夏休み中の夏休み(つまり休みに休みがトケこんでる)

「あーもー。暑くてやってらんないよねー」


 台所でトケルが煮しめを鍋にかけながら不平を言った。おでこと頰に汗を煌めかせてけれどもニコニコしながら。

 なぜなら食卓ではカタメがコーヒーをドリップしてくれててトケルの家事が終わるころにはドリップ・アイスコーヒーに生クリームをたんと入れてサーブしてくれるからだ。


 そしてまるで若夫婦の姑のようにカタメの母親がこう言った。


「じゃあ今日は夏休みにしましょう」


 休む。

 夏休みでありながら更に休む。

 ただひたすら。

 母親、カタメ、トケルが選択したのは近場のスーパー銭湯だった。


「トケルさんとわたしはこっち。カタメはそっちね」

「当たり前だよ」

「羨しかろう」

「・・・なんて親だよ」


 女湯と男湯に別れて湯船に進む3人。

 カタメは久し振りに孤独に浸ることができた。


「ふう・・・トケルさんと同居できて嬉しいんだけどプライバシーがほぼないからなあ・・・いくら彼氏彼女の間柄になったからって、俺がもし挙動不審な日常生活を送ってるみたいな噂を発信されたら困るもんなあ・・・もちろん俺は挙動不審なことなんてないけどね」


 ついつい声に出してしまうのが露天風呂の開放感だろう。小学生低学年の男子がカタメの隣に来て座った。


「おにいちゃん。彼女としてるんだ?」

「な・・・なんで同棲なんて言葉知ってるんだよ」

「ウチの姉ちゃんが彼氏としてるからさ」

「へえ・・・でも俺は同棲じゃないよ。ちゃんと親も同居してるしほんとにその子は家が無くて困ってるんだよ」

「でも嬉しいんだろ」

「まあ・・・嬉しくないと言えば嘘になるな」


 気がつくと小学生から同レベルで話されていることに少しムッとはしたがこういうダラダラ感も休みの醍醐味だろうと寛容した。


「姉ちゃんは高校生?」

「ううん。大学生。もう将来結婚する約束してるんだって」

「へえ。それならいいじゃないか。しっかりと生活設計とか作れそうで」

「でも彼氏がなんだ」

「? 無色? 純粋ってことか?」

「なに言ってんだよ。仕事がないの。無職なんだよ」

「でもお互い大学生なんだろ?」

「ううん。お父さんと同い年」

「えっ!?」


 大声を上げて周囲から睨まれ、それでもカタメは訊かずにはいられなかった。


「なんだ? 姉ちゃんは騙されたのか?」

「逆に姉ちゃんの方が彼氏を騙したって感じかな」


 小学生の話によると姉は『ウチは自営業やってるから跡を継げば外で働く必要ないよ!』と彼氏を釣ったのだという。


「自営業か。いいじゃないか」

「芸術家なんだけど」

「えっ?」

「おじいちゃんが前衛芸術家なんだ。アートなオブジェとか作る。どうやってその跡を継げっての」

「で、でもおじいちゃんはある程度有名なんだろ?」

「ううん。去年の作品の売り上げは5万円だけ。それも知り合いがお情けで水槽に浮かべた月のオブジェを買ってくれただけ。収入の大半は年金」

「・・・・・・・」


 前衛芸術を世襲するというのはなかなかに無茶振りだとカタメは思った。

 そもそも跡を継ぐもなにも、小学生の祖父にも姉の彼氏にも芸術で生計を立てるだけの才能があるかどうかは全くの未知数だろうし。


 風呂上がりにカタメと小学生はイートインでアイスを食べた。


「くぅー、キター!」

「『アイスクリーム頭痛』か。ほんとまるで小学生だな」

「小学生だもん」


 という言い回しにカタメは可愛らしさを感じた。弟もいいもんかな、という感覚になったところに声がした。


「キミキミ、食道の胸の辺りに飲み込んだアイスのかけらを残すような感じにするととんでもなく頭痛がするから気をつけてね」

「ト、トケルさん!」


 カタメはトケルが一気に言った、おそらく実体験でしか分からないようなレアなウンチクを聞きながら小学生に紹介した。


「ええと。こちらはトケルさん。で、こいつは小学生」

「アタリだよ」

「え? ああ、アタリ、って名前だったのか。こいつはアタリ。さっき露天風呂で一緒になったんだ」

「こんにちは。ウチのカタメくんがお世話になったね」

「いえいえ。なんだおにいちゃんカタメ、って言うの? 変な名前」

「人の事が言えるか」


 そう言っていると輪をかけて長閑な声がまた割り込んできた。


「うーん。トケルさんにアタリくん。それにカタメ。おもしろいわねー」


 名付けの張本人が何を言うか、というカタメの愚痴をよそにカタメの母親が一人一本ずつ焼きとうもろこしを配ってくれた。


「あ。ありがとうございます」

「あら。礼儀正しいわね、アタリくん」

「姉の彼氏が挨拶にはうるさいので」


 へえ。とカタメは思った。

 無職とはいえ人間としてきちんとしてるのかなと思っているとトケルが異次元の発言をした。


「アタリくん。お姉ちゃんの彼氏、就職させてあげるよ」

「え」

「え」

「あら、さすがトケルさんね」


 カタメの母親の返しも異次元だったが、ここでまさかトケルが異能をぶち込んでくるとは。

 やっぱりカタメは不安でいっぱいだった。


『常識の埒外にありそうなアタリのじいちゃんとそれと同等の感性を持っていそうな姉ちゃんの彼氏・・・さらにハイパー天然のトケルさん・・・嫌な予感しかしない』


「じゃあアタリくん。えい」

「いたっ」


 なんの前触れもなくトケルがアタリにデコピンをした。それから呪文のようにつぶやいた。


「トケてカタまれ。無色透明から凝固して色つきに」

「・・・なにそれ」

「カタメくん。心配しないで? いつも通りちゃんとうまくいくから」


 トケルの異能のパワーそのものをカタメは信じている。

 トケルが天然の勘違いをしない限り。


「じゃあアタリくん。彼氏にこう言うんだよ。『穀潰し二度と敷居を跨ぐな!』って」

「うん」

「・・・ト、トケルさん・・・それって」


 異能でもなんでもないじゃないかと言いかけたカタメにトケルは先回りした。


「セットだから。アタリくんのセリフとセットでトケるから」

「あらあらトケルさん、頼もしいわねえ」


 カタメは自分の母親の長閑さにも若干イラッとした。


 ・・・・・・・・・・・・


 後日トケルとカタメがベスパで買い物に出かけると珍奇な看板が民家の軒先に置かれていた。


『サイケデリック・カフェ工房:INOH異能


 エプロンをつけた髭面の男とねじり鉢巻きの老爺とが客引きをしていた。


「いらっしゃいませー。茶しぶやコーヒーのシミがこびりついたようなデザインのアートなカップに抹茶とドリップコーヒーをお淹れしてまーす!」

「飲んでけこの野郎!」


 信じがたいことだが行列がついていた。

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