ソーメンで脳がトケル〜!

 一体何をどのようにしたらこういう展開になるのか分からなかったがトケルとカタメは業務用ガスコンロの前に立っていた。


 いや、『ガスバーナー』と呼んで差し支えない、それは凶悪ですらある兵器のような調理器具だった。


「暑い!」

「熱い!」


 前者がカタメ、後者がトケルである。


 しかも炎天下の陰日なたで言えば灼熱しか照りつけないテントの屋根すら無防備な真昼の直射日光。


「おーい! 素麺あと5人前!」

「はーい!」

「こっちは10人前!」

「はーい!」


 トケルとカタメは業火のようなガスの青い炎の前でひたすら素麺を茹でていた。


「カタメくん。カタギリーくんの家ってお寺さんだよね」

「そう」

「食堂じゃないよね」

「もちろん」

「イベントで一気に年間売り上げの大半を稼ぎ出さないと潰れてしまうラーメン屋さんじゃないよね」

「もちろん。これってソーメンだし」

「まさかお寺だからってアーメン・ソーメンってギャグじゃないよね」

「トケルさん・・・ほんとにごめん」


 カタメとカタギリーは1年生の時も同じクラスだった。だが時として脳は自分に都合の悪い記憶を消し去ろうとする自己防衛が働く。

 今回はそれが逆に防衛とならなかったケースだ。


「トケルさん、ほんとにごめん。去年もカタギリーに屋外ホームパーティーやるからって騙されたのに、完全に記憶が・・・」

「いいよいいよ。ちょっとだけ愚痴ってみたかっただけ。わたしソーメン好きだし」


 素麺が好きだからと言って炎天下で日とガスの火に炙られながら汗だくで調理作業をすることまで好きな人間はいないだろう。トケルに申し訳ない思いでいると主催者側である張本人がやってきた。


「そいそい。2人ともゴクローさんおいおい」

「カタギリー。去年も思ったんだけどなんで親水公園でお前んとこの檀家のお盆の集いをやるんだよ」

「そいそい。ウチの檀家は大所帯だからスペース借りしてやるんだぞおいおい」

「どうしてクラスの人間を巻き込むんだよ。俺んちも檀家だから親に行って来いって言われちゃったじゃないか」

「檀家の宿命だおいおい」

「おまけにトケルさんまで巻き込んで」

「人間誰しも死ぬぞおいおい。死んだら葬式出すのは寺だぞおいおい」

「あれ?」


 カタメとカタギリーのやりとりを聞いていたトケルが指を右顎斜め45°の角度に立てて首をかしげるラブコメ用のポーズをして呟いた。その表情にときめきながらも進行のためにカタメは訊いた。


「どうしたのトケルさん?」

「ウチのひいおじいちゃんの葬式、神社でやったよ?」


 ・・・・・・・・・・


「そっか・・・神道式の葬式かあ・・・」

「うん。だからわたしんちはカタギリーくんのお世話には決してならないと思う」

「そいそい。申し訳なかったぞおいおい」


 給仕を担当するロカビーとネロータが調理テントに戻ってきて2人してクレームした。


「ちょっとお! どう考えても檀家じゃない人たちも勝手に席について食べてるよぉー!」

「ほんとだな。図々しいにもほどがあるよな。おいどうすんだよ、カタギリー」

「揉め事は避けるぞおいおい」

「金取れよ! わたしらはソーメンなんぞ要らないんだよ!」


『友情』という名の奉仕でもって召集され、報酬はソーメン食べ放題という条件にやり切れずネロータがカタギリーに怒鳴りつけた。

 トケルが冷静沈着に言う。


「ネロータちゃん。商売にするなら保健所の許可要るから無理だと思う」


 ・・・・・・・・・・


「うえー、疲れ果てたー!」

「もうソーメンなんぞ見たくない食べたくない運びたくなーい!」


 真夏の『ソーメンパーティー』は午後の気だるい時間帯になってようやく終わった。


 ネロータもロカビーも檀家のお年寄りたちに延々と運び続けて90°の直角で固まってしまっていた腕をぐっと伸ばしながらへたり込んだ。


 カタメは巻き込まれながらもなんだかんだ言いながら調理作業をやりきってくれたトケルをねぎらう。


「トケルさんもしばらくは素麺作りたくないでしょ」

「うん。しばらくはお昼もご飯にお味噌汁でいいかな」


 カタメも納得の表情で頷いた時、トケルがふっとカタギリーに訊いた。


「カタギリーくん、余ったソーメンってある?」

「あるよおいおい」

「? トケルさん、どうするの?」

「ナスとソーメンのお味噌汁にしようかと思って」


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