第8話 ナイトハイクと先輩
宿泊研修二日目の夜。待ちに待ったナイトハイクの時間です!
ナイトハイクは所謂肝試し。先生方や自然の家の職員さんたちが脅かすらしい。
私たち生徒はただ決められた夜道を歩くだけ。一班四人、男子二人女子二人。班ごとに時間差でスタートする。
私は偶然、本当に偶然、奇跡とか運命とか言われる確率で先輩と同じ班になった。
やった! ありがとう神様!
私が感謝の祈りを捧げていると、もう一人の男子が私に話しかけてきた。
「山田さん。俺がついてるから心配しないで!」
「ああ……うん……」
私は曖昧に頷く。別に全く怖くないけど。というか、私めちゃくちゃホラー好きだけど!
それに、私はナイトハイクなんかどうでもいい。私が楽しみにしているのは隣で静かにしている先輩の反応だけだ!
「先輩!」
「っ!? な、なんだ後輩ちゃんか。ど、どうした?」
先輩がビクッと大げさに驚いている。顔も暗い夜でもはっきりとわかるくらい青白い。その辺の幽霊より青白いかもしれない。私、幽霊見たことないけど。
「そろそろ私たちの班の番ですね!」
「そ、そうだな…俺…お腹が痛くなってきた」
先輩が本当にお腹に手を当てている。
私がお腹をなでなでしてあげようかな。背中のほうがいいかな?
「先輩? あの保健室にいきますか? あの保健室に?」
「……後輩ちゃん……どの保健室だ?」
「自然の家の保健室です。噂が絶えない保健室です」
「噂……」
先輩の顔がもっと白くなった。ちゃんと血液流れてるかな? そのまま気絶しそうでちょっと心配。
「朝でも昼でも、もちろん夜でも出るという保健室です。行きますか?」
先輩が首を勢いよく横に振っている。首が取れそうなほどの勢いだ。
私は笑いが抑えられない。
もちろん保健室に出るのは幽霊ではなくて保健の先生だ。保健の先生は美人で噂になっているそうです。
でも、怖がりの先輩には本当のことを教えてあげない。教えたら私が楽しめないから!
とうとう私たちの班の時間が来た。懐中電灯は二本。もう一人の男子と私が持っている。
かっこいいところをアピールしたい男子を先頭に私たちは歩き出した。
「みんなは俺が守るからな!」
男子が何か言っているが私はどうでもいい。私が興味があるのはガクガクと震えている先輩だけ。
「先輩っ! 後ろ!」
「な、なんだ!?」
私の大声で先輩がビクッと振り向く。後ろには当然何もいない。
「虫が飛んでいました」
「こうはいちゃ~ん!」
先輩が涙目で私と睨んでくる。弱々しくて怖くない。むしろ可愛い!
ヤバい。先輩が可愛すぎる。先輩が可愛すぎてちょっと変な気分になってきた。
「後輩ちゃん…はい……虫よけ」
先輩がポケットから小さい虫よけスプレーをくれた。
もう少し早く欲しかったけど、先輩はそんな余裕がなかったからなぁ。ありがたく使わせてもらう。
今も先輩は怖いはずなのに私を気遣ってくれる。先輩はとても優しい。
「ありがとうございます」
私たちは虫よけをして順調に進んでいく。
「先輩先輩! あれ、なんですかね?」
私は適当な場所を指さす。先輩が震えながら目を凝らす。
「……どれだ?」
「あれですよあれ! まるで………白い女性のような……」
「ひぃっ!」
「あっ……いえ何でもないです………私は見てません……何も見てないです……見てないんですからぁ……!」
「嘘だろ後輩ちゃん……嘘だよなぁ………?」
私の演技に先輩の震えが大きくなる。先輩はまだもうちょっと余裕がありそう。
そろそろ次の段階に行こうかな。そろそろ先生たちも潜んでいる頃だそうし。
私たちが歩いていくと、草むらがガサガサと音を立てて一人の先生が飛び出してきた。
「うわぁぁぁああ!」
先生が大きな声で驚かせてくる。
「きゃぁぁあああああああああああああああああああああ!」
甲高い女性のような声を上げて悲鳴を上げた………………先輩が。
女の子のようにブルブル震えて、頭を抱えて蹲っている。
先生も他のクラスメイトも先輩に驚いている。
私は先輩の後ろに回る。
「うわっ!?」
「いやぁぁぁああああああああああああああああああああ!」
「ふふふふふふ! あはははははは! あはははははは! あぁ~先輩おかしい! そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか! あははは! あぁ~お腹痛~い!」
「後輩ちゃん! マジで止めろ!」
蹲ったまま先輩が涙目で怒ってくるが、ただ可愛いだけ。瞳をウルウルとさせて上目遣いに見てくる先輩。
あぁ可愛い! 可愛すぎる! 私の中の新たな扉が開いちゃいそう。
私が手を差し出すと、先輩がぎゅっと握りしめてきた。そして先輩が立ち上がる。私の手は離さない。
私たちは再び歩き出す。
何故かもう一人の男子が先輩を睨みつけている。でも、先輩は気づいていないんだろうな。
私の腕には弱々しく震えている先輩がしがみついている。悪戯心がむくむくと湧き上がってくる。
「先輩! うわぁっ!」
「きゃぁぁあああ!」
「わっ!」
「あぁぁぁぁあああ!」
「ばぁっ!」
「ぎゃぁぁあああああ!」
「あっ……」
「いやぁぁぁあああ!」
私の声に何でも悲鳴を上げる先輩。闇夜に先輩の可愛い悲鳴が響く。
耳をすませば遠くから他の班の悲鳴も聞こえた。
先輩は私の腕をしっかりつかんで離さない。少し痛いくらいにしがみついている。
「今、驚かせていないんですけど」
「くっ! 後輩ちゃんが悪い」
だから私を睨んできても可愛いだけですから。
あぁ…なんでスマホ禁止なんだろう。今の先輩の怖がる写真が欲しい。いや、先輩とホラー映画を観たり、お化け屋敷に行けばこの先輩を見れるか。
「後輩ちゃん……なんでそんなに笑顔で元気なんだ? もうちょっと女の子らしく怖がるべきじゃないのか?」
「私、ホラー大好きですし。女の子が全員アニメみたいに”きゃーこわーい”みたいにしませんよ。それは幻想です。じゃあ、先輩も男の子なんですから堂々としてくださいよ」
「ムリムリムリムリ! 俺、ホラー大っ嫌いだから! 怖いのダメだから!」
「でも、驚かせてくるのは先生たちですよ」
「……それはわかってるけど、怖いものは怖い」
先輩と話しているとこっそり忍び寄ってくる先生と目が合った。先輩は気づていない。
先生と頷き合う。先生の手が先輩の肩を掴んだ。
「きゃぃぃいいいいやぁぁああああああああああああああああ!」
「きゃはははは! あははは! あぁ~もう最っ高! 先輩可愛い! あはははは! おなか痛~い!」
「笑うな後輩ちゃん! ってうわぁぁああ!」
先生が再び肩を掴んできたことに先輩が驚く。私の笑いが止まらない。あぁおかしい! お腹痛~い!
「あはは! 先輩どんどん進みましょう! 先生お疲れ様でーす!」
私は先生に挨拶してから歩き出す。
ここで、ちょっと悪戯。わざと懐中電灯を切ったら、先輩が私の背中を抱きしめてきた。
抱きしめるとはちょっと違うかな。背中に顔を押し付け。私の腰を掴んでいる。先輩はへっぴり腰だ。
「もういや、もういや、もういや、もういや!」
先輩が幼児退行している。あぁ……可愛い。なぜこんなに可愛いんだろう?
順調に進んでいく私たちに先生が驚かせてくる。
「きゃぁぁあああああああああああああああああああああ!」
「あはははははははははは! あはははははははははは!」
その後も先輩の悲鳴は絶えることがなかった。私の笑い声も絶えることがなかった。
ナイトハイクが終わった時には先輩の顔に表情がなかった。元気もなかった。見るからに疲れ果てていた。私は逆に元気溌剌だったけど。
先輩の可愛いところを見れてテンションマックス! あぁ楽しかった! 今度先輩とホラー映画を観ようかな。
後日、ナイトハイクの不気味な笑い声と甲高い悲鳴が噂になっていた。それはたぶん、私の笑い声と先輩の悲鳴。
クラスメイトによると絶え間ない笑い声と悲鳴が一番怖かったらしい。
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