血もトケル肝試し?
お化け屋敷。
ハリボテのそれじゃない。プロが作り込む真の恐怖を体験できる館。
「トケルさーん」
「あ、あああ。カタカタカタメくん」
「・・・なんか、幽霊みたいな喋り方」
「え! そんなこと言わないで? 怖くて鏡が見れなくなるぅ!」
ナチュラル・ラップを唱えるようにトケルはお化けが本気で怖いクチだった。それは過去の恐怖体験が関係しているという。
「父親もベスパ乗ってたんだけどわたし幼稚園の頃にガレージ代わりの納屋で父親のベスパにまたがって、ぶうーん、とか言って遊ぶのが好きだったの」
「う、うん」
「夏の昼間にそうやって遊んでたらね、昼間だよ? いきなり納屋が真っ暗になって『ワハハハハ!』って大きな声がしてね、わたし、わあっ! って言って納屋を飛び出して家に逃げ込んでさ・・・」
「へ、へえ・・・」
「腕と足を見たらもう何十箇所って蚊に刺されてたみたいで・・・あまりにもたくさんで危険だからって父親に蚊の毒を吸い出してもらってね・・・」
「へ、へえ・・・なんだったんだろうね・・・ところでトケルさん」
「うん」
「今日のテーマ、『戦慄の納屋』だって」
「えーっ!? やだよぉ!」
よりによってピンポイント過ぎるプロデュースのお化け屋敷は駅裏の空き家で市の特別な許可を取って作り込まれていた。夏休みの間にいくつかのテーマで仕込まれることになっている最先端のお化け屋敷は今日から文字通りトケルの痒いところに手が届くような設定だった。
「うう・・・カタメくん、先行って?」
「いいけど・・・あんまりくっついてると逃げる時に困ると思うよ」
「ううう。置いてかないでね?」
ずっと昔の豪農の納屋をイメージした作りで空き家の構造をそのまま活かして二階もお化け屋敷に改装されていた。午後一番暑い盛りの時間帯でもあり、客はトケルとカタメだけだった。
「トケルさん。あの曲がり角にさ、鎌が置いてあるよ」
「う、うん・・・」
「多分、居るよ」
カタメの予想通りだった。
「おわああああああ! 鎌が、鎌がああっ!」
「きゃーっ!」
トケルの発したその叫び声は全く笑っていなかった。鎌が落ちていると思ったらそれは角のところに倒れていた幽霊の頭に刺さっていたもので、2人が曲がろうとした時に血だらけの男が立ち上がって迫ってきたのだ。
「ああ・・・分かっててもやっぱり怖いもんだね」
「ううううううううう。やだやだやだやだ。生きて帰りたい帰りたい帰りたい。死なずに生きて帰りたいぃ・・・」
「トケルさん大げさだなあ。そんなに怖いならどうして来ようなんて思ったの?」
「だってせっかくスーパーの福引で当たったのにもったいないぃ・・・」
語り口がことごとく恨めし調になっているトケルはカタメのTシャツの裾を引きちぎれんぐらいに握りしめて、歩き方までスススス、という幽霊歩行になっていた。
「カタメくん、次の予想ポイントは?」
「えーと。この階段を登りきってすぐかな」
二階へ続く階段をギシギシと登るふたり。
「いやあぁぁぁ!」
階段を登りきると真正面の梁に首吊りの女性の死体が釣り下がっていた。
「に、人形だよ、トケルさん」
「でもでもでも。リ、リアル過ぎるぅう・・・」
「お前のせいだっ!」
「きゃあぁぁっ!」
首吊り死体がいきなりトケルに怒鳴りつけて、閉じていた目を、カッ、と見開いた。
「な、なるほど。スタッフがワイヤーとコルセットで梁にほんとにぶら下がってたんだ・・・凝ってるね。ねえ、トケルさん」
「ううううううううう。もう、やだよぉ・・・」
「でももう中盤過ぎてるから戻るよりも進むしかないね」
「えーん。幽霊なんて全員死んじゃえばいいのに」
「そうだね」
もう死んでるとカタメは言おうと思ったが余計な反論はせずに素直に頷いた。
「ね、ねえ、カタメくん」
「う、うん」
「どっちが有利かな」
「有利? なにが?」
「ホラー映画の男の主人公と女の主人公が最後まで生き残ってる時、意見が分かれて揉めてるのと一緒に脱出しようね、って協力し合ってるのとどっちが有利かな」
「はい?」
「だからぁ! 揉めたフリして幽霊を騙して隙を突いて突破するのと協力しあってていじらしいから許してやるかって幽霊の情けに縋るのとどっちが死なずに済む確率が高いかなっ!?」
もはや見境いをなくしているトケルの手を、ぎゅっと握ってカタメは言った。
「黙って俺についておいでよ!」
気がつくとカタメ自身も珍妙な『トケル・ワールド』に無意識の内に引きずり込まれていた。それは死霊の世界よりもよほど複雑怪奇現象だった。
「呪ってやる!」
「えーい、シャツのタグが見えてるぞ!」
「え?」
「隙あり!」
「ぐわあっ!」
カタメはトケルの手を引き、電動草刈りカッターを持った死霊の脇をすり抜けた。
「わたしの赤ちゃん返せぇ!」
「あ、アンタの後ろに水子が!」
「えっ!?」
「何もいないよ!」
「ぎゃあっ!」
ヘビのように地べたを這いずって来た女の幽霊をカタメとトケルは飛び越えた。
「ふおおおおおお!
「はあ!?」
最恐の死霊2体をクリアされた幽霊たちはもはや恐怖を与えるというよりは四人一斉のパワープレイでトケルとカタメを潰しに来た。
カタメが冷静に叫んだ。
「全員、汗でメイクがトケてるぞおっ!」
「ぐわあああああああ!」
崩れ落ちる幽霊ども
完全勝利したカタメとトケルは手を繋いだまま最後まで全力疾走でゴールを駆け抜けた。
ゴールで今回のお化け屋敷をプロデュースした男性が出迎えてくれた。
「いやー、おめでとうございます。完全クリア、お見事でした。どうでした? わたしの幽霊たちは」
「悪趣味でした」
「うんうん! そうでしょうそうでしょう! 最高の誉め言葉ですよ!」
トケルはカタメに横っ側からきゅうっ、と抱きついて感涙している。
「うっ、うっ、うっ。ありがとうカタメくん。お陰で生きて帰れたよぉぉ」
相変わらずこのトケルの感覚にはついていけない部分があるという微妙な距離を感じながらも好きな女の子が体を押し付けてきているという状況そのものをカタメが拒否するいわれはなかった。
そうこうしているとスタッフがプロデューサーのところにやってきた。
「か、監督・・・」
「ん? どうした?」
「あの、吸血鬼役の小野ですけど・・・」
「小野がどうした?」
「消えました」
「消えた?」
「はい。モニターずっと見てても飛び出さないんで居眠りでもしてるのかなと思ったんですけど・・・いないんです。その代わりに・・・」
「代わりに、なんだ?」
「小野の持ち場に蚊がいっぱい飛んでるんで何匹か捕まえてみたら全部血でお腹のあたりがぷっくらと膨れてて・・・」
・・・・・・・・え?
「おいおいおい! ウチのお化け屋敷はまだ死人や失踪者を出してないからこそ営業できてきたんだぞ! 今回お祓いもしてもらったじゃないか!」
「お布施をケチったからですかねえ・・・」
「ト、トケトケトケルさん。かかかか帰ろっか」
「ううううううううううん」
「ううん?」
「帰る帰る帰るっ!」
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