トケルとカタメの文化祭

「劇をやろう」

「やです」


 高校生は忙しい。

 担任教師の提案をクラスの大多数は一蹴した。できれば何もやりたくない。どうしてもであれば極力面倒は避けたかった。担任教師は怒った。


「では、やりたいことの代替案を出しなさい!」


 結果がこれだ。


 ・温泉一泊旅行

 ・バイト

 ・枝毛の処理

 ・球技大会

 ・ウサギ小屋の掃除

 ・自習

 ・廃校


「おいっ!なんだ!最後の廃校ってのは!」

「あの先生」

「ん?なんだい、トケルくん」

「わたしは劇がやりたいです」


 ぶーぶーぶー。


 途端にトケルがブーイングの嵐に晒される。カタメもトケルの真意がわからないがフォローしようとする。だがこのクラスはこんなにもめんどくさがり揃いだったのかと呆れるぐらいにブーイングが続いたのでカタメも割っては入れない。

 ところがトケル自らとんでもないことを言い始めた。


「カタメくんとわたしは一緒に暮らしています」

「知ってるよー。トケルさんのマンションが耐震工事に入るからご両親たちと同居してるんでしょぉー」

「今は、ふたりきりです」


 数秒の静寂。


「でええええーっ!?ふ、ふたりきりぃー!?」

「はいそうです。カタメくんのお父さんとお母さんは短期の海外出張中です」

「カ、カタメ!大丈夫なのかっ!」

「な、なにが?」

「アンタの理性がだよっ!」

「あの、みんな」


 トケルが湖面のように静かな表情で話を割り込ませる。


「わたしは既成事実を作りたいんです。カタメくんのお父さんとお母さんが帰国する前になんとしても帰省事実をっ!だからこういうタイトルの脚本を考えてみました」


 すっすっと教壇に歩いて行き黒板に大きく書いた。


『ふたりの愛の証』


 クラス全員があまりの気恥ずかしさで無音になる。たまらずカタメが訊いた。


「ト、トケルさん、『既成事実』の意味って知ってる?」

「?こうしたいって思ってることを実際にやってしまって後戻りできないようにすること、だよね?カタメく〜ん、わたしの語彙力をバカにしないでー」


 カタメはトケルがやはりなんらかの天然モードに入っていることを関知したが、もはやこうなってしまっては後戻りできないことをこれまでの幾度もの事例で叩き込まれている。トケルは脚本の内容を話し始める。


「あるところに女がいました。女は男の家に居候することになりました。男は女のことが好きですが家族の手前大っぴらにイチャイチャすることはできません。劇をすることにしました。劇を男の家族に観せてふたりの仲を公然のものとするべく模索を始めました」

「トケルさん!」

「なに?カタメくん」

「まるで俺とトケルさんのことみたいじゃない!」

「うん。そのもの」

「で、でも・・・」

「やろう!劇!」

「うんうんやろう!やろう!」

「クラスの団結を高めよう!」

「トケルさんとカタメのために!」


 練習は完全秘密裏に行われた。

 トケルとカタメの教室には暗幕が張られ外部からは絶対に見えないように配慮された。時折音声が聞こえるだけだった。


「ああ!どうしてこんなことに!」

「おお!神よ!われらを許したまえ!」


「なあおい。あいつらのクラスの劇って悲恋の話なのか?」

「まあたまに聞こえるセリフがやたら大袈裟だよなあ」

「でも、いいよね。愛するふたりが障壁を乗り越えて結ばれるなんて・・・」

「でもポジティブなセリフを言ってる場面なんて一度も聞いてないぞ。全編絶望の悲恋か?」

「うーむ」




「おつかれー」

「はあ、今日も練習ハードだったなあ」

「そいそい」

「あ。ネロータちゃん、山盛りイカリングもらってもいい?」

「ああいいよ」

「カタメくん、喉の調子大丈夫?」

「うん、なんとか。ありがとうロカビーさん」


 トケル、カタメ、ロカビー、ネロータ、カタギリーの5人はファミレスで今日の劇の練習の反省会をしていた。


「だからさあ、愛を告白する時のひざまずく角度が甘いんだよ!」

「いや、むしろその時のセリフ回しの問題だろう」

「そいそい」

「うーん。表情が微妙に固いんだよね」

「いや、誠実さを示すならあれでいいんじゃない?」


 議論が白熱してきた時、トケルが叫んだ。


「スパイだよっ!」


 ガタガタガタ!と背後のテーブルから制服が3人立ち上がって逃げるように店の外へ出て行った。


「トケルさん、あれって・・・」

「新聞部だよ、カタメくん」

「なんのために・・・」

「スクープして部数を上げたいんだよ!」


 確かに八夕はちゆう高校新聞は全員に有無を言わさずに配布・配信される訳ではなく、購読希望者が寸志を払って部費を賄うという形態であり新聞部にとってスクープを上げることは至上命題ではあった。


「スクープ、ってもなあ。たかだか文化祭の劇に大袈裟だよなあ」

「カタメくん、それは違うよ」

「え」

「だって、この劇は、カタメくんとわたしの『愛の証』だよ?人生を左右するかもしれないんだよ?」

「ト、トケルさん・・・みんないるからさあ・・・」

「カタメ!それは違うだろうよ。そもそも受けた時点でカタメはトケルの全てを受け止めると覚悟したんだろうが?」

「ネロータさん、確かにまあ・・・」

「カタメくん、わたしもそう思うよ。『愛の証』なんだから、カタメくんとトケルさんふたりの人生を決定づけることになるかもだよ」

「そいそい」

「・・・ロカビーさんもカタギリーも、分かったよ。俺、やるよ!」

「うん。カタメくん、一緒にがんばろー!」


 そうしてトケルが目を糸のようにして細めた笑顔で『がんばろー!』と言った日から1週間、とうとう文化祭本番の日を迎えた。


 ちょうどその日がカタメの父親と母親が帰国する日で、飛行機の到着時刻の関係から会場である体育館に直接入ることになっていた。


「あなた。なんとか間に合いましたね」

「しかしカタメが主役とは。しかもウチに同居しているその女の子との共演とは」

「トケルさんはいい子よー」


 観客席に並んでカタメの両親が座ったとほぼ同時に幕が上がった。


 カタメの父親は母親に訊く。


「なんだ、あのメイクは」

「ほんとねえ・・・まるで歌舞伎の白粉みたいね」

「それになんだあのいかつい衣装は」

「そうねえ・・・革ジャン、ていうのかしらね。いい具合に汚れて。あら、鋲もいっぱいついてるわね」


 ナレーションが入った。


『時は2055年。場所は8-U midpoint. 幾度に渡る災害と繰り返された戦争で荒廃した土地に降り立つふたりの戦士、「K-Tame」と「T-Keru」今、再生と愛の戦いの日々が再び始まる。Opening tune はネロータの「Punk ahead」!』


 ズガガガガガガ!

 ドガガガガガガ!


 音楽が流れる。


 そして劇のタイトルがスクリーンに映し出された。


『ロックオペラ・ふたりの愛の証!!』


「ああ!どうしてこんなことに!」

「おお!神よ!われらを許したまえ!」


 だがトケルのセリフもカタメのセリフも大音量のBGMにかき消されてステージ上の出演者全員がただ口をパクパクさせているだけのシュールさだった。


「・・・この脚本を考えたのは?」

「トケルさんよ、あなた」

「・・・今夜、家族会議の招集をかける」

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