受け止める少年

「えぇっと………冗談? って感じでもないよね」


 分かっていたことだ、唐突にそんなことを話しても困惑するだけだ。全くいきなり何を言い出したんだろう、私は。そう思いながら何とか取り繕おうとしたときだった。


「もし良かったら聞かせてくれないかな、それで藤城さんが人に助けを求めない理由が分かるのなら僕は何度でも聞くよ」


 体を前のめりにして私に説明を促す海原くん、それが影響したのか、ふと私の心に変化が起きた。ここで誤魔化すべきではないと、逃げては駄目だと、心のどこかの私がそう叫んだ。先程までの投げやりだったそれとは違う、別の何かが私を奮い立たせた。だから精一杯の説明をした。


「例えば………私に対して何か感情をもったらその人の感情が音になって伝わってくるの、私はその音が嫌い。私の気も知らないで勝手に奏でてきて五月蝿いし………何より人の心を………本当の心を知ってしまうから。だからあまり人に助けは求めたくなかった、どうせ偽善だって………知ってしまう……から」


 説明はところどころ愚痴に近くなっていたし、そもそもこんな訳の分からないことを言ってまともに聞いてくれるとは思わない、けれど、それでも言葉は止まらずに流れ出た。迷惑だと言うのは分かっている。いくら話を聞いてくれるからって、優しさに甘えて相手にこんなことを話すのは間違っているということも分かっている。だけど、私は喋り続けた。今まで誰にも、親にだって話せなかった本音を、誰かに聞いて欲しかった本当の音が私の部屋で演奏をした。ひどく自己的で拙い演奏だった。けれど、私の前に座る一人の観客は最後まで聞き続けてくれた。何も言わずに耳だけ傾けて、ただ静かに。


「…………これが私の本音、いきなり何を言い出したのかと思ったよね………、ごめん、でも話したかった。………その、海原くんが初めてなの、私に対して音を鳴らさないでくれたのは。だから興奮したって言うのかな………あはは………、本当にごめんね、さっ、話してるうちに怪我の手当も終わったことだし日が暮れる前に帰った方がいいと思う、玄関まで送るからさ」


 嫌われただろう、おかしい奴だと思われただろう、訳の分からないことを口走ったと思ったらいきなり帰れ。どうしようもなく狂っている。だけどこれ以上は我慢出来なかった。これ以上彼といるときっと私はさらに酷い本音を吐き出してしまうから。たった一度手を差し伸べて貰っただけの私が、そこまで甘えていいはずがない。気まぐれで手を差し伸べただけ、彼が私に声をかけることは今まで通り、そしてこれからも無いはずだ。これで良い、そう、これで良い。心に封を掛け立ち上がろうとしたその時だった。


「…………藤城さん、僕も君に言わなきゃいけない事が出来たんだ」


 誰かがそう言った。この部屋には自己中心的な馬鹿女と気分が悪くなるような本音を聞かされた男子が一人、だから誰が私にそう言ったのかは明白だった。


「………………いきなりそんな話をされて、正直なところよく分からなかった。それ以前に僕が赤の他人に対してここまで踏み込めるだなんて思わなかった。ここまで面倒くさいことに巻き込まれるとも思ってなかった、だからここで僕が楽をするために取る選択肢はさっさと帰ることなんだと思う」


 そこで彼は一呼吸、何かを区切るように、決意を固めるかのように、間を置いて再び話し始めた。


「だけど、もしそれが藤城さんの今後を左右する出来事になるとしたら、それを僕の選択で良い方向へ向かわせることが出来るなら、例えこれが自惚れでも偽善だったとしてもそれを見過ごすのは………出来ない」


「……僕は藤城さんと友達になりたい。藤城さんが今まで人に話せなかったことを全部聞いて、それで君が独りじゃなくなるのなら、僕は君の友達になりたい……!」


 友達、私が過去に突き放してそのままにしたもの、今更求めるのは間違っているかもしれないが、それでも彼がそれを許してくれるのなら―――――――


「……………よろしく………お願いします」


 私は震えた声で彼が差し伸べた救いを掴んだ。

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