トケルならラブコメブレスト
トケルから呼び出されたのがアーケード商店街にあるフリースペースだった。
夏休みとて勉強する学生や将棋をさす老爺がたむろする中、トケルとカタメはホワイトボードの前のテーブルに陣取っていた。
「カタメくんはラブコメがしたいんだね」
「えっ・・・うん」
「でもどうすればいいか分からないんだね」
「・・・・・・はい?」
「だからやろうようブレストを」
「ブレスト? 」
「ブレインストーミング。脳嵐」
トケルがふざけているのかどうなのかはカタメには分からなかったが一般教養的にはブレインストーミングなるものを知ってはいた。発想法のひとつでとにかく頭に浮かぶアイディアなり項目なりを出せるだけ出しまくる。ビジネスの場でも使われる手法だ。
そしてブレストからのKJ法をやるとトケルは言う。
「JK砲じゃないよ」
「知ってるよトケルさん。KJ法でしょ。今の場合はブレストで出たアイディアをKJ法で組み合わせたりするんでしょ。だいたいJK砲ってなに?女子高生砲?トケルさんがやってくれるんなら見てはあげるけど」
「そっか。じゃあ今すぐやってみよっか」
「わー! ごめんなさいごめんなさい、トケルさんごめんなさぁあい!」
トケルなら本気でJK砲なる響きの何事かをやってしまうと思ったのだろう。カタメはトケルの放つ女子高生砲弾の炸裂を見てみたい気もしたが素直にブレストからのKJ法への作業の準備をした。
「じゃあまずはブレスト。テーマは『ラブコメの最小単位』」
「『ラブコメの最小単位』?」
「そう。カタメくんがラブコメという概念から思い浮かべる言葉を思いつく限り付箋に書いてペタペタ張り付けるの。じゃあわたしから行くね」
『キス』
「? どうしたの、カタメくん?」
「いえそのあの」
「どんどん行くよ? えい」
『触れ合う肌』
カタメは自分が書かないとトケルがどんどんエスカレートする言葉を書き連ねるだろうと思った。天然のままに。
「じゃ、じゃあ、俺が」
『初デート』
「わあ・・・カタメくん、かわいい♡ 女子みたい♡ 続けて続けて?」
『夕立』
「カタメくん! 最高! ラブコメ上級者だね」
『タンカー』
「う・・・ん? なんかちょっと謎めいてるね」
『ペンギンの抱きマクラ』
カタメはやり切った。
夕立は図書館でトケルと二人で雨宿りした瞬間。
タンカーはトケルの足首を握ってふたりで泳いだ海。
ペンギンの抱きマクラはふたりで過ごした一夜。
悔いはない、と思った瞬間、トケルが言った。
「カタメくん、ペンギン好きなの?」
・・・・・・・・・
ホワイトボードに貼りに貼った付箋が隙間ないぐらいになったところでトケルが号令をかけた。
「じゃあ、KJいこっか!」
ちらほらとトケルとカタメの遣り取りを見ていく利用者もいる。
単独で受験勉強をしに来ているような男子がほとんどだったが。
「頭で考えるんじゃないんだよ。手が勝手に動くままに・・・ってそれじゃあコックリさんだね!」
トケルは明らかにはしゃいでいる。
カタメはだんだん分かってきた。
夏に!
フリースペースで!
トケルさんとふたりで!
ブレストの挙句KJ法する!
これって、最高のラブコメじゃないか!
そして出来上がった作品。
『クマにペンギンの抱きマクラをあてがう』
『ラジオ体操で泣く』
『将来をフルーツバスケる』
『ふたりの関係を滝に流す』
別テーブルでフリーペーパーの編集をしていた年配の女性たちがトケルとカタメのホワイトボードの前を通りかかって、言った。
「あなたたち、今すぐ別れなさい」
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