5
「ごめ~ん、遅くなった~」
唐突に頭上から降ってくる声。
目を開けて右上に視線をやると、ブレザー姿の少女がもじもじしながら、少し遠巻きにこちらを見ていた。
「おー、きりこ、お疲れ~」
言いながら中空を操作して、新しく椅子を出現させるこずえ。「ありがとー!」ブレザーの少女――きりこは礼を述べながらこちらに駆け寄ってくる。それから自身の背後辺りに手を回し――おそらく現実の椅子と今しがた出現した椅子との位置を調節しているのだろう――しばらくごそごそした後に腰かけた。
「委員会が長引いてさー」
申し訳なさそうな表情と、その言葉に合わせて頭の猫耳が上下する。ぐったりと椅子にもたれるきりこ。うなだれる尻尾。なんとも気の毒に思われる。
「も~~疲れたよ……」
彼はテーブルに突っ伏そうとして――「ぐへっ」変な声を漏らしながら空を切った。「おー、大丈夫か」言いながらのこずえの笑い声に、「う、うん……」はにかみつつ頭を起こすきりこ。僕が言うのもどうかとは思うけれど、彼は少し……だいぶ抜けている所がある。
きりこ――本名は片桐浩一という――の黒猫娘のアバター『桐子』ちゃんは、例によってきりこ自身の自作のアバターだった。黒猫をモチーフとしているため髪も尻尾も真っ黒なものの、毛先だけはかすかに紫赤みがかっていて、そこだけが炎のようにゆらゆらと揺らめいている。黄金色の瞳に、話すたびに口元からちらりと覗く八重歯が愛らしい。なんとも彼の趣味全開な桐子ちゃんは、彼曰く"火属性"なのだそうだ。
「文化祭……えーっと、文化祭実行委員会だっけ」
「そうそれー! ほんとは六時には終わるはずだったんだけどさぁ~……」
僕が聞くと、彼は八重歯を見せながら堪りかねたようにそう答える。まだ5月なのに大変だなぁ、そうこずえが呟くと、「ほんとだよ~、てか、今って何時? まだ夕飯食べてない」「八時だなー」こずえの答えを待たずに彼は右の空中に手をやって、またごそごそやって、何かをつかむような形に固定された手をそのまま口元に運んだ。口をもぐもぐとしながら幸せそうな表情を浮かべる桐子ちゃん。なんとも和む光景……現実のきりこは三白眼気味でかなり目付きがきつく、本人もそれがコンプレックスなのか、桐子ちゃんはかなり印象柔らかく作ったらしいこともあり、現実の彼とのギャップがいつ見ても面白い。
「むっ……、ほいで、何の話してたの?」
やがてひとつめの何かを食べ終えたらしいきりこが、改めて当初の目的を思い出したようで、もぐもぐしながらこちらに訊ねる。こずえとこちらで落ち合った際、きりことみづきにも連絡を入れていたが、詳しいいきさつについては言及していなかった。みづきはまだ来ていないけれど……と、僕がこずえを見ると「まぁ勿体ぶるのもなんだな」「そうだね」彼も僕と同じことを考えていたようで、僕たちはこれまでのいきさつを説明することにした。
こずえの独白、それから折々で僕が補足を入れながらの説明に、きりこははじめ僕たちの頭上に視線を漂わせながらふーんと耳を傾けていたが、話が進むにつれ徐々に目を見開いていく。
「な~にそれ~! 面白そうじゃ~ん」
「だろ~~」
しまいに意気投合するこずえときりこ。
そういえば、確かきりこは以前からこういうたぐいの話が好きだった覚えがある……。要は都市伝説とか、旧市街がどうこうとかなのだが、前にみづきと一緒にそういうのを調べてたなぁ、そんなことを思い起こしながら、僕はぼんやり二人を眺める。
昼下がりのカフェテラス――日差しや環境音、遠くに見える背景グラフィックもあり、どこか時間がゆっくり流れているようにも感じる。願わくは、こんな時間が永遠に続けばいいのに、脳裏のどこかでそう首をもたげたばかばかしい思いを、僕は頭を振って振り払う。
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