短冊に願いを忍ばせて

影宮

織姫と彦星

 笹に飾りに、短冊に。

 それを首を傾げて眺めている。

 ぶら下がっている短冊に手を伸ばし、そこに書かれた文字を読もうと試みた。

「才造は書かないの?」

 隣からそう聞こえた嫁の声に短冊から目を離す。

 その手には、色違いの短冊と筆。

「不思議そうだね。」

「また人間の祭りか?」

「元々は異国の祭り。これに願い事書いて笹に飾るんだってさ。」

 嗚呼、だからさっきの短冊には願いが書かれていたのか。

 それも…忍いろはで。

 普通に書けばいいものを。

 受け取って、さて何を書こうかと悩む。

「こんなもんに書くほどの願いはないんだが?」

「『こんなもん』って言わないの。叶うかもしんないよ?」

 まぁ、内容によっては見た奴が叶えてやれるようなもんだ。

「織姫と彦星が一年に一度会えるって話。」

「何処だ。」

「夜空。天の川。」

 窓から夜空を指差していう。

 今夜は丁度晴れていて、天の川がよく見える。

「死んでんじゃねぇか。」

「やめて!?ほら、お空の上の世界でしょうが。昔の人間様が作った話だけど。」

 短冊を笹に飾りながら、そんな忍らしい会話にさえなる。

 空の上に世界はない。

 あるとすればあの世の話。

「で、何故一年に一度なんだ。」

「簡単に言うと、結ばれたお二人さんが仕事そっちのけでイチャついてるからお叱りを受けた、ってこと。」

 つまり…馬鹿か。

 忍が駆ける世も終わった今、その二人のようにはならんで済む。

 あの時代で、よく我慢したものだ。

 夜影は兎も角、ワシはその二人並にはなりそうだったしな。

「良かったね、才造。こちとらが仕事中毒じゃなかったら、お空のお二人さんみたいになってたかもよ?」

 同じようなことを考えてたらしい。

 ただ、夜影が言うとあの世行きだと言われているようにしか聞こえない。

 日ノ本一の戦忍なだけあって、どうもな。

 いや、そもそもワシらが忍な時点でどっちもどっちだ。

「何書いたの?」

「自分で見ろ。」

「え、手の届かない短冊をどうやって見ろって言うの?」

 わざと夜影の背丈より上にやったせいだ。

 笑ってその頭を撫でてやる。

「毎年、何かが増えていくな。お前のおかげで。」

「何か、って。」

「毎年二人でしたいこと、だ。」

 人間の伝統文化らしいそれらを、忍のワシらがすることじゃない。

 それでも、もうその時代は終わった。

 憧れるように、夜影はそれらを知って調べて持ってくる。

 毎年、一つずつそれが増えていく。

 その喜び、幸せを夜影が人間のように感じていたいなら、ワシもそうしていたい。

 忍や武士の時代は終わった。

 あとは、この時間を共に過ごすだけ。

 ワシの願いは、再び忍として血を浴びる時代が来ないこと、だ。

 あの闇は、夜影を狂わせる。

「才造?」

 不安そうな声がワシを我に返させた。

「なんだ?」

「おっかない顔をしてんね。」

「元からだ。」

「あらそう?そりゃ失礼しましたー。」

 ケラケラと笑い、安堵を見せる。

 抱き締めてやって、その体温を知る。

 夜影の短冊には、『来年もまた二人で七夕ができますように』だった。

 いつもそうだ。

 夜影は願い事をする度に、「来年も」と願う。

 それは確かに怯えを示していた。

 人間が願う、「来年も」とは違う重みがあった。

 来年には、もうこの幸せが失せているかもしれない。

 来年も、再びできるとは限らない。

 仕えていた武家が滅んだように、その何かが終わることを、ずっと怯えている。

 始まりでさえ、怯えていたというのに。

 夜影ほど、生死を知る者はおらん。

 終始がどんなもんかを知っている。

 だからこそ、怯える。

 これが治る時がくればいい。

 怯えながら、幸せにすがりつかなくてもいい。

 ゆっくりでいい。

 一年に一度の、一つひとつ全てに怯えなくてもいい。

「才造、やっぱり何かあるよね?」

「ない。」

「おっかない顔をしなさんな。」

 ぎゅっと抱き締め返す手が震えている。

 もしかしたら、お互い様かもしれんな。

「さて、飯を食うか。」

「七夕だから、お星様のちらし寿司にしたよ。」

「毎度思うが、お前凄いな。」

 ニッと嬉しげに笑う顔が、いつまで続いてくれるか。

 織姫と彦星とは真逆だな。

「織姫、今夜は寝れそうか?」

「彦星、朝が起きれそうにないね。」

「なら、寝坊でもするか。」

 星空でも眺めて、天の川を渡る二人でも探そうか。

 そんな忍らしくもない会話が続いていく。

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短冊に願いを忍ばせて 影宮 @yagami_kagemiya

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