カタメがトケルでトケルがカタメ
入れ替わるわけじゃない。そういうことは特に望んでいない。
入れ替わるんじゃなくてあなたそのものになりたい。
カタメとトケルの、少なくともカタメの方は確実にそう思っていた。
「えーとねトケルさんの部屋はここねー。狭くてごめんなさいねー」
「ううん。ありがとうございます、カタメくんのお母さん」
「あらあ。『カタメくんのお母さん』なんてまどろっこしいよそよそしい言い方しないで? ズバリ、『お母さん』でいいのよー」
「じゃあ、お母さん」
「うーん、いいわねー。カタメが言うのとは天と地の差だわねー」
「ほっといてよ。母さん、脱衣所にカーテンあった方がいいよね」
「それは二人で相談して頂戴な」
トケルはお盆の前にはカタメの家に引っ越して来た。
荷物はびっくりするほど少なかった。勉強道具と服と後はペンギンとイルカの抱きマクラぐらいだ。
「カタメくん。おいしいご飯作ってあげるからね」
「うん。すごい楽しみだよ。一緒に作るってのも楽しみ」
「カタメくんはご飯って普通に自分で作ったりするの?」
「まあ時折。母さんは肩凝りがひどくてたまに頭痛で動けなくなっちゃうから」
「わ。それは大変。わたしお母さんの肩とか揉んであげるよ」
「ありがとう。母さん、俺の力だと痛いって言ってさ。ところでさっきの話、カーテン、要る?」
「脱衣所に?」
「そう。もちろんトケルさんがお風呂に入る時間帯は俺は絶対に洗面所に入らないからいいんだけど、俺がお風呂に入っててトケルさんが歯磨きとかしたい時に、カーテンで仕切ってた方がいいのかなと思って」
「仕切らなかったらどうなるの?」
「トケルさんが見たくないものが見えてしまう」
「それって、何?」
「・・・・・・」
結局面倒なのとなんだかんだ言って男の・・・が見られても、見られる方も見る方にとってもセクハラには当たらないだろうという意見でまとまった。
はっきり言ってトケルは天然思考から抜け出せていなくて本当に分かっているのか不安な部分はあったが。
・・・・・・・・・・
「サードぉ!」
「オーライ・・・うわっ!」
カタメのエラーで2点入った。
「なにやってんだよ、カタメ」
「カタメくん、疲れてるんだよね」
「カタメ。エラーしょぼいおいおい」
ネロータもロカビーもカタギリーもカタメを容赦なく責め立てる。優しいのはトケルだけだ。
「カタメくん。ベンチに下がる?」
トケルが一番辛辣かもしれなかった。
ようやく試合終了となり近所のファミレスで打ち上げをする5人。
「大体なんでこんな真夏に炎天下でソフトボールをやらなきゃいけないの?」
「しょうがないよ、カタメくん。それもこれもカタギリーくんのお父さんがお盆でお寺の仕事で忙殺されるのをすっかり忘れて町内会のソフトボール大会のお世話を引き受けてでも対処できなくなって力を合わせて助け合うべきクラスメートたちの存在を偶然カタギリーくんが思い出してわたしたちに『今暇か? おいおい』って電話して来たからなんだけどわたしはそんなこと5分で忘れちゃうぐらいにさっぱりした性格だから気にしないよ?」
「ロ、ロカビーさん、ごめんおいおい」
全員ロカビーが実は怖い人だということに気がつき、これからは物言いに気をつけようと思っていたところ、カタギリーがこれまたざっくばらんなことを言ってダメ押しした。
「ユニフォーム、洗って返してくれおいおい」
・・・・・・・・・・・・・
「カタメくん・・・その・・・あの・・・」
「どうしたの? トケルさん」
カタメの家に戻りユニフォームを洗う段になってトケルが洗濯機の前でモジモジし出した。
「その・・・カタメくんは洗濯物、一緒に洗うのって平気?」
「え・・・ああ。もしトケルさんが嫌だったら分けて洗ってもいいよ」
「ち、違うの! わたしは全然平気だよ? 男の子が独特の青春の(汗臭い)匂いしてるからってそれは女の子だってお互い様の話だし」
「独特の青春の匂いって・・・結構トケルさんも言えないことなしの言い振りだね。俺も全然平気だよ」
「ほ、ほんとに平気? 洗濯機の中でわたしの下着とカタメくんの下着がトケ合うみたいに渦に巻かれても」
「え、ええっ? な、なんか俺、すっごくいやらしいことトケルさんに強要してるような後ろめたい感じがしてきたんだけど・・・」
「ご、ごめんね? でも大事なことだから」
「大事なこと?」
「そう。洗濯物がね、トケ合うとね、人格もトケ合うんだよ」
「・・・・え?」
「人格もトケ合うの」
「それって、迷信?」
「おじいちゃんの、遺訓」
トケルの祖父の話だと衣服には人間の念が汗や呼吸などに混じって溶け込んでいくのであり、洗濯をすれば表面上の汗や匂いはリセットできるが、念は狭い洗濯機の空間の中で拡散するだけであって、完全に水で流し去ることはできないのだという。特にそれが顕著なのが下着であり、決して女子の襦袢と男子の褌などを同じ洗濯ダライの中で洗ってはいけないのだと言い聞かされていた。
カタメはぼうっとその話を聞き終わって思わず呟いてしまった。
「俺、トケルさんとトケ合いたい・・・」
「え! カ、カタメくん・・・それはちょっと変態ぽい・・・」
「わ、わあっ! そうじゃなくて! 好きな人そのものになりきりたいっていうかなんというか」
「カタメ、トケルさん」
カタメの母が脱衣所に入って来た。
慌てて普通の様子を取り繕うカタメとトケル。
「な、なんだよ母さん」
「お、お母さん、なんですか?」
「? どうしたの? 二人とも? アイス買ってきたから一緒に食べましょ? ソフトボールでオーバーヒートしたのを冷やさないとね」
トケルは結局カタメと自分の洗濯物をぐちゃぐちゃに混ぜたまま洗濯機をスタートさせた。
その夜、カタメはトケルと同じ洗濯機の中で洗った下着を着て寝床に入り、不思議な夢を見た。
「トケルさんは俺のことどう思ってんの?」
「カタメくんこそわたしのことどう思ってるの?」
「俺は・・・トケルさんのことをとても大切に思ってるよ」
「嘘」
「な、なんで?」
「だってほんとにわたしのことを大切に思ってくれてるのならわたしとトケ合いたいって思うはずないもの」
「どうしてそんな風に言うの?」
「だってトケ合ったらカタメくんっていう人格がいなくなっちゃう」
「君の中にいるよ? トケルさん」
「それはカタメくんじゃない。それはわたし」
「でも。混ざりあえば二人でひとつだよ」
「ダメなの、それじゃ。お互い違う人格だから意味があるの。トケ合わないから意味があるの」
「トケルさん・・・」
朝日が差し込んで来て目が醒めると、カタメはなぜか泣いていた。
「おはよう」
「おー、おはよう、カタメく〜ん。今目玉焼き焼くからね〜・・・玉子をコンコン、っと・・・あっ!」
「ど、どうしたの?」
「ご、ごめん。殻割るの失敗して黄身が崩れちゃった」
「はは」
「うーん、こうなったらあ・・・カタメくんとわたしの玉子をぐるぐる混ぜて・・・」
カタメは笑いを堪えている。
「ぐっちょんちょんにトケ合わせてスクランブルエッグだあ!」
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