第5話
「俊介」
普段とは違う低い声で話しかけられたため、初めはそれが霧島部長とは気づかなかった。
「どうかしましたか?」
朝挨拶した時は、いつも通りの明るい霧島部長だったのに経営会議から戻ってくると、まるで別人のようになっていた。
「ごめんな俊介」
霧島部長の急な謝罪に俺は困惑してしまった。
「え、え、なにかありましたか?」
霧島部長は俺の言葉に反応せず、頭を下げたままの状態でいた。少しして霧島部長の口から発せられたのは、想定外の事であった。
「俊介、お前には今月でこの会社を退職してもらうことが決まった」
頭が真っ白になった。なんで、なんで俺なんだ。他に何人も居るだろう。なのに、なんで。
「他の部署でも何人か自主退職させることが決まった。俺の部では俊介、お前が選ばれてしまった」
「霧島部長!なんで、俺なんですか!家庭もあるのに!」
突然の宣告、それも尊敬していた部長から。半泣きになりながら、部長に掴みかかった。
「悪い、大人の事情だ」
それしか言わない霧島部長に俺は呆れてしまい、会社を飛び出した。
これからどうすればいいんだよ。
「ただいま」
時計の針はまだ14時を少し過ぎたところを指しているのに、もう家に帰ってきた夫をみて、美香は幽霊でもみたような驚いた顔をしていた。
「びっくりした!どうしたの?体調でも悪いの?」
何も言う気力が無かった俺は、黙ってソファに座り込んだ。
「え?[怒][哀]メーターが250を示しているなんて。なんかとんでもなく嫌なことがあったんだね?ちょっと今から鈴花を保育園に迎えに行ってくるから、帰ってくるまで待ってて!」
俺は軽く頷き、美香と鈴花の帰りを待った。
「どうしたの?」
美香が帰ってきて、鈴花と一緒に俺の様子を伺う。俺は今日会社で言われたことを話した。
「そうなんだ。でも会社なんて他にもいっぱいあるからさ」
「そうだけど」
「また、就職活動しよ。私も手伝うから!」
美香に励まされ続けた俺は、明日からの就職活動に力を入れることを決心した。こんなことで、腐っていたら駄目だ。
しかし、来る日も来る日も不採用の連絡ばかり、美香も保育園のママ友から俺の不甲斐なさをバカにされる日々を送っていた。
「また駄目だった?」
「うん、ごめんな」
「大丈夫だよ、次頑張って」
口ではそう言っているが、やはり美香も精神的に辛くなっている。ここ最近[哀]メーターの数値がずっと100以上と高いままだ。もう毎月買っていたネックレスも購入できていない。このままだと俺も美香も壊れてしまう。
リストラされてから3ヶ月半経った時、ようやくある企業の最終選考まで進んだ。
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