極楽の風にトケてしまう

 真夏の屋外にこんな空間があろうとはカタメは思ってもいなかった。


『どうしてこんなに冷んやりしてるんだろう』


 カタメの目の前にはハンモックが吊られていた。ちょうどいい間隔の木と木の間に吊られてしかもこの木陰をい〜い風が吹き抜けてゆくので、夏の暑さを一瞬忘れてしまうところだった。


 ぐるんと南洋の雰囲気をたたえる木々がコンパクトな林という感じで植わっており、反動で落ちそうになりながらもカタメはなんとかハンモックの網に体をくるんだ。


「ああ・・・極楽極楽。でも、なんか足りないなあ・・・」


 ちょうどその横をメイドの衣装を着た女子が通りかかった。


「あの、すみません」

「お目覚めですか? ご主人様」

「え。いやまだこれから眠るところだったんだけど」

「あらそうですか。添い寝しましょうか?」

「えっ! いいですいいです。大丈夫ですから」


 何が大丈夫なんだろうとカタメは自分で自分の応答が恥ずかしくなった。メイドはカタメの反応を無視して続けた。


「いかがですか・・・団扇で扇ぎましょうか?」

「い、いえっ! 大丈夫です!」

「遠慮なさらずに」


 メイドはハンモックの脇にぺたんと正座して団扇でやわらかな風をカタメに送った。


「どうですか? 特別に涼しくありませんか?」


 カタメは目を閉じてみる。


『う・・・不思議だ。なんでこんなに涼しいんだろう』


 メイドが今度はなにやらお盆に乗せて運んできた。


「喉が渇いたでしょう。はいどうぞ」

「これは・・・」


 ティーポットに入ったホットのアップルティー。メイドはポットからまだ熱いアップルティーを氷を砕いたグラスにそのまま注ぐ。

 メイドはなにやら感動している。


「わあ・・・濁らず綺麗に淹れられました。ご主人様のお陰です」

「いや・・・そんなこと」

「ご主人様。わたしもお相伴に預かってよろしいですか?」

「あ・・・飲みたい、ってこと?」

「はい。どうか助けると思って」


 大袈裟だなあと思いながらもカタメはメイドにも氷を砕いたグラスを手渡し、ポットから紅茶を注いだ。

 メイドは紅茶とは関係ない、おそらくは自分の美をどう感じているかという質問をカタメに執拗なぐらいに何度も繰り返した。


「どうですか? わたしの容姿は」

「いやその・・・」


『可愛い』という言葉をカタメは飲み込んだ。少し偏頭痛がした。

 さっきからずっと何かに操作されているような感覚を拭い去れていない。


 そしてもう一度、今度は記憶ではなく思考が動いた。


「あの・・・俺、なんか忘れてるような気がするんですけど、原因をご存知ないですか?」

「難しいですわねえ・・・わたしがお答えしてもよろしいのでしょうか?」

「は、はい! 是非!」

「では・・・それはとても優しい女神のような存在です。どんなに努力してもこの娑婆で天然であることこそがトレードマークの人物・・・それは・・・」

「それは・・・」

「ご自分でお伝えなさいませ」


 どうしてそんな意地悪を言うんだろう、とカタメは思った。


 だって伝えるまでもなく自分の気持ちは固まっているのに、と。


「・・・カタメくん・・・」

「ん?・・・」

「カタメくんっ!?」

「わあっ!」

「どうしたの? 大丈夫?」

「ゆ、夢か・・・」

「へえ。すごくニコニコしてたよ?」

「あ、あの! トケルさん!」

「はい」

「す・・・・」

「す?」

「すき・・・・」

「すき?」

「す・・・き・・・・すすすすきききき・・・」


 ナチュラルラップになるカタメにトケルが目を見開く。

 青春ラブコメを理解したんだろうか。

 返しが悪魔だった。


「スキップ?」


 がっくりするカタメ。

 ただ、トケルがとてつもなく美しいものを見せてくれた。


「スキップ、スキップ!」


 トケルがおどけて道を跳ぶとふわっとした紺色のワンピースに空気が流し込まれてまるでファンタジー小説のヒロインのようだった。


 思わずカタメはつぶやいた。


「どっちが夢なんだろ」

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