第19話 魔族討伐・VS悪魔

 炎の雨が落ち着くと、一帯は焼け野原と化していた。

 炎の雨は、爆炎を上げながら、木だけを一瞬で燃やし尽くしていた。

 魔法による効果なのか、対象が燃え尽きると、一瞬で炎は消え去った。

 だが、着弾するとともに爆炎を上げていた為、全く被害がなかった訳ではない。

 どうやら死んでいる者はいなさそうだったが、特に魔女の仲間達、騎乗戦士の一団は敵の攻撃を直接、受けた後だったため、かなりの被害が出ていた。


 一面焼け野原になった後、グラントはすぐさま動いていた。

 魔族の生き残りが、再び動き始めていたのだ。

 急ぎ、魔女と仲間達を助けに行く。

 ギデオン達は、騎乗戦士の一団とクレア達を援護に行く。

 炎の雨で、一時動きは止まってしまったが、被害がなかった為、すぐさま動く。


 ジェフリーは取り逃した悪魔を、探そうとすると、シリルが悪魔へ向かって攻撃していた。

 それを見たジェフリーは、援護をしようとする。

 するとアルマが、降りてきた。


「シリルの邪魔は、しないでもらおう。」


 アルマはシリルに頼まれ、あの悪魔とシリルが、一騎打ちを出来るように、援護をする者を止めに来ていた。

 初めてシリル自身が、一騎打ちをしたいとアルマに頼んだのだ。

 アルマがそんな願いを、無下にするはずがなく、その願いの為に動いていた。


「……それは、どうして?」


 ジェフリーは、アルマを疑う。

 使役されていない魔獣を、そう簡単には信用出来なかった。

 さらにここで、もし悪魔を逃せば被害が広がってしまう。


「シリルが一騎打ちを望んだからだ。」


 アルマは、素直に答える。

 答えなかった所で、時間の無駄と判断した。

 しばらく睨み合う二人。


「……。分かった。」


 ジェフリーは、もし援護をすれば、この魔獣は私を攻撃してくるだろうと考えた。

 今この魔獣を敵に回すのは、得策ではないと思い、一時従う事にした。

 もし仮に、彼が負けるような事があれば、その時に、この魔獣の真意も分かるだろうと思ったのだ。

 グラントは回復魔法が、あまり得意ではない事を知っていたジェフリーは、戦闘は彼に任せ、自分は他の者達の治療に当たる事にする。



 焼け野原にした張本人は、上空から一直線に悪魔へと向かう。

 悪魔はジェフリーが精霊術の木で捉えていたが、炎の雨はそれすら、燃やしてしまっていた。

 その為に、逃れる事が出来た悪魔だが、辺り一面吹き飛ばされ、すぐに影移動が出来ずにいた。


 その隙に、火球を放ち、先手を取るシリル。

 それに気付き、口から一瞬で黒い火球を放ち相殺するが、すでに目の前にいた。

 先程のように殴り掛かって来るが、再び腕を捉える。

 すると今度は、その手が開き、そこから炎が放たれる。

 燃え上がるが、あの白い犬より威力が弱い事に気付き、シリルを引き寄せ、その反動を利用し、反対の手で貫こうとする。

 しかし目の前で、炎が燃え上がっていた為、シリルの姿を完全には捉えていなかった。

 だから、気付くのが遅れた。

 シリルは瞬時にその攻撃に気付き、掴まれた腕はそのままに、空を蹴り、その攻撃を避ける。

 右腕はしっかりと掴まれていた為、無理な態勢になり、腕の骨が折れる。

 折れて痛みがあるはずも、勢いは止まる事はなく、もう一歩空を蹴り、悪魔の顔へと、魔力を込めた蹴りを入れる。

 グッと小さく呻き、悪魔は吹き飛ばされる。

 腕が解放され、シリルは瞬時に回復魔法を行う。


『なんだこの人間はッ!』


 悪魔は、腕の骨が折れているにも関わらず、平気で攻撃してきたシリルに驚きを隠せなかった。

 その一瞬の静止を、シリルは逃さず、悪魔へと突っ込むが、悪魔はすぐさま態勢を立て直し、口から黒い炎を吐く。

 ギリギリで避けるが、左腕にかする。

 かすった箇所は、火傷ではなく、炭と化していた。

 大概の攻撃は耐え抜いていたシリルが、珍しく呻き声を上げる。

 原因は分からなかったが、その悪魔の出した炎は、当たった場所を一瞬で炭へと変え、かつ激痛を引き起こしていた。

 さらに魔力の流れが乱れ、上手く扱えなくなり、回復魔法すら出来なかった。

 先程腕を折っても、表情を変えず、そのまま攻撃してきた人間が、苦痛の顔を浮かべているのを見て、笑う悪魔。


「はーはは!所詮は人間。我が黒炎の、恐怖と痛みを味わうがいい。」


 シリルはあまりの痛みに、転び、体で着地していた。

 だがすぐさま、右手で腰のナイフを取り、左腕の炭と化した部分を切り落とす。

 すると魔力の流れが戻った為、即座に回復魔法を施す。


「なんだとっ!?クソがっ!!」


 その一瞬の判断に驚くが、すぐさま、再び黒炎を吐く。

 シリルは、瞬時に魔力で炎の壁を出し、黒炎の勢いを弱め、横に飛ぶ。

 地面を蹴り、悪魔へと飛び込んでいく。

 右手に持ったナイフに魔力を込め、逆手で切りかかる。

 悪魔はそれを、左の爪で防ぐ。

 逆の手で、シリルの首を狙い刺突する。

 シリルはナイフを振った姿勢から、さらに体を捻り、その攻撃を避け、左手で殴り掛かる。

 魔力がこもった一撃を喰らい、一瞬怯むも、すぐさま攻撃へと移る。


 爪とナイフがぶつかり合う、まるで剣で打ち合っているかのような音。

 そしてお互いの攻撃がぶつかり合う、打撃音。

 それのみが、一体に響き渡っているかのようだった。

 目にも止まらぬスピードで、攻防が繰り返される。

 悪魔もシリルも、魔力を変換している余裕はなく、お互いがただ魔力を込めるだけの、攻撃を繰り返す。


 しばらくその攻防が続き、先に痺れを切らしたのは、悪魔だった。

 思い切り全身から魔力を放ち、それにより一瞬シリルが吹き飛ぶ。

 悪魔は距離を取る。


「下等な人間がっ!!さっさと死ぬがいい!!」 


 すると悪魔の周辺に、黒い魔法陣が現れ、そこから大量の黒炎の球が放たれる。

 先程受けた黒炎と同じ効果を持つであろう、その無数の球がシリルを襲う。

 そして、シリルの元で黒い炎の柱となる。

 シリルのいた場所は、跡形もなく消え去っていた。

 見ている者がいれば、誰もがシリルは死んだと思うだろう。

 しかし何故か、悪魔の首が飛んでいた。

 そこにいたのは、ナイフを持ち、全身を雷で纏っているシリルだった。


 黒炎の球を無数に放たれた瞬間、シリルは最大の魔力を体に纏い、さらにそれを雷に変換していた。

 修業の時に身に着けた、シリルにとっての奥義の一つだった。

 通常の身体強化に加え、外側にさえ溢れる程の魔力を巡らせ、更に雷を纏う事により、防御力、攻撃力、そして何よりも速さが上がっていた。

 しかし、魔力消費が激しく、ここぞという時しか使えない。

 悪魔が黒炎の球を出すのに、一瞬の時間があり、かつかなりの魔力を込めているのが見え、一撃で倒せると判断したのだ。



 仲間達の治療をしながら、その戦いを見ていたジェフリーは、驚愕していた。

 通常の悪魔より、強い悪魔。

 その悪魔と互角に戦う子供。

 何よりその子供の強さが、異常だった。

 激しい攻防の中で傷ついても、腕を折っても、一瞬も怯まない。

 それどころか、黒い炎という自分すら知らない効果を持った炎を喰らい、苦痛で呻き声を上げるも、一瞬で腕の一部を切り取る判断力。

 そして、最後のはジェフリーですら、目で追えなかった攻撃。

 炎の雨を降らしたアルマが異常なだけだと思ったが、シリルの強さは人間の域を超えようとしている、彼はそう感じていた。



 二人の闘いが終わり、すぐさまアルマがシリルの元へとかけつける。


「アルマやったよ!!」

「ああ。よくやった。シリルなら出来る、と思っていたがな。」

「ありがとう!やったー!」


 シリルの体はボロボロだった。

 互角の様に見えたあの激しい攻防も、悪魔の方が若干上だったのだろう。

 体中傷ついていた。

 もし悪魔が、冷静に判断し、長期戦に持ち込んでいたら、シリルが負けた可能性の方が高かった。

 しかし痺れを切らし、すぐさま止めを刺しに行った事により、シリルの勝ちへと繋がったのだ。

 そんな事を考えつつ、アルマはシリルを回復する。


 周りを見るとどうやら、鉄剣の制裁達やグラントのおかげで、百角の猟犬は全て、倒されていた様だった。

 どうやらクレアも無事でいたようだ。

 アルマはそれを見て、少し安堵している自分に驚く。

 ついこの前までは、利用が出来る程度の、どうでもいい人間だったが、アルマの中でクレアは、少しはどうでも良くはない人間になっていた。

 そんな感情に驚いたが、些細な事だろうと、それについてはすぐさま考えるのは止めた。



 悪魔と魔族が狩れ、皆一度集まっていた。

 騎乗戦士の一団と魔女と仲間達が、かなりの被害を負っていた。

 炎の雨もさることながら、その前に、百角の猟犬から受けた黒い稲妻のダメージがひどかったのだ。

 クレアや無名の者達は、魔法の障壁を作っていたので、吹き飛ばされた割に被害はひどくなかったが、彼等はモロに受けていた。


「これはちょっと、僕にもすぐには、治せないね。」


 そう言ったのはジェフリーだった。

 精霊術は魔法で回復するよりも、高等な回復魔法を行える。

 だがこの黒い稲妻で受けた箇所は、シリルが受けた黒い炎に似ていて、魔力の流れをかき乱す。

 なんとか治療をしていたが、戦闘を行えるまでには至らなかった。


「シリル!あと魔獣!ちょっと来い!!」


 そう怒鳴ったのは、グラントだった。

 どうやらお怒りのご様子だったが、シリルは平然と何?と言って付いて行く。

 アルマは返事はしないが、シリルが行ったので付いて行く。


「お前達!なんだあの攻撃は!死人が出なかったから良かったモノの、一歩間違えれば仲間が死んでたんだぞ!?」

「仲間?」

「そうだ!討伐隊の仲間だ!」

「クレアは仲間だと思うけど、他は仲間じゃないよ?」

「はぁ!?あのな!お前一緒に討伐に来てる者達だぞ!」

「ん?」


 グラントはその後も、シリルに一生懸命に伝えようとする。

 冒険者という同じ職業で、さらに今回魔族達の討伐のために集まった、同志であり、一緒に行動を共にする仲間だと。

 だがシリルは、一向に理解出来なかった。


「それになんで怒られるの?ちゃんと、人間も魔族も当たらない攻撃だったと思うけど。」

「あのな……。確かに直接は当たらなかったが、木の近くにいた者は、少なからず爆炎に巻き込まれたんだぞ!」

「避ければ良かったんじゃない?あんな分かりやすい攻撃。」

「戦闘中だったり、相手にやられたりでそれが出来ない者だっているだろう!?」

「それはじこせきにん?っていうやつでしょ?」


 ぐっ!というグラント。

 確かに今回の作戦は、各自自由に闘って良い事になっていた。

 下手に無理して連携すれば、上手くいかないだろうと思ったためだ。

 だからシリルの言っている事も、間違いではない。

 だがしかし、仲間に被害を出す攻撃をするのは、間違っているとも思ってしまう。

 ぐぬぬと頭を抱え唸っていると、ジェフリーが肩を叩いてきた。


「まあまあ。今倒れている子達は、黒い稲妻のせいで回復出来ないだけなんだから。シリル君とアルマ君のおかげで、悪魔を早急に倒せたと思えば、いいじゃない。」

「だがな……。」

「僕も悪魔が、あそこまで強いなんて思っていなかったらから、もしあのまま木が周辺にある状態、ようするに影移動が出来る状態だったら、ある程度切り倒していたと思うよ?」

「ぐぬぬ……。」


 まだ納得は出来ないが、ジェフリーに宥められ諦める。

 とりあえず一旦の脅威は、去ったのだ。



 グラントは一度、動ける者達を集める。

 鉄剣の制裁は、全員傷は負うも無事なようだった。

 そして無名も元々三名と少ないが、一人も欠けていなかった。

 他、ジェフリー、クレア、アルマ、シリルだけが集まった。

 魔女の仲間達と騎乗戦士の一団のほとんどは、やられてしまっていた。

 一部なんとか意識はある者はいたが、あの稲妻を受け、なんとかジェフリーのおかげで、激痛を抑えている状態だったが、動けるほどではなかった。


「予想以上の被害が出た。先に言っておくが一応、あの馬鹿みたいな魔法を放ったシリル達には、一言言っておいたから、皆これ以上責めるな。それに、今動けない者達は、全員黒い稲妻が原因だしな。」


 これ以上、あの魔法で揉め事が起きなように先に言っておいた。

 無名の者達は、相変わらずだんまりを決め込んでいたが、鉄剣の制裁達は、やべえ!すげえ!はんぱねえ!とバカみたいな声を上げていた。

 そして、ギデオンにうるせえ!と一括される。


「さて、兎に角戦力が減ってしまった。このまま、洞窟に攻めるべきか、一度撤退すべきかを話し合おうと思ってな。まず、ジェフリーから説明して欲しい。」

「はいはーい。」


 軽い感じで返事をし、話始める。

 悪魔も含め、魔族達が今まで出会った魔族達より強い事。

 まだ最低で、悪魔が一体。

 低位の魔族は、どの程度いるか読めない状態だった。

 さらに悪魔以上の者もいる可能性がある。

 わざわざこの件のボスが、自分達を倒すために、出てこないのではという、理由だった。


「ただ僕は撤退は、反対かな。」

「何故だ?」

「さっきも言った通り、魔族達は強くなっている。でも、原因は分からない。それなら、早めになんとかしたいと思うんだけど。」

「なるほどな。他の者達はどうだ?」


 鉄剣の制裁達は、目の前に敵がいるのが分かっていて、撤退する理由はないと言い切る。

 無名の者達は、任せるとだけ言った。


「ふむ……。」

「シリル君は?」


 ジェフリーは、シリルに問う。


「もっと強いのがいるなら、もっと知らない技を見れるなら、もっと闘いたい。洞窟に行けば会えるなら、絶対に行く。」


 シリルの考えが、急に変わったのに気付いたアルマ。

 今までも強くなりたい、と言っていたが、それは別の理由があった。

 しかし初めて、強い者と【闘いたい】と言ったのだ。

 シリルは好んで狩っていたわけではなく、狩らねば狩られると考えていたからだが、単純に闘いたいと言うのは、初めての事だった。

 これは強くなるには、大事な成長だ。


「例え他の者が行かなくとも、私達は洞窟に行く。」


 アルマは、そう言った。

 自分がいれば、必ずシリルは守り切れる自信があったからだ。


「ほんと血の気が多いな。クレアは?」

「私も行きたいです。放置なんて、出来ません。」


 クレアは、ロキシ村を思い出していた。

 もし早く気付けば、もし早く討伐出来ていれば、ロキシ村は滅びる事がなかっただろうと。

 かといって今更後悔してもしょうがない。

 なら、同じことを繰り返さないだけだと。


「満場一致か……。ならば、意見を言い合う必要もあるまい。洞窟内の魔族の討伐を続行する!」

「まだ残りが攻めてくる可能性もあるから、急いだ方がいいね。」

「ああ。」


 そうして一行は、洞窟へ行く事を決める。

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