ナースで病をトかす

 先週から海外出張に出ているカタメの父親からLINEが入った。


 父:カタメ、アテンドを頼む

 カタメ:誰の?

 父:ナースだ


 話としてはやや複雑だが整理しさえすればカタメにとって非常に興味深いものだった。


 父親の顧客が急性の虫垂炎になり薬で散らしてはあるものの日本へ帰国して療養することとなった。その旅程に看護師の付き添いが必要だと現地の医師が判断し、顧客と看護師が同じ飛行機でカタメたちの街の空港に到着するという。顧客はそのままカタメの街の総合病院に入院し、付き添いの看護師は翌日羽田にトランジットしてアフリカへの便に搭乗するのだが、トランジットのフライトまでの間、看護師をアテンドして欲しいというのだ。


「なんか面白そうだな」


 カタメはそれなりには英語の練習をしてきているので現地の看護師が英語しか話せなかったとしてもなんとかコミュニケートできるだろうと楽観していた。だがトケルが大真面目な顔でこう言った。


「浮気が心配。わたしも行く」


 トケルとカタメは空港までナースを出迎えた。写真は入手できなかったので、年齢:24歳、性別:女、髪の色:ブロンド、身長:178cm、名前:ヴィッキー、という情報を元に彼女を探した。


「あ。あの人だよ」


 トケルがそう言うと確かにその通りの女性が小さなスーツケースを引いて歩いてきた。カタメは思わず見とれた。


『きれいな人だな』


「カタメくん。今、『きれいな人だ』って思ったよね?」

「え!? いや、まあ・・・」


『あぶないあぶない。ステレオタイプな感想だとトケルさんは分かっちゃうのか・・・ならば・・・』


「カタメくん、『爪の透明なマニキュアがとても光沢があってきれいだ』って思ったね?」

「え、ええ!? なんでわかるの!?」

「こんにちは。カタメ、トケル」


 ヴィッキーがゲートをくぐって出てくる時、空港を歩いている男の大半が彼女を振り返る。不審者扱いされることを覚悟でまじまじと見つめている若い男が何人もいた。


「こ、こんにちは! あ。日本語大丈夫なんですね?」

「ハイ。アニメと日本の曲聴きまくってるから」

「あの・・・」


 トケルがいつもとは違う気弱な感じでヴィッキーに話しかける。


「オー。トケルはカタメの彼女なんだよね? こんにちは」

「こんにちは・・・え? いきなり彼氏彼女とかって話題出すの?」

「トケル〜、こういうの大事よ? これから一緒に遊んでくれるパートナーたちに要らぬ心配をかけないように人間関係をきっちり確認しておくのは。カタメ。オレは彼氏いるからね。浮気とか無理だからね」

「いや、それはまあトケルさんを裏切るようなことは俺はしないから・・・って、オレ?」

「オー、ごめんごめん。大好きな日本のバンドのアルバムばっかり聴いてたら自分のこと日本語では『オレ』って呼ぶようになっちゃって」

「へえ・・・誰ですか?」

「エレファントカシマシ。『俺の道』」


 エレファントカシマシを聴いたことのないトケルとカタメが後で調べたところでは、もし「世界で一番『俺』という単語が歌詞の中に出てくるフルアルバム」という記録があるとしたら間違いなくギネスブックに載るだろうというアルバムらしかった。


「ヴィッキーさん、どこ行きたいですか?」

「それ! もう決めてるのよ。『ツンデレ神社!』」

「ツンデレ神社? トケルさん、聞いたことある?」

「ふむう・・・普通に考えたらそんな名前の神社あるわけないよね。これは多分ご利益にちなんだ通称とみたよ」

「オー。さすがトケル。ええと、本当の名前は・・・うーん、思い出せない・・・」

「あの、ヴィッキーさん? それってアニメかなんかの『聖地』になってるってことだよね、きっと。なんてアニメ?」

「『夏の終わりに告白したらツンされてデレされて僕の青春は糖度200を超えました』だよ」


 隣の県だった。

 しかも神社ではなく、賽河原寺さいのかわらじ。お寺だった。しかも『ツンデレ神社』の由来が、賽の河原で石を積み上げる子供達の所に鬼がやってきて崩した後、「積んでろ!」と怒鳴って去っていくから。


「ダジャレなんだ」

「しかも『積んでろ!』を『ツンデレ!』なんて相当なパワープレイだね」


 ローカル線の急行で隣の県にやって来た3人。驚いたことにツンデレ神社は大盛況だった。


「えー、ツンデレせんべい要らんかー!」

「ツンデレ大福、ツンデレ大福! 塩大福がツン、いちご大福がデレだよーっ!」


「あの・・・そんなにはやってたの? ええと・・・」

「『夏の終わりに告白したらツンされてデレされて僕の青春は糖度200を超えました』ね。観てないの? ふたりとも」

「アニメはあんまり・・・ねえ、トケルさん?」

「・・・わたしは一回だけ観たことあるよ」

「あ、そうなの? 知らなかった」

「トケル、どのエピソード?」

「ヴィ、ヴィッキーさん。は、恥ずかしいから・・・」

「いいからいいから。カタメも聞きたいでしょー?」

「は、はい」

「ほら! トケル! 思い切って!」

「か、『彼氏とラブラブになったら無理矢理そうせざるを得ない理由を作って同棲しよう!』の回だよ・・・」


 カタメは一瞬、動きが止まった。

 まさか、とは思うがトケルがマンションの部屋に居られなくなってカタメの家で同居していることがトケルの工作によるものかもしれない? と・・・


 お寺までの参道は縁日のような混雑で進んでいくと更に参拝者向けの店が増えてくる。


「す、すみません! この中にお医者さまかナースさんはおられませんか!?」


 少し先のお好み焼き屋から店主と思しきオヤジさんが飛び出して来てベタなセリフをのたまった。トケルとカタメだけでなく参道を歩いている人もキョトンとしている。


「うちのミックスお好みを食べたお客さんが突然苦しみ出して!」


 まるでギャグのような状況だがヴィッキーはその長身の美貌を振りまきながらシリアスな医療ドラマの主人公のように名乗り出た。


「オレは、ナースだ!」


 3人で店内に駆け込むと確かにテーブルの上に顔を伏せって小刻みに肩と背中を震わせている男性がいた。ひとり客のようだ。


「痙攣が来ているとしたら重症だ。カタメ、トケル! 協力して!」

「は、はい!」


 ヴィッキーの指示でカタメが救急に電話し、トケルは患者に呼びかける。


「大丈夫ですか! もうすぐ救急車が来ますからね!」

「トケル、オレが応急処置をする! 腹痛ではないとしたらこの痙攣はアレルギーのショック状態かもしれない。とにかく意識を保たせるためにトケルは患者に話し続けて!」

「はい! もしもし、大丈夫ですか!? 苦しいですか!?」

「多分、苦痛でトケルの声が耳に入らないのかもしれない。イヤフォンを外すことすらできないみたいだからとってあげて!」

「は、はい!」


 男性はトケルがイヤフォンに手をかけられないくらいに激しく頭を揺すっているのでトケルは顔の下から出ているスマホのジャックからイヤホンのコードを引き抜いた。


 同時にけたたましい笑い声が聞こえてきた。


『ねえ、タイシくん! 早くツンしてよ!』

『わかったよ、今すぐツンするよ! だからシナリちゃんもデレしてよね!』

『うん! ツンするから!』

『そう! デレしてよね!』


「なに、この動画・・・」

「オー、こ、これは・・・」


 ヴィッキーが言うと患者が爆笑とともに一気にまくしたてた。


「ウ、ウーフフフ! 『夏の終わりに告白したらツンされてデレされて僕の青春は糖度200を超えました』の記念すべき第1回、『ツンしてデレしてツンデレツンデレ』は何回観ても悶えるほどに面白い〜っ!」


 カタメが店に駆け込んできた。


「救急車、今参道の入り口に着いたって!」


 トケルがつぶやいた。


「手遅れだよ、カタメくん」

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