スイカと戯れてトケル
トケルとカタメはスイカ畑で重労働に浸っていた。例によってベスパで乗りつけたのだが、2人をこき使うのは齢90に近いトケルの曽祖母だった。
「ひーばあちゃん、何個積まないといけないの?」
「100個」
「それは大変!」
やってきたのはトケルの母方の曽祖母が経営しているスイカ畑。
ブランド名は『婆のスイカ』
「トケル、アンタの彼氏、ヘナチョコだね」
「カタメくんはヘナチョコじゃない。そして彼氏じゃない」
「はは・・・」
いつもの微妙なトケルの反応に心の中で泣き出すカタメ。
だが今日は泣いているヒマなどなかった。
「ほれ! 彼氏! 落として割ったら弁償さね!」
「は、はいっ!」
「トケル! 大きさが揃っとらんぞ!」
「は、はーい!」
曽祖母は鬼の形相で出荷作業を取り仕切る。配送用のトラック横持ち運賃は販売先である高級フルーツ専門店やデパート側の負担とは言いながら荷積み作業が滞ると烈火のごとくに怒った。
「ドライバーに嫌われたら仕事が来んようになるさねっ!」
真理だろう。
珍しい個人のスイカ農家として早期収穫ではなく真夏の日配に合わせた栽培スケジュールで高価・多売なのは曽祖母が商売の鉄則を知っているからだった。
「顧客ならエンドユーザー、実務なら現場仕事が一番偉いんだぞね!」
早朝作業とは言いながら朝の日差しも凶暴でトケルもカタメも海や山で黒くなった肌をさらに褐色に染めていた。
「ふう・・・暑いよー!」
カタメはドキッ、とした。
トケルは今日の作業に合わせてスイカがプリントされた白地のTシャツを着ていたのだが、半袖をくるくると巻いて肩を出したのだ。
腕はすでに肌が焼けていたのだが肩はまだ白く、その境目のコントラストがカタメにとっては切ないぐらいに愛おしく思えた。同時にこんな想像もした。
『ショートパンツの裾もまくしあげたら、白いのかな・・・』
一瞬想像してすぐにブンブンと首を振る。
「? カタメくん? 蚊でもたかってるの?」
・・・・・・・・・・
作業はスムースに進み、ちょうど100個トラックに搬入したところで今日の出荷分は終了。曽祖母が2人を労う。
「おーおー、ご苦労さん。熱中症にもならんとよう頑張ってくれたわ」
「はは。カタメくん、ありがとう」
「ううん。トケルさん、僕の方こそ楽しかったよ」
実際カタメは畑で仕事をしたことがなく、好奇心を十分に満たすことができた。さらに本家なのでこういう『お里に行く』という感じのイベントをしたこともなく曽祖母に言いようのない郷愁の感覚を抱いていた。
「でもひーばあちゃんは商売上手だよね。人件費だって家族やら親戚やらを使って浮かせてるもんね」
「これ、トケル!人聞きの悪いことを言うんじゃないよ。こうやってスイカをごちそうしとろうが」
「すごい感覚だなあ・・・」
山の雪解けの湧水でキンキンに冷やしたスイカを1/4カットで豪快にかぶりつく3人。
「美味しいです!」
カタメが感動で大声を出す。
「冷たい! 甘い! おいしい!」
トケルも感動の余り、叫ぶようにして食べる。
曽祖母もしゃりしゃりとスイカを食べていたのだが、突然大声を出した。
「こらあっ!」
畑の端っこの方になっているスイカをカラスが突こうとしていた。
「まったくあのカラスどもは」
「ひーばあちゃん、カラスが二度と来ないようにしてあげようか」
「ふーん。トケルは小さい頃からなんやら不思議な術を使いおったからのう・・・やって見ておくれ」
「OK」
トケルはすっ、と立ってカラスがたむろしているまだ小振りのスイカのエリアに歩いて進んだ。カラスは頭がいいので人間が特に効果的なカラス避けの対策を練ってこないことを察知して小馬鹿にしたような紳士・淑女のごとき文化的な餌の漁り方をしていた。
トケルが更に近づくとカラスの集団はトケルを小馬鹿にした様子を募らせてスイカを突こうと一斉に嘴を振り上げた時、
「カラスのみんな。スイカを食べて、舌よ溶けろ」
そう言いながら人差し指を立てて、ふうっ、とカラスどもの方へ唇を尖らせて息を吹きかけた。
ギュワアギュワア!
アー! アー!
この世の終わりの断末魔のような鳴き声を放ち、カラスが全羽、急上昇・急速発進して朝の夏空のかなたに飛び去って行った。
「ほう・・・トケル、やるもんじゃの」
そうは言いながら曽祖母とカタメはこう言い合った。
「まるで魔女じゃの」
「ほんとですね」
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