トケルのトケないトクベツな日

「カタメくん」

「うん」

「17歳になったの」

「え?」

「今日わたし17歳になったの」


 まだ朝の6:00。

 ベスパでカタメの家までやってきたトケルはスマホでカタメを起こした。

 カタメは寝起きでぼうっとした頭を清涼な炭酸水でしゃっきり起こされた気分になった。


「誕生日おめでとう! トケルさん!」


 急激にカタメのココロが高揚する。

 けれどもどうしてあげればいいのか分からない。

 トケルの方からオーダーがあった。


「どこか連れてって。わたしをエスコートして」


 意気に感じないはずがない。

 カタメは思考の速度をMAXに上げて脳内でシミュレートする。その前に家族に宣言だ。


「かあさん、俺今日トケルさんとデートするから、三食要らないから!」


 ・・・・・・・・・・・


 ベスパを置いて自転車で移動した。

 カタメがペダルを踏み込みトケルを後ろに乗せて。これはカタメの意地のようなものだった。


 ただついつい、


『トケルさん、どこ行こうか』


 という言葉が出そうになる。

 それをぐっと飲み込んでカタメは切り出した。


「朝ごはん、海に行くよ」


 カタメはもう昇り切っていた朝日の下を自転車のペダルを回転させる。

 Tシャツの背中が汗ばんでもすぐに風が襟元から流し込まれて布をはためかせ、速乾性の生地をあっという間に乾ききらせる。


 不意に点のような感触があった。


「うわわっ!」


 トケルがカタメの背中に人差し指で、ちょん、と触れたのだ。それと同時にトケルは小さくつぶやいた。


「嬉しい」


 カタメはトケルの表情を見たかったけれども、振り返るのが恥ずかしいぐらいに赤面していた。


 着いたのは海辺のダイナー。


 Setchan’s Diner という看板が夏の朝の風と光に映えて美しい店だった。

 とても狭い間取りの店内で落ち着いたレディがコーヒーをドリップしている。


「あら、カタメくん、いらっしゃい」

「おはようございます」

「あら? その子・・・」

「こんにちは。トケルって言います」

「こんにちは。ええと。カタメくん、その子は彼女?」

「い、いえっ! 彼女じゃないです」


 オーナーの『せっちゃん』に慌てて弁解したあとで小さな声でカタメは囁いた。


「俺の、好きなひとです」


 せっちゃんのドリップしたコーヒーをアイスでふたりは飲んだ。

 朝食ははっきりした食感になるようみじん切りされた玉ねぎとトマトがぎゅうぎゅう詰めのピタブレッド。


「おいしい。カタメくん、おいしいよ」

「あ、ありがとう・・・って美味しいのはせっちゃんのお陰か」

「もちろんそうだけど、カタメくんにこんなステキなお店に連れてきてもらって嬉しい。幸せ」


 トケルが小さな唇を、あんぐ、と開けて齧る様子にときめいてしまうカタメ。そして最初はブラックで飲んだアイスコーヒーに、サービスだと言ってせっちゃんが出してくれたシロップを混ぜてホイップした生クリームをトポポポ、と注いでくれた。


「甘いね」

「うん」


『甘い』というトケルの一言だけで幸せな気分になるカタメ。

 ゆっくりとした夏の朝をふたりで過ごした。


「カタメくん、次は?」

「丘」


 カタメは最初から最後までサドルから腰を浮かせて、ロードバイクでもクロスバイクでもない愛車で丘を昇り切った。途中からはトケルもまたがるように座り、コンバースのソールで、トトトト、と地面を蹴ってカタメをアシストした。


「綺麗・・・」


 トケルとカタメは丘の上に並び立って街を見下ろした。


 夏草が匂う空間に設えられたベンチと日よけの屋根の下で風を待った。


「ほら、きたよ。トケルさん」


 カタメがまるで分かっていたかのようにそう言ったタイミングでふたりの背中から涼風が吹いてきた。


 汗ばむ背中を冷やすふたり。

 涼やかだけれども胸が熱いカタメ。


 どうしようか。

 カタメが何事かを迷っているとトケルが言った。


「写真、撮ろうよ」


 お互いのスマホで撮り合った。


 トケルのスマホにはカタメのワンショット。

 カタメのスマホにはトケルのワンショット。


 そしてツーショットも一枚ずつ、保存した。


 ・・・・・・・・・・


 午後の一番暑い時間帯は美術館で過ごした。

 地元では一番大きな美術館で、夏の自由研究に合わせて特別展が開催されており、小学生・中学生の子たちが大勢いた。


「カタメくん、絵は好き?」

「詳しくないけど、好きだよ」


 アンディ・ウォーホルのリトグラフにすごいなあ、とふたりで感嘆しながら進んで行くと、特別展のコーナーに入り込んだ。

 それは近隣県の美術大学の学生たちに募った花の絵ばかりを集めた展示だった。


 不思議なもので、野心や人生を絵で切り拓こうという意思が明確な絵に囲まれているとカタメとトケルもココロがくすぐったいような気持ちの盛り上がりを感じていた。


 トケルが1枚の絵の前で立ち止まった。


「カタメくん、ひまわりだよ」

「あ。ほんとだ。ゴッホじゃないひまわりだ」

「茎がものすごく太いね」

「うん。トケルさん、花は?」

「ゴツくて大きい」


 トケルのシンプルな描写がカタメはとても気に入った。


「カタメくん、わたしたちもう大人になっちゃうね」

「17歳だし?」

「カタメくんはまだ16だよね?」

「うん。俺、早生まれだから」

「ふむふむ。年長者を敬いたまえ」

「はは。トケル先輩」

「なんだねカタメくん」

「楽しかった」

「・・・わたしも」


 夜は、水辺。

 水辺の、ライトアップが美しい公園。


 カフェやレストランも敷地内にある整備されたばかりの新しい公園。


 そして、こんなものもある。


「チャペル!」

「うん。最近はここで式を挙げるひとがすごい増えてるんだって」

「へえー。カタメくん、なんか洗練されてる、って感じ」

「洗練・・・」

「そう。いいよね。こういうところで結婚式挙げるのも」


 カタメは考えに考えた挙句に衝動で行動した。


「トケルさん」

「はい」

「好きなんだ」


 それはライトアップされた橋の上。

 トケルはほんの少しだけ目を大きく開いて、けれども表情は平常心に見える。

 カタメは間髪入れずに言葉を続ける。


「だから、俺の彼女になってほしい」

「うん。いいよ」

「え?」

「いいよ。わたしはあなたの彼女。あなたはわたしの彼氏」


 カタメは感激した。

『あなた』と呼ばれたことにとてつもない誇らしさを感じた。


 音楽が流れてきた。


 水辺の屋外ステージで、ウッドベース、キーボード、ヴァイオリンの男女3人が演奏を始めた。


「あれ? トケルさん。この曲って」

「ええとね。タイトルは知らないけど、式を挙げるその日を歌った曲だよ」


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