新学期に新楽器でトケまくる

「突然ですが明日、音楽のテストをします」

「はいい!?」


 夏休み明けと同時に育児休暇に入った担任に代わり、まだ20代の女性音楽教師がその困難なミッションをやり切ろうと闘志を燃やしていた。

 カタメとトケルたちのクラス全員はなんとか中止にできないかという真逆の思いでいるのだが。


「せんせー。楽器ってアルトリコーダー?」

「いいえ。無制限です」


 雰囲気は分かるが誰も正確に推測はできない。音楽教師は、ダン、と教壇の前で脚ををクロスさせた。

 クロスさせた脚を戻してターンする。そのままホワイトボードに書き殴り始めた。


「ピアノ。ギター。ドラム。トランペット。ハーモニカ。リコーダー。フーター。バンドネオン。マリンバ。マスカラ。吹いたら紙がくるくる伸びたり巻き取られたりする笛。ヴァイオリンの弓をグリンと丸め曲げたみいな奴で叩くコンガの小型みたいな打楽器」


 音楽教師は不可思議な楽器も含め、生徒たちを鼓舞した。


「あの。どうやって調達すれば?」

「自分で考えてください」


 トケルとカタメは学校からの帰り道にまずは楽器屋に寄った。


「いらっしゃいませ。打系? 弦系? 弾系? 舐め系?」

「え。舐め系?」

「はい今一番おススメ。舐めると音が出る楽器」


 店主の女性にカタメが訊いた。


「あの。どういうシステムの楽器なんですか?」

「いえいえ、簡単ですよ。この丸いグラスのような部分を舐めて、リーン、ていう感じの音を出すんですよ」

「・・・・あの、なんでそんな奏法を?」


 この楽器を指して奏法をというカタメの言葉も随分ふざけたもののように聞こえるが、トケルはもっとすさまじいことを言った。


「それが、奏者の命なんですね」


 結局2人は楽器レンタルを利用した。ひと晩500円。付属のショルダーパックも借りてトケルは意気揚々とそのこの世に生まれたばかりの楽器を天高く掲げる。


「カタメくん。今夜は寝かさないよ」

「え・・・」

「二人で練習だあ!」


 翌日、クラスのメンバーはそれぞれ思い思いの珍妙な楽器を持ち寄って音楽のテストが始まった。


「なにそれ」

「先生、知らないんですか? ギターですよ」

「弦が一本しかないけど」

「はい・・・自作のゴムを弦にしたギターです」

「小学生か」


「えーと。カスタネット?」

「カスタネットントンです。かわいーでしょ、先生」

「つまりカスタネットにネバネバしたものを塗って打撃音がディレイするようにしたってこと?」

「ええまあ」


「待って。当てるから」

「どうぞ」

「どう見ても茶碗と箸よね」


「・・・どうして砂時計が楽器になるの? マラカスにするの?」

「いいえ。この砂の落ちる微かな音が美しい楽器なんです」

「詩的を通り越して無音よ」


 トケルとカタメの番になった。


「・・・形はヴァイオリンよね」

「はい。二人で一本のヴァイオリンを弾くんです」

溶解ようかいさん。凝固ぎょうこくん。どうやって弾くの?」

「つまり、二人羽織なんです。しかも弓と弦がコイルでできていて、電気信号で歪んだ音が出るんです」

「弾いてみて」


 2人は、弾いた。

 トケルが前に回ってヴァイオリンを顎に挟んでマントを羽織ったカタメが後ろから抱え込む。


「ええと。ここ、教室なんだけど」


 教師の声にトケルが言い訳じみて答える。


「これが正式な奏法なんです」


 クラスのあちこちから囃し立てる声が聞こえてきた。

 カタメはトケルの体にできるだけ触れないようにして弓を弦にかざす。電気信号がキ・キ、と音色を出す。


「あっ」


 トケルはなんどかよろめいて背中とうなじをカタメのマントを羽織った顔の見えないその胸に寄りかけた。


 誰にも聞こえないように囁いた。


『きゅっ、て、して』


 戸惑って躊躇して照れた挙句、カタメはトケルの微かなシャンプーの香りを、触れるか触れないかの力加減で、軽く抱き締めた。

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