第14話
「ねえ、ンガポコ。あんたにお願いしたいことがあるんだけど」
私がそう言うと、ンガポコは片眉を上げて、意外だという風に私を見返した。
「お願いしたいこと?」
「うん。言ってたでしょ? その気になれば人間を──人類すべてを操ることも可能だって」
私の言葉に不穏な気配を感じたのか、ンガポコはなにも答えることなく、ジッと黙ったまま、試すように私に続きをうながす。
「その力でね、あることをしてほしいの」
「千代美──」
「分かってる。人類を都合のいいようにコントロールしたり改変したりするのは危険だし、やっちゃあいけないことだって言うんでしょ? 私もそんなことはしたくない。でもンガポコの力が必要なの」
「……まず
ンガポコは少し困惑しているようで、私は彼女にどう説明したらいいか、頭を整理しながら答えた。
「……私の友だち──クラスメイトにね、影山さんっていう子がいるの。すごくおとなしい子で、ほとんど話しているのを見たことがないくらい。だから週一での朝の清掃係なんて嫌な仕事をみんなから押し付けられたり、まあ軽く見られているの。
でも……なんていうか、上手く言えないけど、彼女はとても
だけど私の友だちが彼女のことをいじめてて、影山さんはとてもつらい思いをしてる。クラスのみんなも、そいつらが怖くて誰も止めようとしないんだ。……それは私も同じ。
でもそれじゃ、影山さんはずっと傷付けられたまま、理不尽にひどい目にあわされ続けることになる。……そんなことってないよ。それこそ許されないことだよ。
だからンガポコ。お願い。私は彼女を助けたいの」
私のたどたどしい説明に、ンガポコは「ふむ」と頷いて続けた。
「事情は分かった。千代美はそのカゲヤマ=サンを助けるために私の力を必要としているのだな? それで、私にして欲しいこととは何だ?」
改めてンガポコに問われ、私は一瞬考えた。──本当にこんなことを頼んでいいのだろうか。私のひとことで世界中の人たちに影響を与えていいのだろうか。もしも人類が変な方向に歪んでいってしまったら。もしも世界がより悪くなってしまったら──。
だけどそんなことは知ったこっちゃない。グダグダ考えてためらってしまうより、今は考えなしでも行動するときだ。私は影山さんを助けると決めたんだから。
私はンガポコの瞳を見据えながら、腹をくくってはっきりと言った。
「──今よりもほんの少しでいい。誰もがみんな、お互いを思いやれるような、そういうやさしさを持ってほしい」
声にしたあとで「ああ、そうか」と、妙にストンと腑に落ちた。
ンガポコとの対話で、物語がどうの、対立がどうの、怒りがどうの、友愛がどうの、いろいろとややこしいことをお互い話し合ってきたけれど、今明確に言葉にしたことで、自分がなにを言いたかったのか、ようやくきちんと呑み込めた気がする。
つまるところ、それは『お互いに思いやりを持とう』というシンプルなことなのだ。
難しいことでも、複雑なことでもない、実に当たり前で素朴なことだ。素朴であるがゆえに、ついつい見落としておろそかにしてしまって、気が付けばみんな忘れてしまっているんだ。忙しかったり、悩み事が大きかったり、人生が思い通りにいかなかったり、つらいことやかなしいことが多すぎて。
でもその『思いやり』こそが、本当に大事なことなんだ。勉強が出来なくたって、運動が下手だって、コミュニケーションが苦手だって、大したことじゃない。他のだれかにやさしく出来るということこそが、いちばん価値のあることなんだ。
だからこそもう一度、佐藤や鈴木にも思い出してほしい。ンガポコの力を借りれば、それが出来るはずだ。
「……千代美の望みは分かった。私も君を信頼しているし、やれるだけのことはやってみよう。ただ──」
ンガポコは言い淀むと、自分の胸に手を当てて、小さくため息をついた。
出会ったときから常に動じず(朝の激辛ラーメンは除く)、落ち着き払った態度を崩さなかったンガポコが、初めてためらいがちに告げた。
「私には、君の言う思いやりというものが、よく分からないのだ」
だから、千代美の願いを叶えられるかどうか、正直分からない。そう言ってンガポコは、かなしそうに、申し訳なさそうに、私から視線をそらして目を伏せた。
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