第9話 お風呂

 ここは冒険者ギルドが経営している、冒険者向けの宿屋。

 一般の者も宿泊は可能だが、他の宿屋より高いため、ほとんど泊まる者はいない。

 冒険者の場合は割引がされ、他の宿屋に泊まるより安い。

 受付はギルドにあり、そこでカギを貰う。

 部屋は全部屋共通で、1人で過ごすなら十分な部屋だ。

 食堂はギルド内にもあるのだが、ギルドの方は、こちらの宿を使っていない者達も食事をする為、パーティ等でも利用しやすく、かなりの人で賑わう。

 逆に宿屋の方は、宿泊者のみが利用するため、静かに食事をしたい者や、ソロの者達が多い。


「ここが私が宿泊している宿屋だ。ギルドが経営していて、冒険者用でかなり安いんだ。」

「そうなんだ。」

「本当は一部屋に二人は厳禁なのだが、時間も遅いし、シリル殿は子供だしな。何より、今日騒ぎを起こしたから、ギルドに戻るのは、私も少し気まずい………。」

「ごめんね?」

「いや構わん。ただ、気まずいだけだからな。とりあえず今日は、私の部屋に泊まってくれ。明日受付を済まそう。」

「ありがとう。分かった。」


 そう言い宿屋へと入る。

 1階は食堂、2階から上が宿泊部屋となっていた。

 ちなみに見には行かなかったが、地下もあるらしく、別途支払いは必要だが、武器の保管庫となっているらしい。

 一応ここの宿屋に風呂はないのだが、裏口から風呂屋に行けるようになっている為、困る事はない。


「ここが部屋だ。少々狭いと思うが、今日は我慢してくれ。」

「ううん!すごい綺麗!これはベッド?」

「そうだが?」

「凄いふかふかする!綺麗!」


 シリルはベッドの上の、布団を触る。

 部屋には鏡台、小さめのテーブル、椅子が鏡台とテーブルに一つずつ、クロゼット、そしてベッドがあった。

 普通の部屋だが、シリルにとっては初めて見る物ばかりだった。

 小さい時から逃げながら暮らしていたため、荷物は常に最小限だった。

 一応家のような簡易的な物はあったが、小さく、ベッドは急ごしらえで、布団はぺったんこだった。

 その綺麗なベッドに感動しているシリル。

 今まで大変だったんだなと思うクレア。


「とりあえず食事にしよう。」

「分かった。あ、アルマはどうしよう?食堂で出てもいいの?」

「いやさすがにまずいな……。そういえば、使役魔獣の証も買うのを忘れていたな……。」

「私は一食くらい大丈夫だ。」

「いやダメ!」

「そしたら持ち帰りで、何か頼もう。」

「じゃあそれで!」

「すまぬな。」


 そうして二人は階段を降り、食堂へと向かう。

 食堂は、あまり人がいないようだった。

 カウンターへと向かい、注文をする。

 シリルは分からなかったので、クレアに任せた。

 アルマの分はとりあえず、ワイルドボアの生肉を一頭分頼んだ。

 食堂のおっさんは驚いてはいたが、この子に保存食の加工を教えて練習させたいというと、快く承諾してくれた。

 そして適当な席に着き、待っていると、食事が運ばれてくる。


「ほお!おいしそう!」

「ここの料理は、安くて旨いんだ。量も冒険者用に基本的に多いしな。」


 二人の前に並んでいたのは、シチューとかなり大きめの丸っと焼かれた肉、それにパンだった。

 シリルは綺麗な食事初めて!と言って、食べようとする。

 肉にナイフをぶっ刺して。


「シ……シリル殿!切って食べてくれ!」

「ええ?あ……そっか。」


 今度はそう言うと、反対の手で肉を掴もうとする。


「あ、違う!ちょっと待て!」

「………え?」


 森で育ったとはいえ、子供時代はどうしてたんだ……と不安になる。

 ここは一流レストランではない。冒険者用の食堂なのだ。

 正直そんな丁寧に食べている者は多くないが、クレアはそれでは、シリルが将来困ると思った。

 なので、シリルには丁寧に教える。

 シリルは意外と器用で、見よう見まねですぐ切って食べた。


「食べづらい……面倒……。」

「すまないが、これも町で過ごす修業だと思ってくれ……。」

「そう言われると、頑張れるかな。」

『っふ。人間は面倒だな。』


 料理はとてもおいしかったようで、おかわりまでしていた。

 ここもクレアがお金を支払ってくれ、用意されていた生肉が入った袋を持って帰る。

 部屋で袋を開けると、アルマは影から出て来て食べ始める。


「なかなか上手いな。肉が柔らかい。食べ応えはないが。」

「それでも丸々一頭だぞ?」

「これでか。泥鼠ボルボロムースと変わらないんじゃないか?」

「……それは魔物だ。」

「泥鼠はおいしくないー。臭い。」

「あれを食べたのか……。」

「弱かった頃は、えり好みなんてしてられないからね。なんでも食べたよ。」

「そうか……。」


 正直、今まで食べた物は、あまり聞きたくないな…と思ったクレア。

 手持ち無沙汰にしていたら、アルマが食事をしている間に、着替えてしまおうという事に。

 風呂屋はここの裏口と繋がっている為、部屋着でも問題ないとの事だった。


「シリル殿、着替えるので、一応向こうを向いておいてくれ。」

「ん?分かった。」

「誰もお前の裸なんぞ、興味ないわ。」

「アルマ殿には、言っていない。それに、そう言う問題でもない。一応は恥ずかしいのでな。礼儀だ礼儀。」

「っは。」


 そうして、シリルがそっぽを向いている間に着替える。

 シリルもその間に、着替えを済ます。

 アルマは食事を終えると、再びシリルの影へと入り、シリルは風呂道具をクレアから借りる。

 準備が出来、二人は風呂屋へと向かう。

 


 風呂屋へ着くと、男女別れていた。

 クレアは一応シリルに、1人で平気か?と聞くと、アルマがいるし大丈夫と言っていた。

 一応不安だったので、湯船につかる前に、体を洗う事、泳がない事だけは伝えておく。

 湯船って何?と質問され、余計不安は増したが、とりあえずお湯が一杯溜まっている場所と説明しておいた。

 シリルの年齢で女風呂に入る子供はいないので、連れて行くわけにはいかない。

 かといって、自分だけ入るのも気が引けるので、連れてきたが。


(やはり大浴場に入った事はなかったか……。不安だな……。顔だけなら女風呂でもいいんだがな……。)


 もはやクレアは完全に、保護者だった。

 一日過ごしてみて、とにかく常識を知らないシリルが、心配で仕方なかった。

 まあもう考えても遅いな。と考え自分も風呂へと入る。



 シリルは、人生初めての大浴場に興奮している。

 森で暮らす前でも、寒い日以外は基本水浴び、寒い日は必要な分の水を溜め、親が魔法で温めてくれるので、それで体を流す程度だった。


「おお!なんだこれ!でかい!!でかいよアルマ!!」

『凄いな。だが、私に話しかけるなら、声は出さない方がいい。』

『あ、そうだね。』

『あそこで、体を洗っている者がいるぞ。多分クレアは、あそこで体を洗って、入れと言っていたのだろう。』

『なるほど!』


 何人かが体を洗っている場所に、シリルも行く。

 皆そこで体を洗っているのだが、シリルは戸惑う。

 何故か目の前の壁から頭の上辺りに、変なものが伸びていて、そこからお湯が出ていた。

 みんなそれで洗っている様だった。


『どうやって、ここからお湯が出ているの?』

『すまない、シリル。私にも分からない。』


 しばらくそのお湯を出る物を、見つめるシリル。

 すると後ろから話しかけられる。


「おい坊主。使い方わかんねえのか?」


 後ろを振り返ると、赤い髪のガタイのいい男が立っていた。


「あれ?えっと……。」

「グラントだ。戦ったろう?」

「そうだ!グラント!俺は坊主じゃなくて、シリルだよ。……どうしているの?」

「すまん、シリルな。俺も風呂だ。怪我も治ったしな。」

「そうなんだ!良かったね!」

「……ああ。」


 本当にこんな子供に、あんなボコボコにされたのかと思ったグラント。

 骨は折られ、炎で焼かれ、剰え足を切ろうとしてきた仮面の相手が、ここまで子供だったとは思っていなかった。


「それで、シャワーの使い方わかんねえのか?」

「シャワー?」

「そうだ。しゃあねえな。教えてやるよ。」


 そう言うと、シャワーという物の使い方を、教えてくれるグラント。

 どうやら魔法陣でお湯を作って、上からここに流しているらしい。

 そして目の前にあるレバーをひねる事により、それが出て来るという事だった。


「すげえ!」

「分かったか?」

「うん!ありがとう!」

「ああ、構わんそれくらい。……しかし、風呂までその仮面を、してくる事はないだろう。」

「大事なの!」

「……そうか。」


 そう、グラントがシリルだと分かったのは、シリルは後頭部に未だに仮面を付けていた。

 風呂に入る前に、アルマに絶対付けとけと言われたからだ。

 模様は魔力を吸収して発動しているから、水で流そうがちょっとやそっとで、落ちんだろうという予測だった。


 そしてシリルは、あったけー!などと声を上げつつ、クレアから借りたタオルで体を洗う。

 すると再びグラントが、声をかけてくる。


「ぼう…シリル。お前、【サンモカ】は持ってないのか?」

「サンモカ?」

「そう。力を入れずに、汚れも匂いも落ちるって、最近売り出されて、話題になっている物だ。」

「知らない。いつもは【サポンリア草】で汚れ落としてたから。」


 シリルは昔から、体を洗う時はサポンリア草を使っていた。

 深淵の森にもあったので、必ずそれを使っていた。

 ただそのまま使うと、汚れは落ちるが、硬いのだ。

 シリルは慣れていたが、普通の人はあまり好んで使っていなかった。


「ああ、それは原料だ。しかし、あれは痛いだろう。その、サポンリア草を煮出した物に、美牛モーイカウの乳に入れて、再び煮出し、草を取り出し、固めた物がこれだ。よく汚れが落ちるぞ。」

「ほお!」

「使っていいぞ。タオルに付けるといい。」

「ありがとう!グラントは、なんでそんな詳しい?」

「これでもランクCの冒険者だ。強さだけじゃなく、知識もないとな。」

「なるほど。」

「まあお前も、これから勉強していけ。」

「分かった。」


 意外と素直だなと思ったグラント。

 冒険者として、必要なのは力もさることながら、柔軟さ、素直さだ。


(たまにプライドが高いバカがいるかが、異常に強いシリルが、そういったプライドがないのは、素直でいい冒険者になりそうだな。)


 そう考えながら、ふっと笑ってシリルを見ると、泡すげーと言いながら、仮面まで洗い出していた。


「お、おい。仮面も洗うのか?模様が落ちるぞ?」

「大丈夫だよ。」

「そ…そうか。」


 シリルの言う通り仮面の模様は落ちなかったが、その行動を止めようとしたアルマは、影の中でひやひやしていたというのは、誰も知らなかった。


 体と仮面を洗い終わり、風呂に入るシリルとグラント。

 流れで一緒に入っていた。


「しかし、お前はよくわからんな。」

「なんで?」

「ただの子供にしか見えんという事だ。」

「子供だよ?」

「いや……そうなんだが……。」


 他にも人がいるため、今日負けた事は言えず、更にハドリーが詳しい事情は言えないと言っていたため、詳しいことも聞けず、もどかしいグラント。

 二人で並んで入っていると、他の者達が話しかけて来る。


「グラントさん!お疲れ様でーす!……その子は、グラントさんの子供ですか?」

「グラントさん……隠し子いたんすか!?」

「娘だからって、その年で男風呂はどうかと……。」

「あほか!俺の子じゃねえ!それに、こいつは男だバカ!!」


 グラントもクレアと一緒で、ギルドの者達から慕われている様だった。

 そして話しかけて来る者の中に、昼間のフィンを殴ったのを見ていた者もいるようだった。

 グラントは、その話は軽く聞いていたが、詳細は知らなかったので、ちょうどいいと言い、詳しく聞いた。


「フィンはあの歳で、未だにガキだな。殴られてもしょうがねえ。シリルも気にすんなよ。お前の方が正しい。」

「クレアには迷惑をかけたけど、間違ってないと思ってる。」

「ははは。それでいい。」


 そう笑いながら、シリルの頭を叩く。


「しかしフィンの怪我は、なかなかやばかったようで……。」

「そうなのか?まあこいつは、嬢ちゃんの師匠だぞ。つええのは当たり前だ。今日冒険者登録したから、ランクはGだが、気を付けろよ?」

「「「えー!?」」」


 グラントの発言に皆驚く。

 グラントは怪我が治った後、彼はクレアの師匠です。とだけ説明されていた。

 先に言えよバカ。とハドリーに言ったが、やはり詳しい事は聞かなかった。

 そしてグラントの発言で周りの冒険者達は、どういう事か、その年で冒険者!?、どうやって出会ったか、グラントと戦ったのかなど、色々質問しようとするが、彼はまあまあと誤魔化しつつ、冒険者に色々聞くのはマナー違反だろ。と言うと、どうやら皆納得したようで、話が流れ、ただの雑談になっていた。

 アルマは影の中で、このグラントという男、なかなかに悪くない。クレアよりいいな、と一人思っていた。


 そして温まった後、グラントと一緒に上がるシリル。

 色々話しかけられたが、ちゃんと答えつつ、アルマが言うなと言った事は言わず、グラントが上手くフォローをして、風呂にいた冒険者達とは割と仲良くなれ、有意義な初めての大浴場の経験を終えた。


「よう嬢ちゃん!待たせたな!」

「グラント殿!?一緒だったんですか!?」

「ああ、仮面を後頭部に付けたガキが、シャワーの使い方わからんくて困ってたんでな。助けてやったという訳さ。」

「色々教えて貰ったよ!」

「そうなのか。すまない。」

「いいって。それより、サンモカくらい貸すか、買ってやればいいんじゃないか?」

「ああ!!!……すまないシリル殿……忘れていた。」

「大丈夫!グラントが貸してくれた!」

「嬢ちゃん……変なとこ抜けてんな……。」


 三人は少し雑談をし、体が冷える前に解散することに。

 グラントはじゃあなと言い、二人と別れる。


「アルマも入れたらいいのにねー。」

「魔獣を入れるのは……難しいな。」

「そっかー。」

「そもそもあんな暑そうな場所、私はごめんだ。」

「そう?絶対気持ちいいよ。それに一緒の方が楽しいよ?」

「……っむ…そうか…。……入れる機会があれば、入ろう。」

「うん!」

「だから魔獣は……。というかシリル殿に甘いな、アルマ殿は。」


 二人と一匹はそんな会話をしながら、部屋へと戻る。



 部屋に着き、風呂道具を粗方片付けると、よしと言ってシリル達の方を見るクレア。

 アルマは部屋に入ると、すぐ出て来て、シリルにタオルで拭かれていた。

 俺が綺麗になったからアルマも!とシリルが言いだしたのだ。

 アルマは大人しく、されるがままに拭かれている。

 

「さて今日は色々あったし、疲れたろう。」

「んー色々な人と物があって、楽しかった。」

「それは良かった。寝るか。ベッドは使っていいぞ。」

「ん?俺はアルマと寝るよ?」

「せっかくだ、ベッドを使えばいいだろう?」

「そしたら、クレアはどこで寝るの?」

「私は椅子でも寝れる。」


 しばらく考え込むシリル。


「じゃあアルマに小さくなって貰って、3人で寝よ!」

「ええ!?」

「やだぞ私は。人間と寝るなんて。」

「えー。そしたらクレアが可哀想だよ。3人で寝よ?ね?」

「っく……分かった。」


 シリルのそのおねだりに、あっさりと負けるアルマ。

 そして、子犬くらいのサイズまで小さくなる。


「これでいいだろう。」

「わー!可愛い!!やっぱりアルマは可愛いねー!!」


 シリルは抱き着き、頬擦りする。

 やめろと言いつつ、抵抗しないアルマ。

 そしてクレアも、今まで大きいアルマしか見ていなかったが、子犬サイズになったアルマを見て、目をキラキラさせていた。


「ア……アルマ殿。私も抱っこしていいか?」

「許さん。シリル以外は認めん。」

「えー。アルマ冷たい。」

「こ…これだけは譲れん!」

「そっか。じゃあ我慢してねクレア。」

「……っく。残念だ。」


 そんなやり取りの後、3人でベッドに入る。

 ベッドは一人用だったが、シリルもアルマも小さかったため、余裕で寝れた。


 翌朝、最初に目覚めたのはシリル。

 そしてシリルが起きた事によって、すぐ目を覚ますアルマ。

 クレアはまだ寝ていた。


「おはようアルマ。」

「ああ。おはよう。」


 そして部屋着を着替え、昨日買った服に手を通す。

 仮面を被り、ナイフを後ろの腰に、魔石の入った雑嚢を左に、ブーツを履いて準備万端だった。


「いい朝だね!」

「ああ。」

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