楽しき美しき世界がトケル

 トケルが転校前に住んでいた街に『里帰り』するという。

 ベスパでのツーリングを兼ねて。


「カタメくん。一緒に行かない?」

「行かない」


 カタメはふてくされていた。

 トケルが里帰りするその街には『男友達』が住んでいるという。


「いい子なのに。カタメくんも会うときっと仲良くなれると思うな」

「いいよ、俺は。懐かしいんでしょ? 水入らずで会っておいでよ」

「? もしかして何か怒ってる?」

「な、なんで俺が怒るのさ!」


 天然なのに時折トケルは鋭いところがあることをカタメは知っていた。

 だから次のトケルの言葉はカタメにとって驚愕のものだった。


「もしかして勝手にカタメくんの写真をスマホの待ち受けにしてるのを怒ってるの?」

「・・・・・・・・・・・えっ!?」

「これだけど」


 トケルがスマホの画面を見せる。

 カタメとトケルが一緒に海に行った時の写真。

 真っ青な空と入道雲と水平線をバックにして、停車したベスパにカタメがまたがってポーズをキメている写真。


「ト、トケトケトケルさん。もしかして俺のこと・・・」

「んで、これがカタギリーくん」

「・・・・・・・・はあ?」


 スマホをスワイプするトケル。

 カタギリーがサンバイザーとサングラスで映画監督気取りの写真の待ち受けに変わる。


「んで・・・ほら、ロカビーちゃん、ネロータちゃん。毎日気分で変えてるんだー。今日はカタメくんね」

「あ・・・そう、なんだ」

「でさあ。その男の子の画像消しちゃったから、ちょっと撮りに行こうと思って。一人じゃつまんないから一緒に行ってくれると嬉しいのになー」

「・・・分かった。行くよ・・・」


 県境をふたつ越える。ベスパでは正直長距離はきついがトケルは途中途中休憩する道の駅でカタメにやたらと甘味を勧めてくる。


「ほら、カタメくん。ここの水まんじゅうは有名どころだよ」

「へえ・・・」

「カタメくん、ところてんに黒蜜! 王道だよねー」

「うん」

「カタメくんカタメくん! この塩ソフト! 目に見える粗塩たっぷりだよー!」


 タンデムの疲れを感じる前にトケルが転校前に住んでいた街に到着した。

 男友達との待ち合わせ場所は前の高校のすぐ近くにある洋菓子店だという。


「トケルさん・・・糖尿病になっちゃうよ?」

「へーきへーき。ここのケーキは糖分控えめだから」

「そういう問題かなあ・・・」


 トトト、とトケルはもうショーケースの前に立ってケーキを物色していた。


「うーーーーーーむ。まずはモンブラン」

「はい」


 応対する店の制服を着た女の子。

 高校生バイトだろうか。

 かわいい子だな、とカタメは素直に10代男子としての感想を持つ。トケルに対する後ろめたさは持ちつつもその店員の可憐さを感じずにはいられない。


「んで、ブルーベリーソースのレアチーズを。それから酸味つながりでザッハトルテ。あとガトーショコラ」

「はい、はい」

「トドメにメロンショートとミルフィーユを」

「はい。お会計3,050円になります」

「あ、トケルさん、俺も出すよ」

「いーのいーの。今日はわたしの里帰りだからスポンサーということで。交際費も両親から振り込まれたし」

「そ、そう・・・」

「じゃあ、カタメくん。そこのイートインでいただきましょう」

「あ・・・そういうシステム?」

「で・・・かおるも一緒に」

「うん。店長! 休憩入りまーす!」


 はいよー、という声が奥から聞こえ、店員の女の子が一緒のテーブルに座る。状況がつかめないカタメ。

 女の子と面と向かう。


「こんにちは。かおるです。トケルの親友です」

「え・・・ああ、カタメです」

「ふふふ。トケルからしょっちゅう話は聞いてます。転校したてのトケルの面倒みてくれてありがとう」

「カタメくん。かおるは一応男の子なんだよ」

「えっ・・・じゃあ」

「かおるのこの美しい制服姿を撮り直そうと思って遠路はるばるやって来たんだ。かおる、後で撮らせてね」

「うん。せっかくだから3人で撮ろうよー」

「いいねー!」


 この『かおる』がトケルの男友達だったらしい。声も高く、声変わりしないままここまで成長したそうだ。そして顔の造形から肌の滑らかさ・手足の細さ・指の細さまですべてが少女としての様相だった。


「あの・・・かおるさんはその・・・」

「カタメくん、かおるはねー、別に女装してるつもりはなくて、たまたま女性向けの服装に嗜好があるってだけなんだよ」


 それを女装というのではなかろうかとカタメは思ったがトケルが妙に説得力のある自信満々な様子で語るので迫力に圧倒されてしまっている。

 それよりもカタメは他に気にかかることをどうしても訊かずにはいられなかった。


「あの・・・どっちが好きなんですか?」

「え? ああ、男の子と女の子とどっちが好きか、ってこと?」

「はい・・・」


 カタメはかおるの風貌を見ても『男友達』という属性を拭い去れずにいた。

 かおるが口を開く。


「もちろん男の子!」

「あ・・・そう、なんですね・・・」

「カタメくんてかっこいいですね・・・」


 かおるがつっくんとケーキをフォークでぷっくらとした唇に運びながらそう言うとトケルが強い口調で言った。


「カタメくんはダメだよ!」

「トケルさん・・・」

「だって、カタメくんは女子に興味ないもん。わたしの家に泊まったけど大丈夫だったし」


 ・・・なんだそりゃ、とカタメは思ったが表情で反応する前にトケルが更に天然の不可思議な発言をする。


「あ、でも女子に興味がないってことは、かおるは男子だからいいのか。どう? カタメくん」

「ええと・・・ごめんなさい。俺、好きな女子がいるから」

「わあ・・・そうなんだ」


 極めて常識的な反応をするかおるにトケルはまだまだ不穏当な際どい応答をする。


「あ・・・そっか。カタメくん、じゃあ好きな男子は?」

「え? いやそういうのはいないけど。トケルさん、なに、それ?」

「ほら、女子で好きな子はいても男子で好きな子がいないのなら男子のかおるにはまだチャンスがあるかもと思って」


 かおるがカタメに向かってにこりとする。


「カタメくん、天然と鈍感も度を超すと罪だってわたしも思うよ。でもやっぱりトケルをよろしくね」


 男子だとわかっていても、トケルよりはるかに恋愛に繊細で敏感なかおるを、カタメは少し眩しい目で見つめた。



 帰りのベスパでカタメはトケルに訊いた。


「トケルさん。俺をスマホの待ち受けにするのはどんな気分の日なの?」

「ええとね」


 トケルはミラーでちらりと後方確認して返事をする。


「幸せな気分の日」


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