同じ顔なら愛のある女になれるもの

ちびまるフォイ

タイトルで純愛と書いたな。あれは嘘だ。

「ちょっと、こんなところにカッター置かないでよ」


「今片付けようと思ってたのーー」


「もうこんなに雑誌も散らかして……なにしてるのよ?」


「お母さんには関係ないでしょ」


鏡を見ながら雑誌の切り抜きを参考にメイクをしていく。

唇は厚めに、眉毛はやや太く、目が大きく見えるように。


「こんな感じかな。ってもうこんな時間!?」


「あんた片付けは?」

「ごめん、もう出なくちゃ」


家を慌てて出ると彼との待ち合わせ場所に向かう。

メイクが崩れないように汗をかくわけにはいかない。


「ごめん、電車遅れちゃった」

「いいよ。じゃ行こうか」

「そ、そうだね」


彼の反応が楽しみだったが普段と変わらない反応だった。

ランチを一緒に食べながら彼の視線を伺う。


「ねぇ、今日ちょっとメイク変えたんだけど……どうかな?」


「ん? あーー。まあ、いいんじゃね?」


「前に女優の神田原みすずさんがカワイイって言ってたでしょ?

 ちょっとメイクを近づけてみたの。アイライナーがポイントで……」


「あのさ。はっきり言うけど、お前じゃ似合わないと思うよ。

 そもそも顔つきが違うじゃん。今のお前って、人のコスプレみたいだもん」


「えっ……」


急に息苦しくなった。


「そうだよね……ごめん……」


「謝るなよ。俺が悪いみたいじゃん」


その日の夜は一晩中泣き崩れた。

翌日は目が真っ赤になり学校も休みにした。


「はぁ……もう死にたい……」


スマホの画面に一瞬映る自分の顔が女優だったらいいのに。

友達に愚痴を言っていると思わぬ返信が返ってきた。



『 それなら顔プリンターしてみれば? 』



顔プリンターが家に届くなり使ってみることにした。

憧れている神田原みすずの画像をプリンタから出力させると、

1枚の紙に印刷されたでかい画像が出てくる。


『 それを顔に1時間貼り付けるの。パックみたいな感じ 』


紙を顔に貼り付けて1時間。紙を剥がすと鏡の中には別人がいた。


「うそ……これ神田原みすずじゃん!!」


ノーメイクでもびっくりするほど似ていた。

あまりの嬉しさに街に出てみると、これまでと扱いがまるで違う。


「あの、今どこか芸能事務所って入っていますか?」

「ねぇ君カワイイね。芸能人とか? お茶しない?」

「君みたいにキレイな子をプロデュースしているんですが」


「いいえ、けっこうです」


こんなにも気持ちいいことはない。

今私は女優と同じ扱いを受けているんだ。


彼にもこのことを嫌味なく伝えたくてわざと写真を送った。

彼からの反応はこれまでで一番早かった。


『え!?!?! 神田原みすずだ!! 超カワイイ!!!!!』


>すごいでしょ。顔プリンターっていうの。今若い子はみんなやってるよ


『明日会おうよ!! なんでもごちそうする!!』


一転して姫扱い。悪い気分じゃなかった。

次の日の彼は付き合いたての頃のように王子様で果てしなく優しかった。


「ねぇ、私カワイイ?」

「当たり前だろ」


「神田原みすずとどっちがいい?」


「お前に決まってる。同じ顔をしているなら、

 心に惹かれて好きになったんだから、お前のほうがいいに決まってる」


「ありがとう!!」


しばらくは彼も優しくて私が求める言葉をいつも与えてくれた。

しだいにその言葉の頻度が少なくなる頃。


「このCMに出てる子って誰だろうな」


「飲料水の?」

「そうそう」


「水宮しずく、だって」

「カワイイよなぁ……」


「神田原みすずは?」

「どっちかっていうとビッチ顔じゃね」

「びっ……」


私は顔プリンタで次なる女優の顔を貼り付けた。

彼の態度はまた劇的に変わってくれた。

顔に合わせるために中学生から伸ばしていた髪もバッサリ切った。


「おおおお!! すげぇカワイイよ!!」

「でしょ!」


彼が喜んでくれるのが嬉しかった。

デートで街にいくと、そこには量産された水宮しずくが歩いていた。


「すごい……みんな同じ顔してる……」


「まあ、今どこのドラマやCMでも出てるもんな」


上下同じ服の人と会ったような気まずさを感じたのは私だけだった。

さっきまで私に送っていた熱視線は道を歩く水原しずくへと向けられる。


「ねぇ、誰見てるの?」

「いや似てるなーーって」

「私だって同じ顔でしょ?」


それからというもの、彼からの言葉がだんだん信じられなくなった。

そのことを友達に話しても反応は薄かった。


「彼って私のこと好きなのかなぁ……」


「それじゃ元の顔に戻って聞いてみたら?

 元の顔に戻っても好きだったら本当なんじゃない?」


「それは怖いよ。もし拒絶されたら立ち直れない」

「モデルの彼氏持ちなだけ幸せでしょ?」


私の嫌な予感はだんだんと現実を侵食し始めた。

わずかな時間でも会っていたのに、忙しいとはぐらかされ始める。


「私は彼女なんだし……別に会いに行くくらい……」


私は必死に水原しずくに寄せて彼へサプライズで会いに行った。

家には親が出てきた。


「うちの子なら、友達と街へ行くって言ってたよ」

「そ、そうですか」


忙しいと言っていた言葉が嘘だと知った。嫌な予感は足を止めてくれない。

街で彼を見つけたときにやっと足は止まった。


「うそ……私と……歩いてる……?」


彼は笑いながら、私と同じ顔をした女と手を繋いでいた。


「ちょっと! あなた誰!? 私のふりをしないで!」


「あ、あんたこそ誰よ……!?」


「その声……!」


聞き馴染みのある声ですぐにわかってしまった。

私の顔をした友達だった。


「なんで……なんであなたが私の顔してるのよ!?」


「それは……あんたが彼の気持ちを確かめたいって……」


「私の顔をする必要はないでしょ!? それに頼んでなんかない!」


「でも彼はあんたのこの顔で、私の心で、私を好きと言ってくれたわ。

 あんたがもとの顔に戻っても私の下位互換でしかないわよ」


「そんなことない!! 彼は私を好きって言ってくれた!!」


私の顔をした友達は私の顔で笑った。


「あはは。まだ知らなかったんだ。あんたのこの顔、今が初めてじゃないの」


「え……?」


「あんたが付き合ってるころから他の友達も、私も、みーーんな

 ちょくちょくあんたの顔で彼と会っていたのよ」


「うそ……」


「彼にあんたの見分けなんてついてないわ。みんな同じ顔。

 あんたがどれだけ女優の顔にしても、元の顔にしても同じ。

 大多数のスペアのひとつにしかすぎないんだから」


「うそよ……そんなのうそよ……」


「だから、あんたも一緒に彼をシェアすればいいじゃない。

 私達友達でしょ? ひとりじめなんてずるいわ。そうでしょ?」


彼は見かねたようにやってきた。


「おい、何いがみ合ってるんだよ。あいり」


彼が私の名前を呼んだ。

そして肩に手をおいたのは私の顔をした友達だった。


「本当に……見分けついてないの……?」


「え? 誰だよお前。最近みんな同じ顔だから見分けつかねぇんだよ」

「行きましょ」


「それは私の顔! 私だけの顔よ! 私の存在を奪わないで!!」


「なんだこのヒス女」

「さあ?」


彼と私の顔をした女は逃げるように去ってしまった。

私は愛されていた。少なくとも私の顔は彼に愛されていた。


なのに、私が顔を手放したせいで偽物に私の居場所を横取りされてしまった。


私の顔は私だけのものなのに。

彼はもう同じ私の顔を区別することはできない。


私は家に戻った。






「ちょっと、こんなところにカッター置かないでよ。

 あんた前にも片付けるって言って……きゃああああ!!」


母は私の顔を見て悲鳴をあげた。


「あんた……あんた、自分の顔になんてことをしてるの!?」




「これで私の顔だって……区別がつくでしょう?」

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