舌もトケルBBQ?
仕事で夏休みがとれたのでトケルの母親が帰省することになった。
トケルがこんな提案をしてきた。
「ふた家族でバーベキューしない?」
「え。ウチとトケルさんちで?」
「うん。たのしーよー、きっと」
そういうわけで両家とも父親は都合がつかず、母親同伴で4人でのバーベキューとなった。場所は夏山登山真っ盛りの3,000m級の連峰の手前にあるバーベキュー場。
「トケルの母でございます。いつもトケルがお世話になって本当にありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。トケルちゃんにはカタメがぞっこんで・・・」
「母さん!」
「あらあら、カタメくんそれは嬉しいわあ。トケルを末永く愛してやってね」
「はい・・・え、ええっ!?」
「お母さん、ウインナー焦げてるよ」
「あらあ、トケル。それを言うなら玉葱をバラバラにして焼く不作法をわたしは見過ごせないわ」
「まあまあトケルちゃんのお母さん。トケルちゃんは合理的な女の子なんですよ」
女子3人とも天然選手権をやっているのだろうかとカタメが恐れおののいた時にバーベキュー場の運営者から場内放送が入った。
『只今よりイワナのつかみ取りを行います。ふるって御参加ください』
「わあ。カタメくん、イワナだって! 行ってみようよ!」
「へえ・・・面白そうだね」
「はいはいお二人さん! イワナの塩焼き! ゲットよろしく!」
母親二人から叱咤激励されてつかみ取りの会場へやって来たふたり。
ところが・・・
「え。これ、どうすればいいのかな?」
トケルが呆然とするのももっともでそれは運営側が用意したイワナを浅瀬の仕切りでちゃわちゃわと捕獲する遊戯のようなそれではなく、普通の渓流のここからここまでの水域を示され、『さあ掴んでください!』という本気のまるで原始漁法のようなイベントだった。
「トケルさん、どうする?」
「うー。やる!」
真夏だが渓流に素足で入ると突き刺すような冷たさだった。涼しいなどというレベルではなく頭のてっぺんまで度を超えた清涼感で満たされるふたり。
「大丈夫? トケルさん」
「うん。あ! いた!」
「えっ!?」
確かにいた。
黒い魚影が見えるのだがまさしくいたという過去形でしか捉えることのできない俊敏さなのだ。
「さあ、皆さん、参加料1,000円の元を取ってくださいねー」
ただでさえ警戒心の強い魚を仕切りも何もないそのままの川の中で釣るのではなく素手で掴み獲れという。詐欺ではないかという思いすらカタメは抱いていた。
だが、トケルはまったく怯んでいない。
「よーし。カタメくん。息止めて」
「トケルさんも無茶苦茶だなあ」
「そうじゃなくて。息を止めることでわたしたちの方の野生を目覚めさせるんだよ」
「俺たちの野生?」
「そう」
カタメはトケルと一晩過ごした時すら野生どころか理性を持ち通したのに、という思いと、なんだか今ここで『トケルさん。好きだ好きだ大好きだっ!』という恋愛本能を解き放ってもよいのかもという妄想に入りかけていたところ、またもやトケルが天然の先制攻撃を仕掛けてきた。
「わたしたちは、鳥」
「へっ?」
「鳥・・・そう、カワセミ」
「・・・トケルさん。カワセミ見たことあるの?」
「ないけどさっきスマホで調べたらイワナの天敵だって出てきた」
「うーん」
「ほら、カタメくん、想像して? 上空から素晴らしいスピードのイワナの影を捉える自分を。カワセミとしての自分を!」
「カワセミ・・・」
不思議なものでカタメは鳥としての自分というか上空からの川の俯瞰図が脳裏にすんなりと浮かび上がってきた。
「ほら。カタメくん? イワナちゃんの動きが手に取るように分かるでしょ?」
「うん・・・うん、分かる! 今あの丸い石の底に隠れた!」
「カタメくん、いいよ! さあ、後は獲るだけだね」
「でも・・・潜んだ場所が分かってもほんの少し気配を見せただけで逃げちゃうよ」
「そうだね。じゃあカタメくんの意識を溶かそうか」
「意識を溶かす?」
「はい。こうやって」
「わっ!」
トケルがカタメの背後からきゅう、っと抱きついてきた。
決して豊かではないがTシャツ越しのトケルのふわりとした感触の胸がカタメの腰より少し上の背中のあたりに当てられてナチュラルにその膨らみがカタメの体内に溶けるように消える。
「ト、ト・ト・ト・ト・ト」
「トトトトト?」
「ト、トケルさん!」
「はい」
「気配を溶かすどころか意識しちゃうよ」
「何を?」
「その・・・トケルさんの柔らかい、その・・・胸を」
「ああ。気にしないで」
まったく会話にならないのでカタメは諦めて、ぴとっ、と体の前面を胸ごとカタメの背中に押し付けてくるトケルと二人羽織のような状態でイワナにチャレンジした。
「カタメくん、右前方15°!」
「うわ!」
トケルの右手の細い指がカタメの脇腹あたりに擦りつけられる。
「今度は隣の石だね。さ、かがんで?」
「う・・・」
トケルが膝を曲げるのがパワードスーツを操作するかのような感覚で、かっくんとカタメの膝をも曲げさせる。
二人ともショートパンツ。
トケルの屈伸に合わせてカタメの膝の裏にトケルのきゅるんとした鋭角のきれいなピンクの膝先が当たり、カタメの腿の後ろにトケルの滑らかで細く柔らかなやはり太腿の前面が押し付けられる。そしてカタメのお尻にトケルの腰より少ししたのショートパンツのジッパーの部分が擦られる。
『ト、トケルさん! 大好きだっ!』
と急速反転して正面からトケルの細く柔らかな体を抱きしめたい衝動にかられるところをぐっと抑えてイワナを捕捉せんとするカタメ。
『こ、こんな切ない状況に陥ったのはオマエのせいかあっ!』
とカタメは意味不明の集中力と闘争心を発揮し、人生最高速度の右手の反応を繰り出した。
「わっ!」
「あれっ!?」
川で徒労に終わりかけている人々の努力全員分の視線がカタメとトケルに集められる。
「おおおおおおおおっ!」
どよめく群衆。
右手に握り込んだ見事な
「カタメくん、ステキ!」
ラブコメレベル100%の決め言葉をトケルは放つ。イワナ捕獲のそのままの態勢から稼働できないくらいに、ぎゅうっ、と力を込めて背後からトケルに抱き締められてカタメは今度こそ振り向いた。
「ト、トケルさん!」
ギリギリの理性を保って軽くトケルの首を抱こうとしたその挙動の中でカタメはイワナでトケルの首筋を撫でていた。
「ひゃ!」
「あ・・・ごめん」
つぶやき自然な反応で握力を緩めるカタメ。
ぽちょんとイワナが水面に落ちて魚影は見事なスピードで流れに消え去った。
ギャラリーを含む真夏の川の全風景が深く深く凍りついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます