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難しいことを考えているとき、こずえは大抵窓の外の遠くの方をぼんやり眺めている。そんな時、彼に話しかけても、大概今一つ歯切れの悪い返事をするばかりなのだ。そう最近気が付いた。気付くのにだいぶかかってしまった自覚はある。
彼は話が巧く、だから外面を取り繕うのも巧いので、一応外目には会話は成立しているものだから、たぶん彼がそういうたちなのだと気が付いている人はそれほどいないと思う。彼と付き合いの長りきりこと、みづきと、高宮さん、それから担任の須賀先生も知っているのだろうか。あとはたぶん誰も知らないのだろうな。と、そこまで思いめぐらせたぐらいにようやく彼は沈黙を破り、「……あー、ええと」口を開いた。普通なら外目に会話を取り繕う筈の彼を今こうまで黙らせてしまったのは他ならぬ僕だから、ひどく居たたまれない。
「普段からお前は、部活のために西講義棟から中央棟への連絡通路を渡っている。最近になって、その連絡通路だけ妙にARの配信が重いことに、お前は気づいた。調べてみたら、どうやら隣接しないはずのエリアのコンテンツがキャッシュとして読み込まれてたらしいから、一緒に調べてみないか……って言いたいんだよな。合ってる?」
「うん……、ごめん、……ごめん、よく考えたらそんなに変ってことはないかも……」
僕の、まるで要領の良くない説明を懇切に聞き出し、断片的な文言からここまで状況を汲み上げて理解できるのだから、彼は大したものだと思う。今までそれに甘えて迷惑をかけてしまっていて、……たぶんこれからも掛けてしまうのだろうか。
それに……またどうでも良いことを持ちかけちゃったな、こずえに状況を整理して貰ったからか、自分がひどくどうしようもない細かいことを気にしてしまっていたのではないか、後悔の念が沸き上がってしまう。
「いや」
短い否定。勝手に小さくなっていた僕が、あれっ、と思っているのをよそに、彼はそれからまた少し黙り込んでこめかみに手を当てる。それから机の上にぐんにゃりと突っ伏した。なんだかスライムみたいだ、僕が失礼なことを考えていると、彼は伏せたまま唸る。「うーん、変っていうか……」くぐもった声。
「その、隣接してない筈のエリア、ってのが、なんつってたっけ? えーと」
「西講義棟117階、課外活動区画、えー、北側連絡通路……」僕は手元に開いた画面を急いで読み上げ、それから各所をつついて新しく画面を開き「ログもあるよ。これ」こずえに対して可視化して彼の方に寄越す。ARコンテンツのダウンロードログ――。
「ここ……十九時四二分のとこ……」
画面をスクロールして指を差すと、こずえは伏せた顔を持ち上げて画面をじっとりと睨みつけた。それからまた数瞬間の沈黙が降りる。
僕が言葉を続けあぐねていると、彼はしばらく画面を眺めた後に、ふいに視線を外した。それから難しい顔をして、またぼんやりした後、今度は中空に手を差し伸べてなにがしか操作を始める。
やがて彼は手を止めた。
「見て、これ。課外活動区画は……」
僕の視界に新しく一つの画面が表示される。こずえが僕に可視化したのだろう。西講義棟の全域を映した立体地図だった。しばらく眺めて、――。
「あっ!」ない。
表情から気付いたことを読み取ったのか、こずえはこくりと頷き、画面を戻して再び画面をいじり始める。
「西講義棟に、課外活動区画という場所がそもそもないな。学校自体でかいからわけわからんくなりがちだけど、課外活動区画があるのは中央棟と北講義棟、東講義棟、それと課外活動棟だけだなー。それから……これ」
彼がこちらに向けた画面……全校ARコンテンツ配信システムのドメイン検索画面。画面上部のタブで西講義棟が選択されている。ドメイン一覧の中程、こずえが指差す先に、『課外活動区画』という文字を認める。
「ドメインが……」
「うん、割り当てられてるな。へぇ……、この分だと、設備の予約もできちゃいそうな気がするなぁ……」
同じ画面をのぞき込みながら「もしかして設備の借り出しとかもできんのかなぁ……」ぶつぶつ呟くこずえの方をふと伺うと、だんだんと彼の口角が持ち上がっていく。と、彼の視線がこちらを向いた。
「放課後空いてる? 行ってみようぜ!」
端正な顔が楽し気な笑みを描いている。
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