疑問と焦燥

 まただ。ゲームセンターの入口で不良に絡まれる。これで今週二回目だ、しかも同じ奴らに。


「ねぇ、いいじゃんかぁ。喫茶店とかでお茶でも飲みませんか? って言ってるだけじゃんなぁ?」


「ちょ、お前、喫茶店とか古臭すぎ(笑)」


 彼らの耳障りなドラムの音が聞こえる、自分に酔っていることが目に見えて……この場合は、耳に聞こえて、だろうか? まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかくうるさい、一人でもうるさいのにそれが三人分あるのだ。それに加えてほとんど同じリズムなのが更に私を苛立たせる。もちろんそんな奴らとお茶をするつもりは毛頭ないので、無視してその場を去ろうとする。前だったらそのまま逃げられたのだが…………。


「逃げないでよ、別にいじめるわけじゃないんだからさ」


 道を塞がれ、ついでに腕を掴まれる。相手が女子だということを理解しているのだろうか? 逃げられないように相当強く掴んできている。ギリギリと音を立てそうなくらいだ。だが顔には出さないし、声も出さない。そんなことをすれば英雄気取りのお節介焼きが現れてもっと喧しくなる。だから自力で逃げたいのだが………。が、屑でも男子ではあるようで、中々振り解けない。しかも何やら引っ張って路地裏へ連れて行こうとしている。さっきまでの喫茶店はどこへ行ったのやら、だがそろそろそんな冗談も言っていられなくなってきた。男子が女子を裏路地に連れてこうとするなんてどう転んでもろくなことでは無い。だが、どれだけ頑張っても腕は振り解けない。ジリジリと近づく路地裏、本格的にヤバい雰囲気になってくる。周りには誰もいない、不良が影になっていて振り向くことは出来ないが音がしないのだ。つまりこれは誰も私に興味を示していないということで―――――




「おい、その女の子から離れろ」


 うわビックリした。声をかけるにしてもいきなり来ないで欲しい、せめて音を鳴らし……て?

 私の場違いな文句は途中で疑問へと変わった。音が聞こえない? いや、そんなハズはない。だって感情に私が関わっている以上、私に音が聞こえるのが必然だ。


 そんな疑問だらけの私をよそにリーダー格らしい男とその男子が口論を始める。


「なんだよ、偉そうに」


「偉そうなのはどっちだよ、痛がってるじゃないか、離せよ」


 この男子は……確か、同級生の………海原……何だったか。苗字しか思い出せない、けど音を鳴らさない人に助けて貰えるのなら大歓迎だ、はやく助けろ。


 そんなふてぶてしい態度で救助を待っていると……


「ほら、行くよ」


 中々腕を放そうとしない不良に業を煮やしたのか、無理矢理引き剥がして、私に手を差し出してきた。彼には申し訳ないが、中学の頃は声すら聞いたことが無かったので、こんな大胆なことをするなんて思いもしなかった。


「う、うん」


 普段は出さないような声を出してしまった、少しだけ恥ずかしい。けどこれでようやく不良から逃げることができ……ないよね。


 当たり前だが不良は獲物を逃がさまい、とぎらついた目をしながら道を塞ぐ。


「おいおいおい、格好つけたいお坊っちゃんよぉ? 勝手に連れていこうとすんなや」


 さっきまで自分に酔っていた奴には言われたくない言葉だが、音楽の変化から相手がイラついていることを理解することができた。というか最早顔に出ていた。しかし、それでも、彼は手を離さなかった。


「あぁ、分かったよ。連れていかれたくないんだろ? それじゃあ――――っ!」


 唐突に手を離された、と思ったら勢い良く背中を押された。私はもちろん不良も予測出来ていなかったのか、そのままの勢いで不良が作る壁を越えてしまった。


「ほら、走って!」


「えぇ!?」


 言われるがままに走り出す。だが運動が苦手なことに関しては横に出る者がいないこの私、走り出したところで、すぐに捕まるだろう。


 しかし、そんな予想に反して中々捕まらない。どれくらい後ろにいるか、確認したいが怖くて振り返ることが出来ない。


 そして道行く人からは不思議そうな視線と素っ頓狂な音楽が飛んでくる。女の子が追われているんだからもっと危機感のある音でもいいのではないか。と、文句を言いたいところだがその小言は胸にしまっておくことにする。そんなこんなで走り続けて数分――――



「ハァ……ハァ……やっと……撒いた……の………かな?」



 音が聞こえなくなったことを逃げ切った証だと思い、ようやく足が動きを止める。ふふふ………やれば出来るではないか、しかしこれも彼が不良の意表をつく作戦を考えてくれたからだ。あぁ、人にお礼をするのなんて何時ぶりだろうか。上がった息を整えながら後ろを振り向く。


「ハァ……フゥ、 ありがとう、海原くん。おかげで助かった……わ?」


 そこには誰もいなかった。てっきり後ろを走っているものかと思っていたが…………


 ここで一つの問題が出された。


 さて、何故運動神経が劣悪な女の子が逃げ切れたのでしょうか?


 何故道行く人は不思議そうな視線と素っ頓狂な音楽を飛ばしていたのでしょうか?



 答えは簡単、最初から走っていたのは忙しなく走る女子一人だけだったから。


 明確、彼が囮となったから。


 瞬間、私は焦燥に満ちた顔でゲームセンターへと向かっていた。


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