恋人たちはトケルのか?
一夜明けた早朝。
カタメはまだ自分の立場が認識し切れずにいた。
「彼女ができた。しかも大好きなトケルさんが」
鏡を覗き込んでも特に変化はない。
身長が伸びたわけでも目が涼しくなったわけでも口元が引き締まったわけでもない。
ただただニヤケていた。
「カタメ。気持ち悪い」
「え。変かな」
「変だし気持ち悪い」
「かあさん、2回言わないでよ」
「浮かれてばかりいちゃダメだよ。いくら相手がトケルさんだからって」
「ど、どうして分かるの!?」
「カタメのイベントなんてそれしかないじゃない。とにかく相手がトケルさんなら安心だけどね」
朝ごはんの食器を洗い終わると早々に外へ出るカタメ。
宛てもなく自転車に乗る。
『昨日トケルさんが後ろに乗ってた・・・』
不思議なものでココロの距離が縮まった途端に会えない時間が何倍にも伸びたような感覚になる。
カタメはコンビニの駐車場まで来たところでトケルにLINEを入れる。
カタメ:おはよう。今から会える?
待つこと3秒。
トケル:おはようー! どこで会う?
カタメ:ファミレスは?
トケル:いいよー。じゃあ勉強道具持ってくね
『勉強道具?』
カタメはちょっと興醒めしたがそれよりもトケルと会えることの喜びが優ってファミレスに自転車を疾走させた。
「おはよう。待った? カタメくん」
「おはよう。俺も今来たところ」
コールドたい焼きとドリンクバーを注文するとトケルはデイパックから、バサっ、とテキスト類を取り出した。
「さあカタメくん。どれからやろうか」
「え。うん。それよりも昨日は楽しかったよ」
「うんうん。ありがとう。わたしもとっても楽しかった」
「昨夜から会えなくて寂しかった」
「うんうん。わたしも。さ、どれやる? 英語? 国語?生物?」
カタメは恋人になりたての彼氏・彼女の関係に少なからず憧れを持っていた。
相手と会えばときめき、目を見つめればときめき、声を聞けば耳をそばだて、指先にでもいいから触れたい・・・そういうものだと思っていた。だけど。
「カタメくん。この問題、どういう解法でやった?」
「俺はこうしたけど」
「ふむう・・・そういう道筋もあったか・・・さすがカタメくん。じゃあこれは?」
カタメは以前ハンバーガー屋で隣り合わせた高校生ぐらいの男女がこういう会話をしていたのを思い出した。
男子がまずこう言う。
『彼女でしょ』
女子がこう返す。
『彼女じゃないですよぉー。だって先輩すごくかっこいいもん。わたしなんか』
『彼女だよ』
『いえいえ滅相も無い〜』
非常に似通った状況のような気がして危機感を抱くカタメ。思わずトケルに訊いた。
「トケルさん。俺たち、彼氏・彼女になったよね」
「うん。そうだよ。わたしはカタメくんの彼女。カタメくんはわたしの彼氏」
「その・・・それっぽいやり取りしない?」
「? それっぽい? たとえばどんな?」
「えと・・・おはよう、って言ったりとか(顔を赤らめてさ・・・)」
「さっき言ったよ」
「会えなくて寂しかった、とか」
「それも言ったよ?」
「えーと・・・」
「あ。もしかして、『ときめきたい』の? カタメくん」
「・・・うん」
「カタメくん。はっきり言っておくね」
「は、はい」
トケルが持論のようなものを述べた。
「つまり『好き好き好き』って思ってて、『相手はどう思ってるのかな? 片想いなのかな?』っていうのは不安な状態」
「そ、そうだね」
「でも、彼氏・彼女になっちゃえばその不安は一気に解消する。日常を淡々と平常心で生活できるようになるってこと」
「へ?」
「うーん、そうだねえ・・・『所帯染みた夫婦』みたいな」
「トケルさん!」
カタメは周囲の客がびっくりするような声を出して、すぐにすいませんと謝りながらそれでもトケルに言った。
「そりゃあトケルさんの言ってることは多分間違いじゃないよ。所帯染みた夫婦だって俺は別にいいと思うよ。父さんや母さんだってある意味そうやって地に足ついた人生を送ってきてるし。でもさあ・・・俺の高揚感みたいなものも少しは分かってよ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「愛情表現してほしい。俺もしたい」
「じゃ、じゃ、じゃあ・・・」
トケルがうろたえ出した。
カタメは実はトケルもとてつもなく恥ずかしいだけなのだということをようやく察した。トケルがか細い声で言う。
「じゃ、じゃあ、一番手っ取り早い愛情表現するよ? でも、一日一回だけ。それでいい?」
「う、うん!」
トケルは涙目にすらなって、トーンの高い小さな声でつぶやいた。
「好きだよ、カタメくん・・・」
そのまま口元を手で覆い、潤んだ上目遣いでカタメをチラチラと見る。
「俺も好きだ、トケルさん」
トケルがラブコメの空気をクリアするように赤面したまま掛け声をかけた。
「さ、今日はおしまい! 勉強勉強!」
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