トけるような2人暮らし

 カタメの母親は父親の海外出張先に出発してしまった。

 だから、カタメとトケルは2人きりになった。


「カタメくん、醤油とって」

「はい」

「あ。これおいしいよ。はい」

「え!?」

「あーん」

「あ、あーん」


 と、そこでカタメは目が覚めた。

 2人暮らしの最初の夜。カタメは気がつくとキッチンの食卓でうたたねしてしまっていた。見るとトケルが洗い物をしている。


「ご、ごめん、トケルさん。今手伝うから」

「あー。ダイジョブダイジョブ。もう終わるところだから」

「ごめん」

「ううん。お母さんが戻るまでの1ヶ月2人きりなんだから無理しないように助け合って生きていこう!。カタメくん、今日は買い出しとか作り置き惣菜の仕込みとか一緒にやってくれたから疲れたでしょ? お風呂入っちゃって?」

「うん」


 トケルに促されて湯船につかるカタメ。


「ああ・・・2人でゆっくり話せたり一緒に家事やったりするのは楽しいんだけど、やっぱり意識しちゃうよなー。トケルさんの意識は謎だしなー」


 肩まで浸かって足の指を広げるストレッチをしていると、磨りガラスにシルエットが映り、ト・ト、と風呂の扉がノックされた。


「カタメく〜ん。背中流してあげるよ」

「えっ!?」


 返事をしない内にトケルが扉を開けて風呂の中に入って来た。


「ちょ、ちょっと! トケルさん!」

「ん? ごめん。恥ずかしかった?」

「う、うん・・・」

「ジャジャン! 今日ホームセンターで入手したこの『特殊性能垢すり』!早速試してみたくってさあ」

「お、俺で?」

「うん」

「な、なんで?」

「なんで?そりゃあカタメくんの背中が女のわたしよりも広いからさっ!」


 意味が分からなかったがトケルはもう後に引くつもりはないらしい。仕方なくカタメはお湯に浸かったままタオルを腰に巻こうとする。


「あー。カタメくん、湯船にタオルを入れるのはマナー違反だよ」

「で、でも、隠さないと」

「? 何を?」

「トケルさん、それって本気で訊いてるの!?」


 堅牢に腰を隠してカタメは椅子に座り、トケルが垢すりで背中をこすり始めた。


「ん・・・ん」


 恥ずかしさと体がこわばるような緊張が先に立っていたが、トケルの力が思いの他強く、カタメはだんだんと体がぽかぽかしてくるのを感じた。


「うわあ。さすが最新型の垢すり! 気持ちいいぐらいにいっぱい出てくるよー」

「ト、トケルさん。気持ち悪くない?」

「なんでー?」

「だって、汚いでしょ? 俺の垢なんて」

「別にー。だってわたし、ひーばあちゃんとばあちゃんの背中の垢もいつも擦ってあげてるからさー。特になんとも」

「へえ・・・そうなんだ」

「ひーばあちゃんなんか甘やかしてたら腕から足から全部擦ってくれって言うからさー。『自分でやらないと動けなくなっちゃうよ!』って叱ってるけどね」

「・・・トケルさん、偉いね」

「そんなことないよ。だって若いお母さんたちが赤ちゃんをお風呂に入れるのも、家族が病気の人の体を拭いてあげるのも同じでしょ? 順番だからさ、世の中は」


 だからトケルさんが好きなんだ、という言葉をカタメは飲み込んだ。


「あーっ!」

「えっ、ど、どうしたの、トケルさん!?」

「カタメくん、タオルの隙間から鏡に映って見えてる!」

「な、何が!?」


 2人とも風呂を終え(もちろんトケルは1人で入った)学校の課題を一緒にやって、寝る前の果物と薄く入れたコーヒーも終えて撮り溜めてあった深夜アニメを何本か一緒に観て寝る時間になった。


 いつもどおりトケルはペンギンの抱きマクラを、カタメはトケルから借りているイルカの抱きマクラを抱えてそれぞれの部屋に行こうとした時、カタメはトケルに声をかけた。


「トケルさん」

「なに?」


 カタメは正直に言おうと思った。

 今夜だけの話ではないから。


「トケルさん。俺、やっぱり、男だから、そのさ・・・」

「うん」

「あのさ・・・」

「うん」

「えーっとさ・・・」

「してもいいよ」

「え?」

「カタメくんが我慢できないんならしてもいいよ」

「え? な、なにを・・・?」

「ぷっ。カタメくん。わたしだってバカじゃないから男の子が気持ちになるのくらい分かってるよ」

「そ、そっか・・・」

「分かっててカタメくんと2人っきりで1ヶ月暮らす、って決めたんだから。ほんとにいいんだよ。カタメくん」

「・・・きゅっ、てしていい?」

「・・・いいよ」


 2人ともパジャマ代わりのTシャツにショートパンツで向き合い、カタメはペンギンの抱きマクラを胸に抱えたままのトケルをそっとハグした。

 トケルの背中をお風呂で流すような感覚でさするカタメ。


 カタメは、トケルの体のこわばりを手のひらで感じた。


「ありがと、トケルさん。すっきりした。これで眠れるよ」

「え。いいの?」

「う、うん。大丈夫」

「ほんとに? 遠慮したりしてない?」

「してないしてない。ほんとに、本っ当に我慢できなくなった時はちゃんと言うから」

「そっか・・・うん! 分かった! じゃあ、おやすみなさい!」


 元気に言ってトケルは自分の部屋へ行ってしまった。


 カタメはトケルのココロとカラダのトけ具合が、なんとなく分かった気がした。


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