第16話





 佐藤と鈴木は変わらず無表情で、あるいはその内心に、私に対する怒りや嘲笑を秘めているのかもしれなかった。

 それでも私が引かなかったのは、二人のことを信じているからだ。

「佐藤も鈴木も、影山さんがどんな気持ちでいるか、考えたことがあるの? どうしていじめなんてするの? どうして相手を分かろうとしないの?」

 普段の二人なら激怒して言い返してきただろう。けれども今はンガポコの『思いやりを持ちましょう』というメッセージ/情報操作が込められた書き込みがある。私のSNSに書き込まれていた、ンガポコによる『ンガポコ』が。

 魔法の杖のようにスマホの画面を正面からあてられた二人は、私の言葉に数度まばたきすると、いくぶん戸惑いながらも「あぁ……、うん。……そうだね」と大人しく引き下がって、ばつが悪そうにお互いを見やった。

「……いや、本当にお千代の言うとおりだよ。なんでうちら、こんな酷いことやってたんだろ……」

 自分たちのおこないにようやく気付いてくれた二人は、徐々に目を潤ませ、鼻をスンとならし、のどを詰まらせながら、影山さんにごめんなさいと深々と頭を下げた。

 あまりに突然の展開に、その場にいた全員が口を開けたまま、ポカンと呆気にとられてしまったようだった。無理もない。私のたったひとことで、急にさっきまでとは百八十度違う態度になったんだから。影山さんなんか目と鼻と口をせいいっぱい使って『ド・ウ・シ・テ?』と顔に表している。なんか前に見たときよりも一文字増えてるし。ていうか案外器用だな。影山さんって。

「本当に、ごめん……。きっと許してはくれないだろうし、信じてもらえないかもだけど、今のうちらには謝ることしかできないから……」

 佐藤も鈴木も、影山さんへつむじが見えるくらい頭を下げていて、うなじから流れる二人の長いうしろ髪の間からあどけないおくが覗くと、そこから無防備な、飾りや偽りのないの感情がうかがえた。

「ううん、いいの。分かってもらえれば。……それに、私も佐藤さんに足をかけられたとき、わざと佐藤さんの方へ向かって転んだの。だから、これでおあいこにしよ?」

 お、おう……。マジか。影山さん、思ったより根性あるな。

 影山さんに完璧な美少女的微笑びしょうじょてきびしょうを向けられていた佐藤と鈴木は、その意外過ぎる言葉を聞かされて、一瞬「へ?」と、まぬけっぽい顔で口を開けていたけれど、二人ともすぐにおなかを抱えて笑い出した。

「あははははは!! 何それめっちゃウケる! ていうか影山サン、思ったより根性あんね! ギャップ萌え?」

「いやマジでそれ! ヤバい、なんか可愛い!」

 他者へのやさしさをようやく思い出してくれた二人と、ひろい心で二人を許し、歩み寄ろうとしてくれる影山さんとのやり取りを眺めながら、私はホッとすると同時に少しだけさびしいような、やるせない気持ちになった。

 本当は自分の言葉だけで二人の気持ちを動かしたかったのだ。さっきのけんかを目の当たりにするまでは、それが出来ると信じていた。

 あるいは私以外の、もっと頭のいい人がやれば上手くいったのかもしれない。文才があって、度胸があって、賢い人がやれば、言葉だけで二人にやさしさを思い出させることが出来たのかもしれない。それが出来なかったのは私の不徳のいたすところだ。

 ただ私は、佐藤や鈴木にも、出来るだけ自分たち自身の心の内側から自らを見つめ直してほしかった。どうして他者を理解しようとする前に排除しようとするのか。軽い気持ちで放った自分たちの言葉やおこないが、どれだけ人を傷付けているか。その意味を、もっと真剣に考えてほしかった。

 けれども結局、私にはンガポコの反則的な力を借りるしかなくて、もしそうしなければ、きっとここまでうまくいかなかっただろう。それが少し、かなしくもあり、悔しくもあり、情けなくもある。

「ていうか名字で呼ぶのって何かカタいからさー、下の名前で呼んでいい?」

 じゃあ私もと、さっきまでのけんかが嘘みたいに、三人はもう呼び捨てでお互いに微笑い合っていて、その姿はまるで最初からいじめなんかなかったみたいだ。

 佐藤も鈴木も、ンガポコの力がなければ自分たちのおこないに気が付くことはなく、やさしい心を思い出すこともなかったのかもしれない。それはなんというか、途中の過程をすっとばして答えだけを書いた数学の問題みたいに、大事なことを見落としているような気がしなくもない。

 それでも今は、三人がこうして仲直り出来たことをすなおに喜びたいと思う。

「ほら、お千代も! 何ぼーっとしてんの?」

 そんなことを考えている間に、佐藤と鈴木、そして影山さんは、みんなで遊びに行く計画を立てていたらしい。「どこ行こっか?」とか「やっぱりタピオカは外せないよね」とか盛り上がっている。

 私は微笑って軽く謝ると、新しい友だちと新しい関係を築き始めた三人の輪の中へ、ワクワクする気持ちをそのままに入っていった。



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