ロックンロール・トケルロール!

 ロック・フェス!


 トケルもカタメも楽しみにしていた。

 ただ問題は2人とも音楽には全く縁もゆかりもない人生を送ってきていたことだろう。


「トケル、カタメ。今日はわたしがロックのなんたるかを手ほどきしてやるよ」

「待ってよ。ロックならわたしの領域だよ」


 ハードコアパンクに浸り自らもバンドでギターを弾いているネロータと、そのニックネームの由来が実はロカビリーだというロカビーとが火花を散らすバスの中。

 隣県のフェス会場まで直通バスで移動する5人組。


「カタギリーくんはどんな音楽が好きなの?」

「パンクだぞおいおい」


『おいおい』は『Oi! Oi!』だったのか。


 到着した真夏の広大な公園にステージが3つ。


 オクトパス・ステージ


 スクイド・ステージ


 マカーレル・ステージ


 センスが分からないけど、たこ焼きに入っているのが実はイカだったという近所のイートインの衝撃の事実にあやかって5人はスクイド・ステージの芝生の上にシートを敷いて参加アーティストをチェックしている。


「トケルさんはどのバンドが楽しみ?」

「『ケバい園児』」


 件の『ケバい園児』の演奏が始まった。

 ギター・ヴォーカル(♀)、ベース(♀)、ドラム(♂)の3ピースバンド。


「こんにちはー! さあーみんなー、かかってこいやあー!」


 ヴォーカルがマイクにガシガシ唇をくっつけてがなると、観客席の全員が立ち上がってステージを目指して前進する。


「え・え・え! つ、つぶされるー!」

「カタメ! 突進するんだあ!」


 ネロータの怒鳴り声に反射でステージを目指してほとんど小走りのような感じで前進するカタメ。

 カタメが横を見るとネロータもロカビーもカタギリーまでも鬼気迫る表情で拳を突き上げ、ただひたすら突進していた。


「ト、トケルさんは!? 大丈夫!?」

「あはははははっ!」


 トケルも嬉々とした表情でステージを目指している。


『お、俺だって!』


 カタメもなんだか訳が分からないままに足を前に出していた。


 カタメ以外の4人の突進力がものすごく、気が付いたら最前列に到達していた。

 そしてステージ袖に設置されたスピーカーから大音量が流し出される。


「う・・・耳が、痛い!」


 最前列に到達したことでカタメの真横に位置するスピーカーから耳孔に音圧が流し込まれる。まるで拷問のような時間だった。


「カタメくん、はいこれ」


 トントン、とカタメの肩を叩いてくれたトケルの声はギターノイズに潰れて聞こえないけれども読唇術で意味が分かった。

 トケルがくれたのは耳栓。

 大急ぎでカタメは装着し、まだ耐えられる音量に遮断できた。


 しかしほっと一息ついたカタメを襲ったのはヴォーカル・ギターの信じられない一言だった。


「回れ〜っ!」


 この合図でオーディエンスが渦のようになって会場を回り始めた。それこそ大渦のように。


「あーもう! せっかく前に来れたのにー!」


 渦に巻き込まれて結局は会場後方にまた戻されるオーディエンスは不平不満を言いながらもこの雰囲気を楽しんでいるようだ。


 ただ、カタメにしろトケルにしろ、一体何をしに来たのかよくわからない感覚になっていた。

 以下はほぼ読唇術での2人の会話。


「トケルさん。演奏、聴こえる?」

「音の羅列としては。ミュージックにはなってないよね」


 そう言っていると、人の間隔がどんどん狭まってきて、並びあっているトケルとカタメも密着せざるを得ない。


「うわっとお!」

「あ、トケルさん!」


 つまづいてトケルが転びそうになる。ひとつ間違えば将棋倒しの起点となりそうだったトケルを、カタメは正面から抱きとめた。


「ありがとう、カタメくん」

「う、ううん。危なかったね・・・ごめん、ちょっと離れるスペースがない・・・」


 思わずトケルを抱きしめてしまったカタメはなんとか離れようとするのだが前後から人波が押し寄せて離れようとすると却って危険な状態になった。

 以前にも一度トケルの安否が確認できた時に抱きしめたことはあったけれども、改めてトケルの小柄で柔らかく子猫のように熱を持った体を包み込んでいることに焦りと・・・そして嬉しさとを感じていた。

 トケルが思いがけないことを言った。


「カタメくん、いいよ。無理して離れなくても。その代わり・・・」

「う、うん・・・」

「匂い、スルーしてね。汗かいてるから・・・」


 言われた瞬間、カタメはトケルのしっとりした肌の感触に気づいて恥ずかしさとトケルのなまめかしい美しさに胸が詰まるように苦しくなった。


 トケルの湿った肌は決して不快ではなく、それどころか真夏の太陽の下、自分がオアシスをまるごと独占して抱え込んでいるような気分になった。


 唐突にギター・ヴォーカルが叫んで凶暴なまでに激しいパンキーな高速リフを弾き始める。


「新曲だあー! 『灼熱強制チークダンス!』」


 会場がぐるぐる回りながらその轟音の新曲を叩き込まれた。



『灼熱強制チークダンス!』

 曲・詩・編曲:ケバい園児


 チーク! チーク! チチチチチーク!

 チーク! チーク! ちくわでチーク!


 強制強制すなわち猛省、

 猛省猛省これまた

 あーせいこーせい、抱きしめチーク!


 反省せよせよ、猛省せよせよ

 セヨはJKでわたしら園児!

 園児、園児、大人な園児!


 チーク! チーク! 父父チチチチチチーク!

 かーさんチーク! とーさんチーク!


 おらあ、汗も互いに溶かし込めえー!


 ・・・・・・・・・・


「いやー、面白かったねー!」

「『ケバい園児』サイコー!」

「パンク・イズ・ノット・デッド! おいおい!」


 会場からの帰り道、ロカビー、ネロータ、カタギリーが興奮して歩くその後ろをカタメとトケルは互いの距離を少し空けて並んで歩いていた。


 トケルは顔をずっと赤らめたままだ。


『トケルさんでもさすがにずっと俺と抱き合ってたら恥ずかしかったのかな・・・かわいい!』


 とカタメが心の中で充足感に浸りかけた時、トケルが素っ頓狂な声を上げた。


「ああっ!」

「え、ど、どうしたの? トケルさん?」

「相手を『LOCK』するから『ロック』なんだねっ!」


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