第7話




 ……で、翌日の早朝。心地よいまどろみの中ですやすやと眠っていた私は今、どういう訳か駅のベンチに座って、眠気と低血圧とに必死で戦っている。

「体調は戻ったか? 出来れば次の電車に乗りたいのだが」

 私のことを気づかう素振りもなく、モモちゃんの中のンガポコが私を見下ろしながら言った。駅には部活の早朝練習に向かう学生や、仕事に行くサラリーマンなとが数人いるだけで、遊びにいくような格好をしているのは私たちくらいのものだった。

「……今何時?」

「午前六時二七分だ」

「……なんで私たちはこんな朝早くから動いているのよさ」

「昨日、私が君に色々聞きたいと言ったら、君は今日にしてくれと言ったではないか」

「言ったけどさぁ……」

 はあはあと肩で息をしながら、私の体調は最悪だ。疲労と貧血で目の前がチカチカしている。

「なにもこんな朝っぱらからじゃなくても」

「調べたいことがたくさんあるから時間を無駄にしたくない」

「だいたい今何時よぉ……」

「午前六時二八分だ」

 うぅ……しんどい。私は朝は弱い方ではないけれども、ぐっすり眠っているときに、いきなり携帯に電話をかけられて「今すぐ駅に来てくれ」なんて(しかもモモちゃんの声で)感情のない声で言われたら、無理にでも動かないといけない気になる。そんな頭も身体も起きていない状態でバタバタしたら、具合も悪くなるわよさ。

「やれやれ。致し方ない」

 そう言ってンガポコは私の隣に座ると、またもや私の頬を両手で包み込み、おでこを合わせてきた。

 次の瞬間、私の意識は湯船でうつらうつらするみたいにふわーっとどこかへ飛んでいって、全身がぽかぽかと暖かいなにかに包まれた。それはまるで陽だまりのぬくもりが身体の内側から火照っているかのようで、晴れやかな、雪解けの小春日和を思わせる心持ちが、私の胸から指先までくまなく広がっていった。

 あまりの心地よさに意識が落ちそうになっていた私は、ゆさゆさとンガポコに揺り起こされて、ようやく桃源郷から戻ってきた。

「え……なに? 今の」

 何が起こったのか分からず、とりあえず時計を見るも、針は六時半を差していて、大して時間は経っていないようだった。

「身体の具合はどうだ?」

「身体?」

 ……お? おぉ!?

「すっかりよくなってる!」

 驚きと信じられない気持ちを半々にしながら、私は試しに立ち上がって、どーんだYO! と踊ってみた。うん。全然問題ない。むしろ絶好調。なんで?

「私が一時的に君の身体に入り、体調不良の原因を解決したのだ」

「え……私の身体に、ってあんたさっき私の中に入ってたの!?」

「そうだ。ほんの短い時間ではあったが」

 お、おう……。マジか。あのふわふわした心地よさは、ンガポコが私の中に入ってきたときの感触だったのか。……なんかやだなー。

「君の体調不良は、血圧と血糖値の低下による目眩がおもな原因だった。そこで私は君の脳に働きかけ、アドレナリンを上昇させる信号を送らせたのだ。測った訳ではないが、血圧および血糖値は平常時の値になったはずだ」

「あんたたちってそんなことまで出来るの?」

「身体の状態も脳からの電気信号も、結局は『情報』だからな。それらを操作することは造作もない」

「……お父さんやお母さんも、そんな風にコントロールしたの?」

「その通り」

 あっさり認めた!

「君よりも多くのアドレナリンを放出させ『衝動的に怒りやすい』状態にさせてみたのだ。今は元に戻しているが」

〈ぐぬぬ……! 簡単に言ってくれるなあ! お父さんやお母さんの許しも得ず──許しを得るというのも変な話だけれども──勝手にふたりの脳やら精神やらをいじくり放題にして。そんなもんやりたい放題じゃないか〉

 私は今になってンガポコが言っていたことの恐ろしさを実感した。彼らはその気になれば人類を常にハッピーな気持ちにさせることも、反対に常に悲しい気持ちにさせることも出来るのだ。

「ただし、我々の介入は必要最低限にしたい。そのための有益な助言をよろしく頼む」

 私がンガポコに一言言ってやろうとしたとき、ホームに電車が滑り込んで来て、私の言葉を遮った。

 ……あれ? よく考えたらこれ、人類の未来は私に懸かっているってこと?



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