闇鍋にトかしちゃダメでしょ!

 闇鍋やみなべ

 解釈によっては何か裏ルートの危険な匂いのするメニューに聞こえる。


 そしてそれは凝固ぎょうこ家で開催された。


「おじゃましまーす!」

「あらあら皆さんようこそいらっしゃい」


 八夕はちゆう高校のトケルとカタメのクラスから厳選生贄にされた参加者15名が訪れても相変わらずフレンドリーなカタメの母親に対して、父親の方は憮然とした態度だった。


「ほらほらあなた。鍋の準備をしますからカセットコンロをテーブルに出してくださいな」

「ぼ、僕も参加するのか!?」

「はい。だって今日の我が家の晩ご飯がこの闇鍋ですから」


「なあトケル。ヴァージンVSの『熱帯密林鍋』って曲、知ってるか?」

「熱帯密林鍋?おいしそーだね、ネロータちゃん」

「さあ、みなさん!本日の鍋奉行はこのわたし、ロカビーが務めさせていただきます!死人を出さないためにもわたしの指示にしっかり従っていただきます!」

「死人て・・・大袈裟だなあ」

「闇鍋を、舐めないでっ!」


 普段温厚なロカビーの剣幕に一同静まり返った。


「闇鍋の歴史は古く旧石器時代に遡ると言われています。当時はどの草や肉や魚が毒性を持たないものかまだまだ分かっておらずその日獲れた獲物を持ち寄って鍋で加熱し、試食というか実験を行ったんです。原始のこととて明かりは加熱の焚き火しかなくほぼ暗闇でどの食材を自分がつつくかわからない・・・運悪く毒を持つ食材に当たった人間は尊い犠牲となって食べられないものを人類は認知していったのです(※ロカビーちゃんの自説であり根拠は不明です)」


「さあ皆さん!獲物は持って来たかっ!」

「おー!」

「第一回凝固家闇鍋大会!ここに開会を宣言します!」

「いえー!!」


 ロカビーが続けてルールを説明する。


「原始の伝統にならったオーソドックス・ルールを適用します!

 ①一度箸をつけたら全うすべし!

 ②「完食」とは咀嚼し嚥下するのみならず嘔吐を堪えて初めて成立なり!

 ③決して「不味い」と言うべからず!

 では、消灯!」


 室内灯が消された。既に夜であるが街明かりが窓から入らぬようカーテンが締め切られた部屋が真の闇に包まれる。


「投入!」


 ドボドボドボと鍋に食材が一斉に沈められた。因みに出汁はどんな食材にも対応できるよう、昆布が使用された。そして更なる号令。


「待て!」


 ひょっとしたら沸すぎて固くなる食材もあるやも知れぬがどんな毒性が潜んでいるか分からない。生煮えの状態では危険なので最低限の煮込み時間として5分間は箸をつけてはならないというルールが遵守された。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 待つ間、一同に緊張が走る。

 タイマーを握るロカビーの掌に汗が滲む。


 ・・・・ピピピピ


「つつけ!」


 どわあああっ!

 暗闇の中、全員が利腕にたずさえし二本の箸を渾身のストロークで鍋に向かって突き出す。


「いただき!」

「させるかっ!」

「せっ!」

「ぐわああああ!」

「捕まれっ!」

「閃光のような箸さばきをっ!」


 そして、全員、掴んだ箸の先の食材を次々と口に運ぶ。


「・・・・・・・・」


 長い長い静寂の時間があった。

 そして、反応が。


「誰だっ!板こんにゃく丸ごと一枚入れたのはっ!」

「う!マ、マズ・・・マジ美味しい!・・・」

「ぐ、ぐわああ!舌が、舌があっ!」

「は、鼻があっ!」

「こ、心があっ!」


 ロカビーは焦っていた。

 このままでは重篤な後遺症を一生背負って生きていかねばならぬ者が出かねない。時期尚早とは思ったが決断した。


「点灯!」


 ぱっ、と部屋の明かりが灯るとそこには男女二人のシルエットがあった。


 トケルとカタメが暗闇の中寄り添って、ほとんど神業のようにトケルが、あーん、と得体の知れない食材をカタメの口に放り込む瞬間だった。


「カ、カタメ!なにをいちゃついとるんだ!」

「まあまあ、あなた。いいじゃありませんか」

「わあっ!ト、トケルさん!見られてる見られてる!」

「いいからいいから。カタメくん、あーん」

「しょ、消灯!」


 混乱の中、いちゃつくふたりの残像を残して再度暗闇になる部屋の中。


 トケルとカタメの恋人同士の闇鍋ラブシーンを見せつけられた若い高校生の男女たちの衝動はもはや収集不能だった。


「え、A子さん!僕は前からあなたのことを!」

「い、いけないわ!B夫さん!」

「C美さん!キミのためなら死ねる!」

「あらD次くん、ならこのぶよぶよした謎の物体、わたしの代わりに食べて?」


 カオスとなる場を締めたのは意外な人物だった。


「おいおい!そいそい!もいもいもういい!もういい!!」


 カタギリー一世一代の絶叫で全員の動きが止まった。


 そしてカタギリーは自ら持参したにゅるにゅるした麺のようなシメとして鍋に流し込んだ。


 後日、その麺状のがなんだったのかを問われても遂にカタギリーは答えることがなかった。

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