トケルような2人の『夏の想い出』・・・
「お盆過ぎた!」
「うんそうだね」
焦ったカタメにトケルは極めて冷静な応対をする。ちょうど冷製スープをトケルが作ったからということではなく、仮にホットなスープだったとしてもトケルのクールさは崩れなかっただろう。
「どうしよう・・・夏が終わっちゃうよ」
「カタメくん。想い出いっぱいできたじゃない? カタメくんとわたしは彼氏・彼女にもなれたし」
「だからだよ、トケルさん」
「ん?」
「そりゃあこうして一緒に暮らし始めてもいるけどあくまでも『同居人』としての想い出ばっかりだよ。その前は『同級生』としての想い出だし・・・俺、トケルさんと彼氏・彼女としての想い出が欲しいんだ」
「ふむう・・・」
カタメはかなりドラマティックに語ったつもりだったがトケルがやっぱり第三者的な言い回しをするのでもう色々と期待するのはやめようと思った。
ところがトケルは奇想天外な返答をしてきた。
「じゃあ、結婚式でも挙げてみる?」
・・・・・・・・・・・・
「じ、自由研究?」
「うん」
トケルの発想がAIのようで逆に納得してしまいそうな自分をカタメは演劇のように首をブルブルと振って否定した。
だが間髪入れずにチャペルの女性スタッフがカタメの腕を、ぐい、と引っ張って着衣室へと誘う。
「いやー、助かりましたよー。こんな設定のアルバイト、募集かけても応募がなくって。彼氏さん彼女さん同士ならば平気ですよねー」
「あの・・・」
「へーきへーき。ちょーっとタキシード着てオールバックにして白のエナメルの靴履いて。あ、でも彼氏さんは紋付き袴に憧れてたとかですか?」
女性スタッフの切れ間ないトークに引き摺られてカタメは『新郎控え室』に連れ込まれ、白のタキシードを着せ付けられた。そして有無を言わさず鏡の前に座らせられ、髪をアップにされた。
ここはカタメがトケルに告白して付き合うことになった親水公園。
その中にあるチャペル併設の結婚式場。
そして今日は小学生たちが夏休みの自由研究としてブライダル・プロデュースの職業体験をするその会場となっているのだ。
ブライダルというからには新郎新婦が必要だ。
その募集をかけてもなり手がなかったという新郎新婦のアルバイトにトケルが応募したのだ。
そしてカタメにとって更に悲劇は続く。
「あー。カタメおにいちゃん」
「ア、アタリ!?」
スーパー銭湯で知り合った小学生のアタリもこのイベントに参加していた。アタリは当然のようにカタメをいじめる。
「よかったじゃない。新婦はトケルちゃんでしょ? 夢が叶ったじゃない」
「晒されることまで夢見てはいない」
「女子高生みたいな気持ち悪いセリフ言わないでよ。ほら、主役が来たよ」
「あー! アタリくんだー!」
その声の主を見てカタメはショック状態になった。当然それはただただ感激のためだった。
ウエディングドレスを着た絵に描いたような新婦姿のトケルが歩いて来るところだったのだ。
ドレスももちろんだが、白のファウンデーションを施して唇も赤く紅をさしたトケルの大人っぽさに涙が出そうなぐらいカタメは胸を震わせた。
「わあ。トケルちゃん、綺麗だね」
「ありがとう、アタリくん。ところでカタメくんはどうなっちゃったの?」
余りの感動に固まってしまい、呆然自失のカタメに代わってアタリが解説した。
「多分、心臓がドキドキして脳に血が回っていないんだと思う」
「うわ。危険な状態だね」
「え。トケルちゃん、それって真面目に言ってる?」
・・・・・・・・・・・・
準備をしながらようやくココロが落ち着いてきたカタメはだがキャスティングを聞いて絶望した。
「神父?」
「そうだよ」
「誰が?」
「僕だよ」
「ええと、誰が?」
「カタメくん、ちゃんと話しを聞かないと。アタリくんが神父だよ」
アタリが意地悪な人間でないということはカタメはよく分かっていた。
ただ、意地悪でないからこそ展開が読めなかった。カタメの気持ちを先回りしてとんでもない演出をするのではないかとカタメは気が気でなかった。
トケルはいたって平静だ。
いや、文字通りこの大掛かりないわば『演劇』のヒロインとして完全に天然のトケルが彼女の人格を支配しているのだろうとカタメは思った。事実、その通りだった。
「ダーリン」
「ダ、ダーリン?」
「ほら、カタメくん。だって新郎新婦入場の時に流れるBGMがエレファントカシマシの『DarLing』だよ?」
「だ、だからってわざわざ曲に合わせて俺のこと『ダーリン』て呼ばなくても」
「そっか。ほんとだね」
トケルがそう言ってカタメはほっとしたが更に予想を上回ることを言われてしまった。
「歌の中では男のひとの方が女のひとのことを『ダーリン』って呼んでるんだね。だからカタメくんがわたしのこと『ダーリン』って呼んで?」
・・・・・・・・・・・
式が始まった。
実はカタメがこれまでに出席した親戚の結婚式はすべて神式で三三九度しか見たことがなかった。披露宴では年長の従姉妹たちのウエディングドレス姿は見たことがあったが、チャペルでのウエディングドレスでの挙式そのものは経験したことがなかった。
『どんな風にすればいいんだろう・・・』
カタメの落ち着かない表情を見てトケルがフォローする。
「大丈夫だよカタメくん。神父さんの言う通りにすれば」
「誰の?」
「だから、神父さん」
「・・・・・・・」
式が始まった。
スタッフ側として職業体験をする小学生の他に、ご丁寧に参列者役の小学生も用意されている。単に役割に対して参加者が多すぎるのでそうしただけなのだろうが、カタメにとっては晒されてる感満載で緊張が極限に達するのが分かった。
「んあ・・・」
自分でも意味が分からないため息のような声を漏らすと静かなピアノ曲に合わせてトケルがバージンロードを歩いて来た。これまたご丁寧に新婦の父親役の男子小学生に手を引かれて。
『あいつ、トケルさんの手を・・・』
もはや小学生に嫉妬するぐらいにカタメは極度の緊張で見境がつかなくなっていた。
トケルがカタメのところに到着した。
『ああ。トケルさん、綺麗だ・・・これでこの場の全員がいなければ・・・』
と、現実逃避を始めるカタメにアタリがつらつらと神父のセリフを吐き始めた。
「カタメ、汝は病気の時も貧乏な時も・・・」
「お、おい。『貧乏』とか言うなよ。『貧しき時も』とかって言うんじゃないのか?」
「意味は通じます。続けます。貧乏な時も幸福な時も不幸な時もトケルを愛することを誓いますか?」
「・・・誓います」
「ではトケル。汝はカタメを夫として貧乏な時も幸福な時も不幸な時もカタメを愛することを誓いますか?」
「えーと。誓いまーす」
『な、なんか、重みがないな・・・』
「では、くちづけを」
「え?」
「はーい」
聞き間違いだろうか。
「くちづけを」
「え、えええ!?」
「はいはい。じゃあ、カタメくん。しよ」
「・・・トケルさん。どうしてそんなに軽いの」
「え。仕事だから」
「ええー?」
『い、いいんだろうか・・・トケルさんと、その・・・くちづけを交わしたくないと言ったら嘘になる』
「すみませーん、ちょっとお待ちくださーい!」
あれ? さっきのスタッフさんだ。
「これをご使用ください」
「こ、これって・・・」
「くちづけフラッシュです」
「へ?」
それは♡マークの書かれた小さなプラカードだった。
ちょうど2人の口元が隠れるような作りになっている。
「これで隠してくちづけしたフリをしてください」
これはこれで相当に恥ずかしいが、少しほっとするカタメ。
ただ、トケルの体に全く触れずにその演技をすること自体が非常に難しく、カタメはトケルに「ごめんね」と断ってからトケルの肩を軽く抱くように手を伸ばした。
プラカードはトケルが手に持って二人の口の辺りを隠す。
カタメはやっぱりこの段になっても違和感を感じていた。
『この道具・・・やっぱりなんか根本的に違うような・・・』
トケルの顔が近づいてくる。眼を閉じた。カタメは自分の方からも顔を近づけていく。
『そろそろ止まろうか・・・あれ?』
ぷちゅ。
「!」
ギャラリーたちからは見えないはずだ。
止まらずそのままトケルが顔を近づけてきたのだが、カタメはこの状況をなんといえばよいのか、ただただ混乱していた。
『ああ・・・トケルさんと、キス、してる・・・』
トケルは目を閉じたまま平常の顔をしている。
突然、ぱちっ、と目を開けて、すすっと唇を離した。そして言った。
「あ、間違えた」
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