第6話




「エッ……!?(トゥンク)」

 モモちゃんってばいきなりそんな大胆な! うれしいけどちょっと待ってまだ心の準備がああでもやっぱり待たなくていいですモモちゃんとちゅー出来るなら今すぐにでもていうかなんで急に? ンガポコどこいった? そもそも今なんの話をしてたんだっけ? そうだモモちゃんとちゅーする話だなんだか熱っぽいなあたり一面百合が咲き乱れてるああいいにおいあたまくらくらぺっぺけぺ──。

 そこまでの思考に約一秒。モモちゃんは私に顔を寄せ、ふたりのおでこがごっつんこ。

 ──その瞬間、私の頭の中にが渦を巻いて強烈に入り込んできた。


 最初に感じたのは光だった。熱ささえ感じるほどの強い光であるにもかかわらず、不思議と眩しくはなく、おだやかな、どこか懐かしささえ覚えるような光だった。

 プールの底から空を眺めるようにその光をずっと見つめていると、やがて光は徐々にかたちを変え、うねりをもって私の周囲に拡散しながら、幾束もの極彩色の筋となって私を包み、通り抜けていった。

 その動きを追っていた私は、上下左右の概念を失っていることに気付いた。上を見つめていたはずの視界はいつの間にか下を向き、右半身の感覚は左半身に、左半身の感覚は右半身へと、刹那の間に目まぐるしく移り変わってゆく。頼りない五感に光の細糸が絡み、ほどけていったその直後、虹色に千変万化する光の奔流が巨大な大波のごとく怒濤に押し寄せてきて、私を一息に呑み込んだ。

 ゆりかごの光輝に包まれ、身体の輪郭が徐々にぼやけてゆく。自身と外部の境界が曖昧になり、私という存在は光の中へ溶け込んで──。


「起きろ」

 モモちゃんの声で、私の意識は現実へ戻ってきた。めまいのする視界が少しずつ焦点を取り戻していって、私はようやく五感を取り戻した。

「なっ! えっ!? なに今の!?」

情報知性体連合われわれの本来の姿だ」

「あのキラキラッて光ってぐわーってきてぐにゃーってなるのが!?」

「そうだ。キラキラッて光ってぐわーってきてぐにゃーってなるのが私たちだ」

 なんてこったい。あんな光の渦に巻き込まれたらひとたまりもない。光に包まれていた間は、不思議と不快感はなかったし、むしろ全能感に満ちた身体からは悦びがほとばしるくらいだったけれど、だからこそ、一度呑み込まれたら絶対に戻れないだろう。

 ──でもそうだとしたら、モモちゃんは?

「モモちゃんは!? モモちゃんはどうなったの!?」

「心配はいらない。私がこの身体を借り受けている間、モモ=チャンの意識は休眠させてある。もちろん必要な調査がすみ次第、速やかにこの身体と意識を返すつもりだ」

 ……落ち着け。素数を数えて落ち着くんだ。どうやらモモちゃんに危害はないらしい。しかし彼女のにいるやつは、本当に地球外生命体なのかもしれない。モモちゃんがおかしくなっただけなら、あんなな光を私の意識に流れ込ませることなんて出来ないからだ。いずれにせよ、ここは彼女(?)の話が真実だと仮定して話を進めるしかない。……ところで一って素数だっけ、どうだっけ?

「えと……、とりあえずいくつか質問したいんだけど、いいかな?」

「もちろん」

「どうしてモモちゃんを宿主? に選んだの?」

「我々のメッセージを受け取った君が、最初にそれを見せた人間こそ、モモ=チャンだったからだ。

 君がメッセージを誰かに見せる。するとそこに情報の流れが生まれる。メッセージを見せられた人間は何ごとかを考え、そこにも思念が生じる。それらは情報、思念の川となり、そうやって私はモモ=チャンにたどり着いたのだ」

 つまり私が、SNSに書き込まれていた「ンガポコ」というメッセージを見せたことで、モモちゃんは訳の分からない宇宙生命体に寄生されることになったのだ。……ごめんなさい、モモちゃん。あなたは私が絶対取り戻す!

「……そもそもメッセージを受け取ったのがどうして私なの?」

「たまたまだ」

「たまたまなんかい」

「たまたま君の髪が我々のメッセージを受信するのに最適な形状をしていたのだ」

 あのつのつのか!! ──案外、宇宙人からのメッセージだったりして──という父親のドヤ顔が頭をかすめる。落ち着け……素数を数えて落ち着くのだ。落ち着……無理。やっぱり素数なんか数えたって落ち着けない。深呼吸しよ、深呼吸。ひっひっふー。ひっひっふー。

「でもあなたの言うとおりだとすれば、モモちゃんじゃなくて、私に宿りそうなものだけど?」

「君には我々のメッセージを最初に受け取った人物として、別のことを頼みたい」

「別のことって?」

「今の私──モモ=チャンの状態を見てもらえれば分かると思うが、我々は宿主を自在に操れる能力を持っている。それこそ本気になればこの星の人類をすべて操ることも可能だ。

 しかし、我々はそんな非道な行いを断じてしたくはない。先にも述べたとおり、我々の望みは人類との共存共栄なのだ。かといって君たちの科学レベルで我々の存在を公にしてしまえば、大きな混乱が生じてしまう。事は秘密裏に行う方が望ましい。

 とはいえ、人類にもある程度我々にとって有益に働いてもらう必要がある。我々のメッセージを誰にも見せず消去されてしまっては、結局我々が生息出来る環境が整わないからだ。

 そこで君には、我々がどの程度、人類の文化やネットワーク、情報網やコミュニケーションに介入していいか、調整をするための意見を聞きたいのだ」

 ふむ。要するに私に地球人とンガポコたちとの橋渡しというか、アドバイザーになってほしいと言っている訳か。そんな大事なことを私にまかせていいの?

「モモ=チャンの意識と身体を借り受けて少し調べてみた結果、君たちのネットワークにおいてもっとも情報を拡散させやすいのは、大きな感情の発露、ことに怒りの爆発が非常に効果的であるという結論を得た」

「え」

「幸い君はモモ=チャン以外にも我々のメッセージを見せてくれた人間がいたようなので、昨日、限定的に介入してみたのだ。対象が君と同居している親族であるという点も、我々にとって好都合だった」

「まさか」

「今朝の君の両親は昨日の彼らと多少様子が異なったと思うが、君にとって許容範囲かどうか、率直な意見を求めたい」

「……お……おぉ……」

「お?」

「オマエノ! シワザ! ダタノカ!!」

「言葉が急に片言かたことになったのはなぜだ?」

「カタコトにもなるわ!!」

 前言撤回。私がアドバイザーにならないと地球がヤバい。

「とりあえず、私の両親にしたなんやかんやを解除して。元のとおりに」

「問題があったのか?」

「むしろ問題だらけ」

「了解した」

 はぁ……。ホッとしたような、力が抜けたような。

「他にも君からの助言を聞きたいのだが」

「うん……。分かったけど、明日でいいかな。ちょうど休みだし。今日は色々あって疲れた……。ホントに……」

「了解した。それからもうひとつ君に聞きたいことがあるのだが」

「まだあるの……?」

「君の個体識別名称を教えてもらいたい」

安斎千代美あんざいちよみ!」

 戦車は動かせません!







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