第5話・パチンコ店の駐車場

 塾で受け持つのは中一特Aクラスだが、その中でもランク分けがされている。学習内容についていけない生徒には、特別な措置が必要だ。ひとり、やんちゃな坊主がいて、地はかしこいのだが、やる気がない。そこでオレは、「今度のテストで100点を取ったら、なんでも言うことを聞いてやる」と約束をした。すると彼は、「先生の原チャリを運転させてくれ」と言う。去年まで小学生だったガキが、大きく出るものだ。面白いではないか。のん気なオレは、「よっしゃ」と二つ返事をしてしまった。しかし、報償としてのエサは、生物に信じがたい意欲を与えるものだ。彼はがぜん、やる気になったようだ。そして結果、本当に100点を取ってしまったのだ。こうなっては、オレも男だ。約束を守るしかないではないか。塾の講義が終わって、やんちゃ坊主を近くのパチンコ店の駐車場に連れ出した。もちろん、愛車のジョグを押し押し、だ。興味津々の他の生徒たちもぞろぞろとついてくる。

「いいか、これがスロットルだ。手前に回すと、アクセルが吹かせる」

「うん」

「これがブレーキだ。チャリと一緒だ。簡単だろ」

「わかった」

 目がキラキラと輝いている。かしこい子だし、運転の要領も飲み込めている。そもそも、原チャリなど、ゴーカートと同じ造りだ。直感で動かせるようにできている。ガキとはいえ、乗れないわけがない。オレは坊主にジョグを渡した。きゅるるっ・・・エンジンに火が入り、発進準備完了。駐車場にひと気はない。チャンスだ。

「よし・・・いけ!」

 ゴーサインを出す。するとこのバカは、あろうことか、スロットルを全開に吹かしたのだ。

 ブオオオオンんんんんん・・・

 フルパワー!ヤマハ・ジョグは前輪を高々と掲げ、猛スピードですっ飛んでいく。しかし、駐車場はせまい。コントロール不能でロデオ状態の坊主の後ろ姿は、灯火の薄明かりから、たちまち暗闇へと消え入った。そして、激しい火花。さらに衝撃音!

 ドンガラガッチャ~ン・・・

 あ然と見送るしかなかった。が、瞬後、からだ中からいっせいに汗が噴き出す。やっちまった。周囲の子供たちは凍りついている。あわてて事故現場に飛んでいくと、坊主は・・・おお、神よ、彼は死んではいなかった!ドリフのズッコケオチのような格好でひっくり返っている。原チャリは、はるか前方の茂みに飛び込んだようだ。落ちていてくれてよかった。

「いってー・・・」

 尻もちはついているが、大事に至るようなケガはないようだ。どこかすりむくぐらいのことはあっただろうが。しかし、転んで泣くようなタマでもない。

「えへへ・・・」

 人間は、観衆の面前でこういうドジをしでかしたとき、苦笑いをするしかないようだ。が、一緒になって笑える状況ではない。取り巻く子供たちは、ドン引きしている。

「みんな、ずらかれ!」

 とっさに叫ぶと、子供たちはクモの子を散らすように逃げだした。

「誰にも言うんじゃねーぞっ。わかったな!」

 高校にバレたら、クビ。さらに警察にでも通報されようものなら、新聞沙汰は間違いない。一刻もはやく、この場を離れなければならない。すっ飛んで転がっているボロボロのジョグを起こし、オレも一目散に遁走する。誰になにを訊かれようと、しらばっくれよう!と決意する。・・・いやいやいや、そうはいかないぞ。あいつは親に言うだろうか?そうなると、めんどくさそうだ。中一の口に戸など立てられるわけがない。学校でも、武勇伝として触れまわるかもしれない。なにより、塾のクラスの全員がそれを見ていた。誰かが他人に漏らせば、オレの人生は破綻する。ああ、なんてことをしてしまったのだろう・・・

 その夜は、頭を抱えて眠った。が、奇跡が起きたようだ。その後になんのお咎めもなかったことを思うと、本当にみんな、口をつぐんだらしい。あの齢にして、罪の共有という意識を持ち得たのだろうか?だとすれば、なんと驚くべきクレバーな子供たちだろう。ありがとうございます!と言うしかない。それに引きかえ、22歳の、まったくひどい教師ではあった。

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