第12話




 カーテンの向こうからスズメの鳴き声が聞こえる。何度もあっちこっち寝返りを繰り返しながら、昨日は結局ほとんど眠れなかった。頭の上に手を伸ばして時計を掴んで見ると、針は七時前を指していて、もうすぐ目覚ましがけたたましい音を鳴らす時間になっていた。そろそろ起きて学校へ行く準備をしなくちゃいけない。

 私はベッドから起き上がると、窓を開けて毎朝ベランダに来るスズメにあいさつをした。

「おはよう。チュン太郎」

 最後に目覚ましが鳴る前に起きたのは、影山さんと教室で話したあの日以来だ。ある意味、今日という日にふさわしいのかもしれない。

 そんなことを考えながら朝の空気を吸い込むと、身体のだるさと反比例して妙に回転し続けている頭が、ほんの少しクールダウンしたような気がした。

 階段を降りて洗面所で顔を洗い、歯をみがいて居間へ行くと、台所で朝ごはんを作っていた母親が少し驚いた顔で「おはよう」と声をかけてきた。

「珍しいわね。あんたが起こされる前に起きてくるなんて」

「スマホで動画見まくってたら眠いの通りこしちゃって」

 半分は本当だ。

「お? 千代美、今日は寝グセがついてないなあ。珍しい」

 父親は椅子に座ったまま、イヌを膝にのせていつになくはっきりとした目で、さりげなく私の様子に気を配ってくれる。

「なにを申しておる。御髪おぐしの乱れは乙女の恥ぞ」

 再度の姫キャラ挑戦(三度目)。でもその直後に冷蔵庫から取り出したペットボトルの麦茶をらっぱ飲みしたら、結局台無しかも。

 そうやっていつものようにふざけているつもりでも、両親は私の微妙な変化に気づいているらしい。言葉では茶化しながらも、言外に「なにかつらいことでもあった?」と表情で心配してくれる二人のいつものやさしさが、私の胸を暖かい気持ちで満たしてゆく。

〈あぁ。やっぱりお父さんはお父さんで、お母さんはお母さんだなぁ〉

 なんだか妙に嬉しくなって、私は「おなかすいた! ごはんまだー?」と、まるでピクニックを待ちきれない子供みたいな気持ちで母親に声をかけた。

「はいはい。この写真を撮り終えたらすぐ持っていくから」

 母親の微笑を横目に、私が椅子に座って父親の対面に座ると、父親はイヌのをスマホで熱心に撮っていて、このいつもと変わらない日常が、こんなにもやさしい勇気を与えてくれるのかと、私は二人からもらったぬくもりを形作るように、胸の前でギュッと手を握りしめた。

 ──大丈夫。私ならきっとやれる。

 つぶやいた言葉の緊張が顔に表れないよう、私は運ばれてきた朝食の前で、パチンと音が出るほど両手を勢いよく合わせると、大きな声で言った。

「いただきます!!」



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