第12話(改) 理解されない思考
一行は門を出て、しばらく歩く。
クレアの話では、普段ならもっと人が行き交っているとの事だった。
だが、門を出る時もそうだが、特に外へ向かう人達は少なかった。
逆に入る人達は多いようだった。
昨日は気付かなかったが、もしかしたら他の村からも、避難民が出ているかもしれないな、とクレアは呟いた。
「買い物をしたりしていたから、思ったより遅くなったな。少し急ごう。」
クレアがそう言うと、アルマが大きくなる。
「シリル乗りな。クレアも、不本意だが乗れ。これなら早く着くだろう。」
「分かった!」
「すまない。」
そうして二人と一匹は、凄いスピードで町から離れ、村へと急ぐ。
道中これといって、問題は起きなかったが、唯一上げるなら、町を離れてから、ずっと街道を進んでいるにも関わらず、人っ子一人いなかった事だ。
丘を登り、林道を抜けると、眼下に村が見えた。
なんとか日が落ちきる前には、着けたかと一安心するクレア。
「あそこがロキシ村だな。」
「あ!川だ!水が飲めるね!」
「ああ。川を渡れば集落だな。ここからは、歩いて行こう。」
二人はアルマから降り、アルマも警戒して姿を小さくする。
歩き出す前に、二人に忠告しておくクレア。
「すまないが、今回は調査だ。何かいても、すぐには手を出さないで欲しい。」
「んー、狩った方が早いと思うけど。」
「一応言う事を聞いておけシリル。ここから見るに、あまりいい予感はしない。森の中じゃないから、私もどういうモノがいるか、判断出来んからな。」
「分かった。」
アルマが警戒した理由は、村の様子だった。
はっきりとは言えなかったが、何やらどす黒い雰囲気を醸し出しているのを、アルマだけは感じ取っていたのだ。
そしてある程度近付いていくと、アルマが先に、そしてシリルもすぐに眉を顰める。
「血の匂いがするね。しかも結構臭い。腐ってるかな。」
「ああ。血の匂いと混じって、腐敗臭がする。」
風下に立っているとはいえ、わりと離れている為、クレアには感じれなかった。
だがアルマはもちろん、シリルも森で育ったせいか、かなり鼻が利く。
別段二人共血の匂いには慣れていたが、腐敗臭も混じり、かなり臭いようだった。
「私は感じないのだが……。大丈夫か?二人共。」
「鈍いというのも、便利だな。」
「うん大丈夫。」
アルマは割と平気そうな顔をしていたが、シリルは既に鼻をつまんでいた。
そうして、徐々に近づくと、クレアでさえ、血と腐敗臭が混じった臭いを感じた。
ウッとなり、鼻をつまむクレア。
それと同時に、村の異変に気付いた。
村の周りは、木でできた柵で覆われているのだが、それがほとんど壊されていた。
そしてそこには、血がついているように見えた。
一行は警戒心を強める。
そして急にアルマとシリルは、足を止める。
「何かいるな。臭いが混じっていて、何かは分からぬが。」
「うん。こっちには気付いてないようだけど、狩る?クレア。」
二人に驚くクレア。
クレアだけは、その何かがいるのに気付けていない。
この二人なら、あの時のように一瞬で狩っていただろうが、調査のためにここに来ている為、まずは調べなければいけなかった。
「その何かが、見える場所まで移動は可能か?」
「あそこからなら見えそうだね。」
「ああ。問題ないだろう。」
そうして、草むらに身を隠しながら、何かが見える位置まで移動をする。
どうやらその何かは、川にかかっている橋を渡った先にある、壊れた柵の向こう側にいるらしい。
一か所根本くらいから柵が折れていて、向こう側が丸見えの部分があった。
そこからなら、見えるだろうという事だった。
そして、その何かが見える位置にゆっくりと移動していく。
クレアの目に入って来たのは、どう見ても血だらけの人間だった。
そしてそれが、動いていた。
「人だ!」
草むらから頭を出し、助けに行こうとした瞬間、クレアよりも勢いよくシリルが飛び出した。
川を飛び越え、一直線にその血だらけの人間に向かうシリル。
そして柵の向こう側から、飛び上がって来た者がいた。
シリルと大差ない体格だが、手足に鋭い爪を持ち、肌が黒いその者は、翼を広げ飛び込んで来る。
相手が弱いと判断し、魔力の性質、形状を変化させず、ただ魔力を込め、顔面をぶん殴った。
相手は口に魔力を溜めていたが、それと一緒に相手の頭は消え去り、血しぶきを上げ、柵の向こうへと消えた。
シリルが飛び込んでいった理由は、相手がこちらに気付いたから。
ただ相手は柵が邪魔で、こちら側の正確な位置を把握していなかった。
なので一気に距離を詰めた。
その動いた何かは、人間を食っていたようだった。
クレアはそれを、人間が動いている様に見えてしまい、助けようとしたのだ。
「不用意な行動は慎んで貰おう。シリルが気付いてフォローしたが、あれが強かったらどうするつもりだった。次やったら、貴様を放り投げて、餌になって貰うぞ。」
「……すまない。」
勿論、シリルは相手の力量が分からないほど、弱くはない。
だがクレアの、その不用意な行動にアルマは、腹を立てていた。
とりあえずクレアに警告だけし、二人は橋を渡り、シリルと合流する。
「これって、なんていう魔獣?」
「これは…魔獣ではない。魔族だな。
「……何が違うの?」
「貴様は分かるか?」
「ああ。もちろんだ。私が、代わりに説明する。」
クレアの説明によると魔獣や魔物とは、魔素の吹き溜まりや繁殖など、原因は全て判明している訳ではないが、基本的には自然発生するものと考えられている。
しかし、魔族は違う。
魔族と呼ばれる種類は、人為的に人間界とは別の、冥界や魔界と呼ばれる世界を漂う邪な魂達を、こちらで肉体を用意し召喚しない限りは、発生しないと考えられていた。
アルマは、昔との情報に差異が無いか、確認するためにクレアに頼んだ。
どうやら変わりは、なかったようだった。
それが分かり、話の続きはアルマがし始めた。
「ようするに今回の事が、人為的可能性が高いという事だ。」
「人為的ってことは人間?」
「人間とは限らない。魔獣でも高位の魔獣は、魔法を使える。私がそうなようにな。人為的という意味は、人間か魔獣かは分からないが、そういった魔法の使える者が、あえて呼び出して村を襲わせたのではないか、という事だ。」
「なるほど。」
クレアの緊張が高まる。
もし、悪魔を召喚できるような敵であった場合、クレアは確実に勝てないだろう。
下位の小悪魔くらいなら倒せるが、中位の
「魔族って食べれるの?」
「魔族は、食わない方がいい。呪われる可能性があるぞ。」
「ふうん。大した用もなく食事を邪魔した上、ただ狩るって可哀想なことしたかな。」
「しょ……食事って……人間を食ってたのだぞ……?」
「うん。クレアも動物の肉食べるでしょ?何が違うの?」
「…………じゃあ、何故殺したんだ?」
「こっちに気付いた時に、殺意があったから。」
「なかったら殺さなかったのか……?」
「んー、こっちに向かって来たら危ないし、やっぱり狩るけど、何もして来ないなら、狩る必要あるの?」
「…………。」
クレアには理解出来ない考えだった。
シリルの考えは、本当に簡単だった。
まず食事のために狩る。相手が縄張りに入る、または攻撃して来たら狩る。相手に殺意がある場合も、危険なため狩る。
その解釈でいけば、ここは一応は人間達の縄張りなのだが、やはりシリルには人間達が仲間ではなかった為、万が一小悪魔が食事に集中し、クレアに気付かなかった場合、狩りはしなかっただろう。
「シリル、今後のために一つ覚えておくといい。魔族は、問答無用で狩っていい。」
「なんで?」
「あいつらがこちら側に、殺意を抱かないなんて見た事がない。ただ、強くなると、その殺意すら消せるからな。お前みたいに。」
「なるほど!」
「シリルからすれば森の魔獣達は、特にこちらにかかってくる時、殺意を出していたが、それはシリルより弱かったからだ。私だったら、殺意なんか感じさせず、シリルを狩れるぞ?」
にやっと笑うアルマ。
それに少し膨れっ面をするシリル。
「正々堂々でも、もう勝てないよ!それに、もしアルマが突然殺意を出して来たら、逆に困惑して、なんも出来ない!」
「そうか。しばらくやってないから、訓練がてらいいかと思ったんだがな。」
「絶対やだー!厳しい訓練はいいけど、今アルマから殺意貰ったら泣いちゃうよ!?前より凄く分かるように、なったんだからね!?」
「それは困るな。」
笑いながら会話する二人を見て、まるで自分だけが別の世界にいるような感覚に陥るクレア。
すぐそばには、頭のない小悪魔の死体。そして、食べられていた人間の死体。
二人が会話を楽しんでいる間、村の中を見渡すが、村人がいない異様な村。
そして、所々残る血の跡。
普通の人間の感覚であれば、こんな所で談笑なぞ、出来るはずもなかった。
彼女はこの二人が異常なのだと、改めて思い知る。
「さて。どうでもいいが、ここは人間の集落なのだろう?」
「あ……ああ、そうだ。」
呆然としていて、少し戸惑うクレア。
「先程から、人間もさることながら、魔族やその他の気配がない。しかも、私達が話しているにも関わらずだ。」
「そ……そうなのか?」
「うん。そう。普通なら、こんな話してたら襲って来るだろうしね。」
二人の探知能力の高さに驚くクレア。
「さて、どうするクレア?」
「……え?」
もう全く二人の会話に付いて行けず、置いてけぼりなクレア。
ハドリーから、シリルをお願いしますだの、私が全責任負う立場になるだの言われ、はい!とか言ってしまったが、むしろ私が邪魔なんじゃないだろうかとすら考えていた。
「調査するんだろう?どうやる?私が指示してもいいが、まあ人間は助けるつもりはないぞ。」
「………あ!ああ!とりあえず、生きている村人がいないかの、調査だな!」
「だから、それをどうする?」
「それは、えっと……そうだな。アルマ殿達が、探知能力が高いので、それを頼りに……。」
「別に構わんが、殺意や敵意があれば、人間でも殺すぞ?ちなみに、シリルは殺意で一緒くたに言っているが、敵意も殺意に入っているからな。」
クレアは激しく頭を抱える。
自分より探知能力が高く、敵意や殺意が読み取ることも出来る。
そんな化け物二人は、人間達が自分達に敵意だろうが殺意だろうが、それを向けようモノなら殺すと言っている。
しばらく熟考し出した答えは、とりあえず何か探知したら、クレアに教える。
その探知したものが、何かは出来れば見てから判断するといったモノだった。
アルマは、本当にシリルと二人だけで来た方が良かったのでは、と思っていた。
シリルが承諾したのを確認し、アルマもその指示に従い、警戒を強めながら、村を探索する。
村にはいくつか家があったが、どこも何も気配がなかった。
それどころか、村中血の跡が多く、かつ腐敗臭は強くなる一方だった。
しばらく進むと、村の中央広場に出た。
そこには井戸があり、皆そこで水汲みなどをしていたのが想像できる場所だった。
だが、クレアですらうっとする臭いが、そこには漂っていた。
「私が一番、臭いに関してマシだろう。井戸の中を確認してみる。」
「任せた。」
「お願い。」
シリルもアルマも、腐敗臭がきつ過ぎて、若干辛そうだった。
クレアは少し離れた所で息を思い切り吸い、呼吸を止め、鼻をつまみ近付いていく。
そして、井戸の中をのぞく。
クレアはその瞬間、後ろに飛び退き転んだ。
「どうしたの?」
「何があった?」
二人に聞かれるクレア。
そして、クレアは震える手で、井戸を指差し、答えた。
「い…井戸の中に……う……腕と……足が……。」
そう。井戸の中には、人間の死体が、しかもバラバラの状態で入っていた。
それが腐り、異様な臭いを発していたのだ。
水の中に肉は放置しちゃダメなのに……とまた、クレアからすれば狂ったかのような発言をしているシリルだったが、驚きのあまり、そんな事に構っている余裕はなかった。
「全員分か?」
アルマは無慈悲な質問をする。
アルマからしても臭いが強烈すぎて、近づきたくない。
シリルがその手で、鼻を抑えてはくれているが、これ以上近付けば、それすら効果はないだろう。
だから中を見た、クレアに確認する。
だがクレアの胸中は、それどころではなかった。
「ぜ……全員分って……分かるわけないだろう!」
珍しく、本気で怒鳴るクレア。
「二人はなんなんだ!?人が死んでいるんだぞ!?そんな状態で、何故冷静でいられる!?全員分なんて確認出来る訳がないだろう!?」
あまりにも異様な村の光景、そしてあまりに異様な二人。
井戸からは異臭が解き放たれ、人間達のバラバラの死体が入っている。
そんな中、平然と人数を確認してくる魔獣。
そして死体を、肉と言い切った子供。
とてもクレアは、冷静ではいられなかった。
しかしその事は、大して二人には伝わらなかった。
「なんで怒ってるの?やっぱり肉を井戸に捨てたから?」
「……違うぞシリル。」
一番伝わってなかったのは、シリルだった。
シリルは、全てが死ねば肉と思っていた。
彼が育つ中で、銀狼の仲間達が亡くなった事もあった。
勿論、供養はした。
そこは6歳まで人間として、育っていたから。
でもそれは、魂に対してであって、死肉には興味がなかった。
もし銀狼達の死体がもて遊ばれていたとして、さほど怒りは湧かなかったろう。
シリルにとっては、死んだ者は死肉には付かず、魂なのだと思っていた。
だからクレアの言う事が全くもって、理解できていなかった。
「クレアは人間だ。人間は死体を弄ばれるのを嫌うんだ。」
「動物や魔物・魔獣の死体なんかは、解体するのに?俺も焼いて食べるよ?干したりなんかもするんでしょ?」
「そうだが……。人間は死体をいじくられるのに、耐性がないんだ。」
「ふうん。よく分かんない。」
アルマもさほど、何も思ってはいないが、シリルよりは理解していた。
シリルがここまで、理解しないかとは思わなかった。
クレアはもはや、何も言えなかった。
アルマがわざわざ説明しているのに、彼は理解しなかった。
井戸の中の死体、人間を食べている最中の者を食事中。
そこまで割り切れる者が、普通はいるだろうか。
井戸の中の死体は、この一帯の出来事が片付いてから、上に上げるという事で、落ち着いた。
クレアは、先程の怒りすら通り過ぎ、シリルに恐怖を抱いていたが、自分が保護者であり、ギルド内では自分の師匠であると考え、一生懸命気をつかっていた。
今現在は、生き残りの村人を探す事、ここに未だにいる敵を探す事に従事していた。
「村には、先程の一匹のみのなのか?」
「気配はないね。」
「さすがに、私も信じられぬぞ。本当にシリル殿も、アルマ殿も何も感じないか?」
「うん。俺は何も。」
「私もだ。」
小悪魔は馬鹿ではない。
基本的に、召喚者の言う事を聞いているはずだ。
それならば、一匹ということはないはずだった。
だが、この村ではいない。
「これは私の推論なのだが、構わないか?」
「いいよ。クレアが今は責任?というかボスでしょ?」
「私も構わん。言え。」
「そう言ったら、アルマがボスみたいじゃないかー。」
「…っく。口調は変えられん。シリルだけだ。」
「全くぅ。」
緊張感があまりにもない、二人は置いておいて自分の推論を説明するクレア。
「本当に考えたくはないのだが。もしかしたら、この村はもう全滅して、村人は一人も、残っていないのではないか?」
「なんで?」
「魔族は基本的に、主がいるんだ。さっき説明したように、自然発生しないとされているからな。」
「うん。」
「ああ。そうだろうな。」
「そう考えると先程の一匹の行動が、異様に目立つ。他の仲間がいるならいざ知らず、誰もいないとなると、単独でたべ…ここに来た事になる。」
自分がシリル達につられ、食べに来たと普通に言いそうなり慌てて訂正するクレア。
正直、人間でもここは食べに来たでいいと思うが、二人が、いやシリルが異常過ぎて過敏になっていた。
「それで?」
アルマが説明を促す。
「ああ。だから、ここは制圧完了。もう単体で来ても大丈夫。奴らの敷地だから。ということではないだろうか?」
「まあ、そう取れるだろうな。」
「なるほどね!縄張り制圧って事か!でも、それだったら警戒心が薄いと思う。」
クレアは、シリルの発言の意図が読み取れなかった。
理由は、普通の人間だからなのだが。
「普通は相手の縄張りを奪っても、警戒するよ?」
「そうだな。」
アルマはよく分かっているようで、同意した。
クレアは、あまり意味が分かってないようだったので、代わりにアルマが説明する。
「魔獣なら、制圧が周辺も含め、全て終わるまで普通は単独で、しかも無警戒では歩かない。でも、さっきの魔族は単独で無警戒だった。」
「いや…それはシリル殿達の、探知能力が凄かったからでは?」
「単独なのが問題だ。いくらなんでも、お粗末過ぎる。」
「そ……そうなのか。」
「だからこれは、ここにいるボスが最近生まれ可能性が、高い。」
その推察に、感嘆するクレア。
シリルは経験則で、この村を襲撃したのは、最近生まれたばかりのやつではないか、と思っていたが、細かい事はアルマが説明してくれた。
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