トケルどころかカタメてしまった
トケルとカタメは街のテレビ局に行った。
でも用があるのはテレビじゃない。ローカルFMのラジオ番組の生放送を見学に来たのだ。
小さな公開スタジオにはゲストがひとり。
「こんばんは、村松ゆうすけです」
パーソナリティを務める女子DJに促されて自己紹介したのは作家でありシンガーソングライターである男性。トケルとカタメが20人ほどのギャラリーに混じって観たその彼は40代に入るか入らないかという年頃だった。淡々と自己紹介を始める。
「デビュー作は『猫塵』っていう小説で拾ってきたノラ猫と主人公が奇妙な共同生活をする話です。この小説のおかげでなんとか食えるようにはなりまして」
ギャラリーは笑顔でうんうんと頷いている。スタッフも笑顔で和やかな雰囲気だ。
「次に書いたやつは『犬塵』。これは猫塵の犬版という内容だったんですけど全く売れなくてですね。以後長い長いスランプが続いています」
「じゃあ、どうやって生活を?」
「文字通りノラ猫のように、ノラ犬のように自活するんですよ。ゴミ箱を漁ってでもね」
「まさか」
そのDJの『まさか』という言葉に対し彼は真顔で答えた。
「だって、食べられますから。ゴミ」
明らかにギャラリーは引いている。この番組のディレクターなのだろうか、メガネをかけた村松よりも10歳程度は若いであろう女性が、普通ならば絶対にそうしないだろうことをした。パーソナリティに割り込んで自らがマイクに拾えるような声で唐突に言った。
「う、歌の話をしてください!」
「歌ですか。歌の方は人生を切り売ってましたね。実はヒットしかかった曲もあったんですよ。『ケロ』って曲で。カエルが鳴いてる声を田舎の狭い家の台所で聴きながらこの後の自分たちの将来がどうなるかを考えてる在宅介護に携わるひとたちの歌ですよ」
「ふ、ふざけすぎですよ!」
そのディレクターの大きな声を境に村松ゆうすけは激昂した口調で語り始めた。
「ふざけてなんかいない! 僕はきわめて真剣に人生の現実を語っているつもりですよ!大体こんな片田舎でこんな誰が聞いてるのかわからない番組作って僕みたいなギャラが安いしか取り柄のない作家兼シンガーソングライター呼んだところであなたたちのこの地方都市での生活はなんにも変わりはしない。明日も明後日もその先ずっと同じままですよ! 尻すぼみになってあなたたちの人生はフェイド・アウトしていくだけだ!」
「あの・・・」
トケルが突然この修羅場の会話に参加したのでカタメは驚愕した。
『ト、トケルさん』
カタメは小声でトケルを制止するが一旦駆動を始めた彼女が止まらないことはこれまでの経験で認知済みだった。
「あの、わたし、買いましょうか?」
「へ?」
「本と歌」
マイクの前で固まる番組当事者たち3人。トケルが振った話題の当人である村松ゆうすけが目が覚めたようにトケルに向かう。
「本と歌を買うって?」
「あ。『歌を買う』じゃ権利関係を入手するみたいな感じですよね。失敗失敗。えと。CDがいいんですか? それともダウンロードだけとか?」
さすがに今日ここに至ってはトケルの天然はもはや
「キミは僕の小説と歌をお情けで買うっていうのかい」
右手で握っているアイスコーヒーのグラスにヒビが入った。
トケルはとくに変わらない表情で告げる。
「お情けというか、つまりあなたは小説と歌では生活できてないっていうことですよね? 生活の糧とならない小説や音楽とはどういうものか確認してみたいだけです」
「い、いいよ! 買ってもらわなくても!」
「いえいえ。興味があるんです」
「と、トケルさん」
「なに? カタメくん」
「む、村松さんに悪いよ」
「どうして? 買うことのどこが悪いの?」
「だってほら、プライドっていうものがあるじゃない」
「プライド?」
今度はトケルの形相が俄かに厳しくなった。
「カタメくん。プライドなんてそのまんまじゃなんの腹の足しにもならないよ。だったら揚げちゃえばいいんだよ」
「ええ?」
「プライド・ポテト、なんてね」
今度こそ村松ゆうすけは怒った。
「ダ、ダジャレだとお!? バカにしてんのかあ!」
トケルがすかさず応酬する。
「えー。でも、猫塵とか犬塵とかケロとかと似たようなもんですよ」
「ト、トケルさん!」
これはトケルの天然にしても執拗すぎる。カタメはトケルが村松ゆうすけに対して何か特別な感情があるのか、それとも売れない作家・シンガーソングライターに不甲斐なさを感じて生理的に嫌悪を抱くのか、確認してみようと思った。
「トケルさん、なにか恨みでもあるの?」
「うんある」
即答だった。カタメが追加の質問をする前に村松ゆうすけが詰問した。
「僕がキミに何をしたってんだ!」
「猫塵でわたしの猫を塵芥にし、犬塵でわたしの犬を塵芥にした!」
コールアンドレスポンスでは決してなく、脊髄反射だった。トケルは更に大声を上げ続けた。
「『猫塵』の中であなたがノラ猫を拾ってきてそのうち死んだからって火葬してその骨を前に泣いたって書いてるのはウチのティック!」
「な、なにっ!?」
「『犬塵』の中であなたが帰り道について来た子犬で嵐の日に死んで泣きながら火葬したって書いてるのはウチのキック!」
「・・・・・・なんの証拠がある」
「小説の中で二匹とも首輪してるよね。あなたがわたしの家から『誘拐』していったその子たちの首輪の内側に何か書かれてなかった?」
「う・・・な、なにを・・・」
「あなたはきっと知らない、って言うでしょうね。でも二匹の首輪には同じ言葉が書かれてて、あなたはキックを誘拐した時に多分驚いたはず」
「に、二軒とも違う家だったぞ・・・」
言ってから村松ゆうすけは、はっ、と気付いてうろたえた。
「わたしは小さい頃から何度も引っ越ししてるからね。それに母親は離婚もしてるから出してる表札も違ったろうし」
「・・・どうしてわかったんだ」
「偶然、だよ。猫塵が出た時、貧乏だけどピュアな文章書く作家さんだなって思って。猫塵の中で主人公の猫が花の入った小さなガラス玉をつけた首輪してるって書いてあって偶然ってあるんだな、って思ったけど、犬塵でも同じで。二度、しかも猫と犬でなんてあり得ないって思って」
「あ・・・ああ・・・」
「わたしの大切な子たちを誘拐して小説のネタにするために殺すなんて!」
「ち、違う! つ、連れ去ったのは寂しかったからだ! 小説書いて持ち込みしても全然駄目だし彼女には愛想尽かされるし・・・」
「そんなの知らないよ!」
「そ、それに殺したんじゃない! 可愛がって可愛がって大切にして・・・そして死んだ時にペット葬儀場で別れた時には本当に悲しくて・・・だからその気持ちをそのまま小説にしたら新人賞を受賞してデビューできたんだ」
「キックは!?」
「ス、スランプの時に偶然今度はかわいい子犬が庭で遊んでいるところを通りかかって・・・もしかしたらもう一度書けるかもしれないって、つい・・・」
「『つい』で済ますなあっ!」
この日の生放送は凄まじい反響だった。番組もこのやり取りをそのまま流したしギャラリーたちもインスタやツイッターで拡散した。
結果から言うと、猫塵と犬塵は何年振りかで重版となった。このあとに書く彼の作品がどうなるかは全くわからないが。
帰り道、ずっと泣き通しのトケルをカタメは慰め通しだった。
「う、ううっ・・・なんで最後に一緒だったのがわたしじゃなくてあの人なの・・・」
「ト、トケルさん、あの人も可愛がってたらしいし・・・だってほら、小説の中でも可愛がってるんでしょ?」
「うん。猫可愛がり。それと犬可愛がり」
「犬可愛がり・・・じゃ、じゃあ、せめてもの救いじゃない」
「カタメくん! もしわたしが知らない男の人に誘拐されてその人と結婚してその人と一緒にお墓に入ったらそれでもカタメくんは平気なの!?」
「う・・・それは」
「困るよねっ!?」
「は、はい!」
カタメは少しトケルの気を逸らそうと思った。けれども今日の出来事が強烈すぎてやはり関連のある話題しか振れなかった。
「と、ところで首輪の内側にはなんて書いてあったの?」
「・・・『ずっと一緒だよ』」
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