといけないことがある。
「後輩ちゃん?」
「な、なんでしょう先輩?」
後輩ちゃんが大人しく正座をしたな。何かとても疚しいことがあるに違いない。
「今白状するなら許してあげよう! 自白なら無罪を! 黙秘なら有罪を! どうする?」
「に、日本では刑事訴訟法で黙秘権が認められています!」
確かに認められているけど、後輩ちゃんは逮捕されてないじゃん。俺は優しいから、自らの罪を白状するのを待つつもりだ。
「5,4,3,2…」
「言います! 言いますからぁ!」
ほら、俺って優しい。後輩ちゃんを優しく説得して自白を促した。
後輩ちゃんは涙目になっている。俺の優しさに涙が出てきたようだ。
「えーっとですね、お洋服が散らばっています。脱ぎっぱなしです」
「俺は洗濯しやすいようにかごに入れておこうねって言ったよな?」
「は、はい! 先輩は確かに言っていました! ですが、洗濯は明日と聞いたので後ででいいかなぁっと……あの? 先輩? なんか笑顔が物凄く怖いんですけど…ニッコリ笑顔なのに怖いんですけど!」
「うん? 何のことかな?」
「ひぃっ!」
なぜだろう。俺は微笑んでいるだけなのに後輩ちゃんが今にも泣きそうだ。
こんなに笑顔なのに怖いだなんて失礼だなぁ。まぁ、たまには後輩ちゃんにお灸を据えないと。
「後輩ちゃん? 今から後輩ちゃんの家を掃除に行くけど、手伝ってくれるよね?」
「は、はい!」
「洗濯物の分別くらいできるよね?」
「も、もちろんであります!」
「じゃあ、一緒に行こうか」
「Yes,sir!」
後輩ちゃんの発音がとても綺麗だ。そしてピシッと敬礼をしている。背筋をピンと伸ばして綺麗な正座だ。
俺は後輩ちゃんを伴い、お隣の掃除に行った。
後輩ちゃんの家は、数日前に掃除をしたにもかかわらず、衣服が散乱していた。下着も脱ぎ捨ててある。今回は紺色っぽい下着だ。ふむ。これはこれでいいですな。
まずは手分けして洗濯物をかごに入れる。そして、掃除機をかけた。
まったく! コップも洗わないで放置しているじゃないか! これでは一週間も放置できないな。三日くらいが限界か。
よし。今度から三日に一回掃除に来よう。学校からすぐに帰れば掃除するくらいの時間はあるはずだ。
待てよ。後輩ちゃんが俺の部屋に来るんじゃなくて、俺が後輩ちゃんの家に行けばいいじゃないか! これは名案だ! そうしたら後輩ちゃんの家が汚れることもなくなるはずだ。俺が毎日綺麗にするから汚れることはない。
「どうしたんですか? 何か良いことでもありましたか?」
「まあな。今度から後輩ちゃんが俺の家に来るんじゃなくて、俺が後輩ちゃんの家に行けばいいと気づいただけだ。名案だろ?」
「だ、だめです! 私は先輩の家でごろごろしたいんです! 先輩の家じゃないといけないんです!」
「なんで!?」
何故か後輩ちゃんが必死だ。なぜ俺の家がいいのだろうか? 別にどっちの家でも変わらないだろ?
「その……先輩の匂い……じゃなかった! と、とにかく私がとっても落ち着くんで先輩の家がいいです! 私は先輩の家で先輩と一緒に居たいんです!」
今はっきり俺の匂いって言ったな。そんなに俺の匂いって強いか? 後輩ちゃんが直接言わないってことは臭くないんだろうけど、ちょっと心配だな。
俺としては後輩ちゃんの家はあまい香りがして居心地がいいんだが。
そうか。後輩ちゃんはこういう気持ちなのか。まあ、後輩ちゃんがそんなに言うなら仕方ないかな。
「わかったよ。好きなだけ俺の家にいていいから泣きそうにならないでくれ」
俺は綺麗な瞳をうるうるさせている後輩ちゃんに言った。
そんな瞳をされたら俺は弱いんだから。本当に止めて欲しい。まあ、可愛いけど。
「やったぁ!」
今にも泣きそうな子犬の瞳だったが、一瞬で涙がなくなり、とても嬉しそうにしている。
あれ? 今の演技だった? まあいっか。後輩ちゃんが嬉しそうだから。
こうして、後輩ちゃんはいつも通り毎日俺の家に来て、俺は三日に一回後輩ちゃんの家を掃除することになった。
この後しばらくは、洗濯物をかごに入れていた後輩ちゃんは、一カ月もすればまた服を放置するようになった。
せめて下着だけでもかごに入れてくれ! 脱ぎ捨てられた下着を手に取るとガリガリと理性が削られていくから!
俺の心の叫びは後輩ちゃんに伝わらなかった。
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