愛をカタメ、恋にトケル

 コンビニのイートインで愛と恋の違いについて2人は語り合った。


「愛って死んじゃうイメージだよね」

「はい?」


 トケルの言いたいことはなんとなく分からないでもなかったが、正式な彼女になっても基本天然であることをカタメは再認識した。念のためにトケルに質問をする。


「じゃあ、恋は生き延びるイメージ?」


 カタメも自分で言っていて訳がわからなくなったが、こういう軽い会話を楽しむのも恋愛の醍醐味かな、とも思った。だが、トケルの天然はやはり予想を超えていた。


「カタメくん。多分愛は1年。恋は3年だと思う」

「??? なに、それ?」

「愛は1年の内に相手が不治の病で死んじゃう。恋はとりあえず卒業までの3年間は持つ」

「ええと。じゃあ、俺とトケルさんみたいに2年生の夏に彼氏・彼女になった場合は?」

「愛ならわたしとカタメくんのどちらかが卒業前に死ぬ。恋ならば卒業後しばらくは持つ」

「じゃあ恋の方がいいね」

「そうとも言い難いよ」

「え?」

「恋の場合、病気系じゃなくて痴情のもつれ系とかの危険が常にある。死別はしないけど別れる確率が高い」

「・・・トケルさん。じゃあ、どうすればいいの?」

「『恋愛』ってことにしておけばリスクは軽減できる」


 ふたりの隣でカップ焼きそばとおにぎりを食べていたサラリーマンが急に立ち上がった。


「頼むから他所よそでやってくれないか?」


 ・・・・・・・・・・・


 夏の日差しが強さを増す昼下がり。涼をとるためにデパートの婦人服売り場のフロアをぶらぶらしながら語り合う。

 ふたりの恋愛に関する議論は哲学の域に達した。


「カタメくん。『深さ』についても触れておかないと。愛ならば水深100m。恋ならば10m」

「・・・恋愛ならば?」

「海溝よりも深し」


 深いのか浅いのかよく分からないまま時刻は夕刻を迎えた。トケルとカタメはデパートの屋上緑化にあるベンチに座り西の方角をぼんやりと眺めた。


「トケルさん。夕日だよ」

「うん。綺麗だね」

「トケルさん」

「なに? カタメくん」

「夏もあと半分だね」

「うん」

「夏休み前にさ、トケルさんが転校してきてからほんとに楽しかった」

「ふふ。わたしもだよ」

「夏が終わったら何か変わるのかな」

「カタメくん。何か心配事?」

「そうじゃないけど・・・なんだか寂しい感じがして。始まりがあって終わりがあるって当たり前のことなのに」

「うん・・・」

「あのさ。俺の心配事なんかどうでもいいけど、トケルさんの方こそ何か隠してるんじゃない?」

「・・・・・・そんなことないよ」

「トケルさん。ずっと一緒にいたい」

「わたしも」

「一日一回のあれ、今言ってもいい?」

「うん。いいよ」

「トケルさん、好きだよ」

「わたしも、好き」

「大好きだ、トケルさん」

「あ。2回言ったよ? ルール違反」

「何回でも言うよ。ほんとに、君が好きなんだ。愛してるんだ」

「愛・・・」


 そう呟いてからしばらくの間、トケルは黙った。


 逆光で黒く浮き上がった山脈の稜線に夕日が消え去る頃、トケルは言った。


「カタメくん。もしわたしの家に誰もいなくなったら、寂しい?」

「なんでそんなこと訊くの?」

「あのね。わたしね」


 カタメは聴覚を閉ざした。

 けれども聴こえてしまう。


『転校生は去って行く・・・』


 カタメは『ラブコメの法則』を覚悟した。

 だがトケルが言い出したのは思いもよらない言葉だった。


「あのね・・・わたしのマンション、取り壊されることになったの」

「・・・へ?」

「耐震工事の期限を行政から早めるように指導があって」

「あ。トケルさんが転校する訳じゃないんだね」

「? しないしない。そんなわたし実質学校通ったのまだ夏休み前の2週間だけだし。でね、こんな時期だから新しいマンションなんて見つからなくてね」

「うん」

「カタメくんに下宿させてもらえないかな」

「え」

「ん? わかりにくかった? カタメくんと一緒に住みたいんだけど」


 カタメは思わず泣いてしまった。

 もちろん、嬉し泣きである。


「是非! お願いします!」

「な、泣くほど嫌?」

「ち、違う違う! 俺もトケルさんと一緒に暮らしたい!」

「じゃあ、明日カタメくんのお父さんとお母さんにお願いしに行くね」


 ラブコメはまだ続いている。

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